第38話 破綻令嬢は禁忌の箱〈デンシ=レンジ〉を創造させる
「お肉の水分を、直接温める魔法ですわ」
「……なんだって?」
リゼルダの目の色が変わった。
眠たげだった瞳孔がスッと細められ、私が差し出した冷えたベーコンを見つめる。
「……表面ではなく、内部の水分に直接干渉するということかい? なるほど。理論上は、不可能ではないよ」
「本当!? やった、じゃあそれお願いしますわ!」
これで冷めたご飯とおさらばできる!
私が喜んだのも束の間、リゼルダは難しい顔をして首を振った。
「けど、問題がある。その術式は、身体強化系の魔法を応用して体内の血流や魔力を活性化させる手法に近い。だけど、水分だけを標的にするとなると、極めて微細な魔力操作が必要になる」
「ふむふむ」
「それでも、自分の体内で行うなら、熟練の魔法使いであれば可能だ。だが、自分以外の『外部の対象』の内部を直接狙い撃ちにするのは実質不可能に近い。ましてや生体や有機物には、外部の魔力を無意識に弾く『自然魔力壁』が存在するからね」
「あーあれね」
「そう。それを力技で突破しようとすれば、内部を温める前に外側が黒焦げになる。つまり、外部から中身だけを都合よく干渉するなんて芸当はできない」
「なるほどそうかー」
「絶対わかってないだろ……」
いや、わかってるよ。
つまりまとめると……
「えっ、じゃあできないってこと?」
「理論としてはおもしろい。けれど実現は極めて困難、という結論だね」
そんな!
でも、私は転生者。前世の知識がある。
「『魔法』では無理でも『物理』ならどうかしら?」
「なんだって?」
たしか電子レンジの原理は……。
「そう、『電磁波』を使えばいいんですわ」
「でんじは? なんだいそれは」
「えっ、なんかこう……電気で、磁力で、波になってるやつ」
私は手でうねうねと波のジェスチャーをしながら説明した。
しまった。
自身満々に物理とか言ったけど、中学生レベルの理解しかしてない。
「電気で……磁力で……波……?」
リゼルダの動きが、ピタリと止まった。
「……雷属性の周波と、土属性の磁化作用を合成し、波導として対象に照射する……? 波の周期を自然魔力壁の共振周波数に合わせれば、障壁をすり抜けて内部に直接作用できる……!?」
「え、ああ、そんな感じですわ」
「……待て。だとしたら」
リゼルダがガバッと立ち上がり、背後の古文書の山を凄まじい勢いでひっくり返し始めた。
「そうだ。確か過去にそんな論文があったはずだ。それにあの時の観察結果も、もしかしたら……そうか、これなら……防御魔法すら完全に透過して、生体の内部を直接沸騰させる究極の術式が組めるかもしれない」
「あ、なんかスイッチ入った」
リゼルダはブツブツと呟きながら、狂ったように壁にチョークで魔法陣を書き殴り始めた。
ヤッコロがため息をつく。
「……リゼルダがこのモードになったら、もう私たちの声は届かない」
「えっ、そうなの?」
天才って感じだ。かっこいい~!
「ふっ、私も寝ているときはヤッコロの声は届きませんわよ」
「ああ、メシ子様、まさに神の午睡!」
「我も人間ごときの声では起きないぞ」
「ただの寝坊助では……?」
ヤッコロは小さくため息をつくと、パン!と手を打った。
「……では、私たちは部屋を掃除するとするか」
ヤッコロが腕をまくりながら言った。
えっ。掃除?
破綻者の私に、掃除だって?!
「ねえセイ子。なんかこう、不浄なものを一網打尽に滅する便利な魔法とかないの?」
「あります! この世の一切の汚れを光の彼方へ浄化する究極神聖魔法——〈運命の其の日〉!」
「じゃ、それ頼みますわ」
「やめろ! 名前が怖い! 絶対ロクなことにならない!」
セイ子が両手を天に掲げ、まばゆい光の球体を練り上げ始めたところを、ヤッコロがすかさず物理で押さえ込んだ。
じゃあギン子か。
「ギン子、全部まとめて凍らせて砕けませんの?」
「造作もない。この塔の空間ごと絶対零度で凍てつかせて粉々に——」
「やめろと言っている! 私たちも一緒に砕け散るだろうが!」
ヤッコロがギン子の口を両手で必死に塞ぐ。
結局、ヤッコロが持参した箒やハタキが各自に配られ、普通に物理的な掃除が始まってしまった。
「はぁーっ、清浄なる光よ!」
セイ子が日常用のささやかなクリーニング魔法(本来は祭具などを拭き清めるもの)を使い、本や棚のホコリをピカピカにしていく。
「ふん。生ゴミはこの氷塊の中に閉じ込めておくぞ」
ギン子が食べかけのパンや謎の腐敗物を次々とカチコチに凍らせ、無臭の衛生的な氷のブロックに変えていく。
なんだ、意外とみんな役に立ってるじゃん。
私も負けていられない。
「ふふん、私のブラッシングテクニックを見せてあげますわ! そーれ、サッサッサッ!」
「メシ子殿、ストップ! そのブラシ、すでにホコリの塊だ! 逆に汚れる!」
「えっ! じゃ、じゃあ、ここを水ぶきしておきますわ」
「ああっ、まだそこは掃き掃除をしてない! ホコリのモロモロができてしまったではないか!」
「えっ」
「貴殿はもう何もしなくていい!」
部屋から放り出されてしまった。ぐすん。
学校で教わったわけでもないのに、どうしてみんな掃除ができるんだ。
あ、いや、教わってたわ。
じゃあ、どうして私だけ掃除ができないんだ?
***
数時間後。
すっかり日が傾き始めた頃、あんなに足の踏み場もなかった汚部屋が、見違えるようにピカピカになっていた。
ヤッコロのオカン力が遺憾なく発揮された結果である。
「……できたよ……」
そこへ、奥の研究所からリゼルダがフラフラと歩み出てきた。
「完全に新規の、革新的な術式が、完成したよ……」
リゼルダは水をコップに入れ、本の上にトン、と置いた。
「見てくれ」
リゼルダがコップに手を当てる。
何かしらぶつぶつ唱えると、コップの周囲に仰々しい魔法陣が出現した。
幾重にも重なった魔法陣は、空間そのものと共鳴して震えているような、恐るべきオーラを放っていた。
ブゥゥゥゥン……。
重低音が響き、コップの中の水が、ほんのりと湯気を立てる。
「ほ、本当だ。火も光もないのに、温まっている! なんという魔法だ!」
「さすがメシ子様の発案……! 奇跡の御業!」
「ふむ、人間の小賢しい術にしては悪くない」
ヤッコロたちが驚嘆の声を上げる。
私は座布団から立ち上がり、そのコップを手に取って触ってみた。
「これだけ?」
「……なんだって?」
コップの水は、たしかに熱は持っていたが、お風呂のお湯よりもぬるい『ほんのり温かい』レベル。
解凍モードでももうちょっと温まるよ?
冷え冷えのベーコンをアツアツにするのにどれだけ時間がかかるのか。
「もっと出力上げられません? これじゃ50ワットですわ」
「50……? 何の数値だい?」
「せめて500は欲しいですわ。10倍」
「じゅっ……ば、馬鹿なことを言わないでくれ……ハァ、ハァ……!」
リゼルダがドッと汗をかいたと思うと床に膝をつき、肩で息をしながら叫んだ。
「これでも、大隊規模の魔力を……一人で注ぎ込んだんだ……! 内部の自然魔力壁を共振で突破するための魔力消費が、天文学的すぎるんだ……! 膨大な魔力源か、あるいはさらなる効率化の理論がない限り……これ以上の加熱は……!」
天才魔法使いが、理論の壁の前に力尽きようとしている。
仕方ない。私が一肌脱ぐか。
「ありますわ。電磁波を扱う、奇跡の理論が」
私が自信満々に言い放つと、リゼルダがハッと顔を上げた。
「な、なんだって……?」
「これですわ」
私はスッと左手を前に突き出した。
親指を上に、人差し指を前に、中指を横に、それぞれ直角に立てる。
「なんだい、その奇妙な手の形は……?」
「ふっふっふ……えっ、これ、なんなんだっけ?」
「……」
「あ、あ、思い出しましたわ!」
そう、フレミング左手の法則だ!
中学校で習ったやつ!
中指から順に、でん、じ、りょくなんだよね。
ドヤ顔で左手を天に突き上げる。
「見ててごらんなさい!」
気合を左手に込め、中指、人差し指、親指の順に意識を集中させる。
さっきリゼルダが作った魔法陣を、適当に思い出して指で描く。
「な、何?! その魔法陣は?!」
リゼルダが何か驚いてる。
自分で作った魔法陣なのにね。
よくわかんないけど、とりあえず右手でサムズアップして返しておく。
そして、叫びながら、左手を一気に振り下ろした。
「でんッ! じッ! りょーーくッッ!!」
──ズドバァァァァァァァァァンッ!!
その瞬間、私の左手から、凄まじい極太の光の奔流がほとばしった。
光の柱はピカピカになった塔の壁を一瞬で消し飛ばし、そのままの勢いで遥か彼方にある小山の中腹を丸くえぐり取って、空の彼方へ消え去っていった。
ゴゴゴゴゴ……と、遅れて地響きが鳴り響く。
壁に巨大な風穴が開き、夕日の赤い光が応接室に差し込んできた。
「……」
リゼルダが、開いた口が塞がらないという顔で、えぐれ飛んだ山と私の左手を交互に見つめている。
「……メシ子殿」
ヤッコロが、震える声で突っ込んだ。
「暗殺魔法どころか……戦略級魔法ではないかーーーーーッ!」
「ごめんね(てへぺろ)」
異世界の魔法、奥深すぎるぜ。
***
【今日の破綻ライフハック】
やあみんな! メシ子だよ!
今日のライフハックはこれ!
テッテレー!
★No.038『できない掃除はできない』
材料: やる気、汚れ
効果: 被害が拡大する
代償: 疎外感
破綻度: ★★★★☆(善意ほど危ない)
なんかみんなで大掃除するノリになるときあるよね!
でも生活が終わってるから、掃除のつもりが場を荒らすだけになっちゃうよ!
最後に「おとなしく座っててください」と指示されるまでがセット!
流した涙のシミは一生消えないよ!
それじゃあ、またね!
「高評価」と「大掃除(お気に入り登録)」よろしく!
ハタンキュ~(挨拶)




