第37話 破綻令嬢は偏屈魔法使いに電磁波を丸投げする
キィィ、と重い音を立てて扉が開いた先には——。
山積みにされた古文書、割れたフラスコ、謎の光を放つ魔石の欠片。そしていつのものかわからない冷え切った食べかけのパンが転がる、絵に描いたような汚部屋(研究室)が広がっていた。
「……相変わらず、足の踏み場もないな……」
「……私の部屋?」
「貴殿の部屋もこんな有様なのか!」
ヤッコロの叫びを背に受けながら、私たちは薄暗い研究室の中へと足を踏み入れた。
インクと古い紙、そして微妙に酸っぱい何かの匂いが漂ってくる。
「リゼルダ! いるのだろう! 返事をしろ!」
ヤッコロが声を張り上げるが、部屋の奥からは何の反応もない。
「……おかしい。出かけているはずはないのだが。まさか……またゴミに埋もれて倒れているのかもしれない……!」
ヤッコロが顔を青ざめさせ、慌てて手近な本の山を退かし始める。
仕方ない、私も手伝おう。
電子レンジのためだ。
私は床に四つん這いになると、索敵のために魔法を発動した。
「ペカーッ」
私の両目から、車のヘッドライトのような強烈な光線が放たれ、薄暗いゴミ部屋の隅々を照らし出す。
「あー、本の山に食べかけの皿が乗ってる。積まれた本って『テーブル』になるもんね。わかるわー」
「……君、何をしているんだい?」
不意に、部屋の奥の扉が開いた。
そこから現れたのは、ダボダボのローブを着た、くすんだ藤色の髪の女性だった。
眠たげな目でこっちを見てる。
私は四つん這いのまま、目からビームを出した状態で彼女を見上げた。
「あ、どうも。遭難者の捜索を」
「リゼルダ、そこにいたのか!」
あ、この人がリゼルダさんなんだ。
床捜索意味なかったじゃん。
「またこのように散らかして。まあいい、今日は──」
「……どういうことだ」
女性——リゼルダがヤッコロの声を遮った。
彼女は私の目の前までツカツカと歩み寄ると、私の顔を至近距離からまじまじと覗き込んできた。
「君、今……目から光を出していたね?」
「ええ。便利ですわよ、暗いところでも両手が空きますもの」
「あり得ない。既存の魔法体系において、眼球という繊細な器官を魔力出力口とするなど考えられない。そもそも光魔法自体が理論体系が未熟で、習得が極めて困難なはずだ……!」
リゼルダが髪の毛をいじりながら、ブツブツとものすごい早口で呟き始めた。
「魔力回路のバイパスはどうなっている? 網膜へのダメージは? 君、一体どうやってその魔法を習得したんだい?」
「どうやってって言われても……」
これ、ヤッコロの家にあった本を真似して、なんか気合いれて練習してたらマジで出たんだよな。
異世界だから、そういうもんだと思ってたけど。
「本読んで、気合入れて練習しましたの」
「何の魔導書だい? 『気合』とは?」
「えーっと、たしか『ヤッちゃんとはくばのゆうしゃさま』って童話で……」
「なにーっ?!」
ヤッコロがすさまじい勢いでカットインしてきた。
「メ、メシ子殿! なぜその本を……!」
「ヤッコロんちにありましたわよ。つたないけど、なんか妙にクセになる絵と話でしたわ」
「え、そ、そうか?」
ヤッコロがなぜか耳まで真っ赤にして照れている。
うん。白馬が地獄の業火に包まれて、なぜかイケメンになるくだりは腹抱えて笑ったわ。
「待つんだ。童話? 魔導書ではないのかい?」
リゼルダが怪訝な顔で話を戻す。
「ええ。その本の勇者様が光の魔法を使うんですけど、本読んでたら手がふさがりますわよね。だから目から出しましたの」
「……」
リゼルダが絶句している。
え、私おかしなこと言った?
もしかしてリゼルダは口からビーム派? ビームって言ったら目じゃない?
「よかったら読みます?」
私は懐から絵本を取り出して差し出した。
「ちょ、なぜ持っている!」
ヤッコロが制止するより早く、リゼルダは絵本を受け取った。
パラパラとめくり、数秒だけ鋭い視線を落とした後。
「……うん」
ポイッ、と背後のゴミの山に投げ捨てた。
「あーッ! ヤッちゃんの本が!」
ヤッコロが悲鳴を上げ、絵本を追ってゴミの山へ見事なヘッドスライディングを決めた。
リゼルダはそんなヤッコロを冷めた目で見下ろすと、静かに口を開く。
「……ヤツネ」
「……なんだ?」
ホコリまみれになりながら、絵本を大事そうに胸に抱えたヤッコロが顔を上げる。
「この人は一体、何者なんだい?」
「彼女はメシ子殿。破綻道を極めるために旅をしている求道者だ」
ヤッコロが、童話を抱きしめながら真顔でキメた。
(うん、毎度のことながら、全然違う)
けど、リゼルダは顎に手を当てて納得したように頷いた。
「破綻道……聞いたことがないな。けど、理論を超越した魔法体系は存在するからね。そこの聖女さんが使うような神聖術もそうだ」
「えっ、ということは、私もメシ子様みたいに目からビームを出せるということですか?!」
神聖術を引き合いに出され、横にいたセイ子のスイッチが突然入った。
「推しカラーのビームを出せるように、私も気合を入れてがんばります! はぁぁああぁぁぁ!」
セイ子が目をカッと見開き、顔を真っ赤にして祈りのポーズで力み始めた。怖い。血管切れるよ。
「ふん。我はもう出せるがな」
ピキィィィンッ!
対抗心を燃やしたギン子の両目から、絶対零度の冷凍ビームが放たれた。
「凍ってる! 部屋が凍ってる!」
ヤッコロが絵本をかばいながら絶叫する。
しかし、リゼルダは一切動じることなく、無表情のままギン子に指図した。
「ああ、ついでにあの辺の生ゴミも凍らせてくれると助かる」
「お安い御用だ」
パリィィィン、と夏休みの残骸のような生ゴミが、ギン子のビームで次々と衛生的な氷塊へと変わっていく。
「助かったよ」
「ふっ、我にかかれば造作もない」
「いいように使われてるだけだが……」
そこで、リゼルダが私たちを見回し、最後に私を見つめる。
「うん、なかなか興味深い来客だね。立ち話もなんだ。奥の応接室へ案内しよう」
リゼルダに促され、私たちはさらに奥の部屋へと通された。
通された『応接室』も、手前の研究所と大差ない汚部屋だった。ただ、置いてあるゴミの種類が実験器具から生活雑貨や衣類に変わっているくらいだ。
「さっきの場所と大差ないじゃないか……」
「研究する場所と生活する場所は、分けたほうが作業がはかどるからね」
さすが理系(?)。生活がめちゃくちゃなくせに、言うことだけは一丁前に筋が通っている。
「適当にくつろいでくれたまえ」
「どこでくつろげというのだ! 足の踏み場もないではないか!」
ヤッコロが部屋の惨状を見て叫ぶ。
確かに、椅子の上にも本や服が山積みになっていて、座る場所がない。
私は部屋全体をスッと見渡した。
(……ここだ)
私は部屋の隅にある、微妙な高さの紙束と丸まった毛布の山に目を付けた。
スッ、と手前のガラクタを足で退かし、本を横にずらすと、そこには私が腰を下ろすのに完璧な『くぼみ』が誕生した。
「よっこらしょ」
私がすっぽりとそこに収まると、リゼルダが感心したように頷いた。
「ああ、よくわかったね。そこが『座布団』だ。一番座り心地がいいだろう」
「ええ、フィット感が最高ですわ。動きたくなくなります」
「なぜわかるのだ?!」
ヤッコロが驚愕の声を上げた。
なぜって、長年の怠惰な生活で培われた『汚部屋で一番楽なポジションを見つける嗅覚』が反応しただけだ。
「……だが、そうか」
ヤッコロが、なぜか真剣な顔で私を見つめ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「今のゴミをどかすときの動き……一切の無駄がなく、流れるように洗練されていた。まるで、極限まで剣を極めた者の太刀筋のように……!」
いや、ただガラクタ退かしただけなんだけど。
「そうか、これこそが……破綻道……!」
「いやだからなんだよ破綻道って」
またヤッコロの解釈が膨張している。
まあ座れたからいいや。
「で、今日は何用だい?」
「ああ、実はメシ子殿がリゼルダに頼みたいことがあるのだ」
「へえ」
「ええ。魔法を教えて欲しいのですわ」
「魔法ねぇ。どんな魔法だい?」
リゼルダは興味なさげに髪の毛をいじっている。
私は冷えて固まった焦げベーコンを、そんなリゼルダに差し出した。
「お肉の水分を、直接温める魔法ですわ」
「……なんだって?」
リゼルダの目の色が変わった。
***
【今日の破綻ライフハック】
やあみんな! メシ子だよ!
社会性は捨ててないよ!
今日のライフハックはこれ!
テッテレー!
★No.037『汚部屋の下にも座布団』
材料: 脱ぎ捨てた服、見て見ぬふり、嗅覚
効果: 自分だけの定位置が見つかる
代償: 生活の尊厳
破綻度: ★★★★★(普通に衛生が終わる)
汚部屋ってよく「足の踏み場もない」って言われるけど、実はちゃんと「通り道」も「定位置」もあるんだよね!
脱ぎ捨てた服がたまった場所は、意外と快適な座布団スペース!
足りなくなった下着の替えだって発掘できるよ!
普通にヤベー虫がくっついてるから注意ね!
それじゃあ、またね!
「高評価」と「定位置の確保(お気に入り登録)」よろしく!
ハタンキュ~(挨拶)




