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第36話 破綻令嬢は対象の内部を直接沸騰させたい

(……冷たい。そして硬い)


 ガタ馬車に揺られながら、私は皿に乗った丸焦げのベーコンを見つめていた。

 朝の騒動で完全に冷え切ってしまったお肉である。表面の焦げはどうにでもなるが、脂身が白く固まっているのはいただけない。カロリーのポテンシャルが死んでいる。

 これを復活させるには、アレが必要だ。


「ヤッコロ、この世界に『電磁波魔法』ってある?」

「でんじは? なんだそれは」


 ヤッコロが、訝しげに首を傾げた。


「なんかこう……電気で、磁力で、波なんだよ」

「じりょ……何を言っている?」


 伝わらないな。でも、電磁波にこだわる必要はないか。

 電子レンジの仕組みって確か……


「えっと……肉の中の水分だけを直接ブルブルってさせて熱くする魔法のこと」

「……肉の中の水分を直接、熱く……?」


 ヤッコロの顔から、スッと血の気が引いた。

 あれ、なんか急に顔色悪くなってない?


「ま、待て、メシ子殿。生物の身体の大部分は、水分でできているぞ。もしその『でんじは』の魔法が完成し、人体に向けられたら……」


 ヤッコロが両手で口を覆い、ガタガタと震え始めた。


「外傷を一切与えず、体内の血液や内臓の水分だけを直接沸騰させて殺す……防御魔法すら貫通する、最悪の暗殺魔法になるではないか……ッ!」

「えっ、暗殺? 違う違う、私はただこのお肉を——」

「いや、わかっている。メシ子殿がそのような危険な人物ではないということを」


 ヤッコロが手で私を制する。


「先征く危険を乗り越えるのに、その魔法が必要なのだろう? 死地に赴き、極限を制す。それが、メシ子殿の破綻道……」


 いや、全然わかってないじゃん。なんだよ破綻道って。誰が言い出したんだよ。


「いや、違くて、このベーコ……」

「ああ……! 対象の内側から、隠れた大罪を直接沸騰させて焼き尽くす浄化の魔法……!」


 私が手元の皿を見せようとした瞬間、隣に座っていたセイ子が目を輝かせて祈りのポーズに入ってしまった。

 今日は外出ということでドロワーズ一丁ではなく、一応上着を羽織っているが、思考回路は相変わらず狂信モードだ。


「さすがは転生経験者のメシ子様。肉体という外殻にとらわれず、魂の不浄のみを直接沸騰させて消し去るのですね。 なんという慈悲深き神罰……」

「いや、神罰とかじゃなくて。これに当てて——」

「待て。我のほうがすごいぞ」


 また遮られた。

 窓際で退屈そうに外を眺めていたギン子が、鼻で笑ってこちらを向いた。


「我が絶対零度の息吹なら、相手の血液どころか魂すら一瞬で凍てつかせることができるぞ。主が求めるその新魔法とやら、我が冷気とどちらが格上か見物だな」

「ギン子はなんで急に張り合ってんの。別に殺傷能力とか競ってないんだけど」


 全然話が通じない。

 ただの電子レンジ魔法が、『血液沸騰暗殺魔法』として勝手にヤバい方向に翻訳されてしまった。


(まあいいや。結果的にお肉がホカホカになる魔法が手に入るなら、暗殺魔法扱いでもなんでも)


 私は大人しくベーコンの皿を膝に置き直した。


「それで、ヤッコロの知り合いの偏屈な魔法使いってどんな人なんですの?」


 私が話題を戻すと、ヤッコロは渋い顔をした。


「……天才だ。だが、魔法にしか興味がない。そのせいで追放されたのだ」

「へー」


 追放仲間じゃん。親近感湧くわ。


「魔法しか興味ない故、放っておくとゴミに埋もれて餓死しかねない。だから、私がたまに様子を見に行っているのだ」


 ヤッコロがうんうんとうなずいている。

 天才だけど生活破綻者で、ヤッコロがオカンみたいに定期的に世話を焼いている構図か。

 なんか目に浮かぶな。


「着いたぞ。ここだ」


 馬車が停まり、私たちは外に降り立った。

 領地の外れの森の中、木々に囲まれた少し開けた場所に、その塔は建っていた。

 石造りの古びた塔だが、ところどころ壁が黒く焦げていたり、雑な修繕の跡があったりする。


「うわぁ。いかにも偏屈魔法使いが住んでますって感じのボロ塔ですわね」

「ヤツネだ! いるか!」


 ヤッコロが塔の重い木の扉の前に立ち、ドンドンとノックした。

 しかし、中からは何の返事もない。


「……また倒れているかもしれない。入るぞ!」


 ヤッコロが扉に体当たりをして無理やり開ける。

 キィィ、と重い音を立てて扉が開いた先には——。


 山積みにされた古文書、割れたフラスコ、謎の光を放つ魔石の欠片。

 そして、いつのものかわからない冷え切った食べかけのパンが転がる、絵に描いたような汚部屋が広がっていた。


「……相変わらず、足の踏み場もないな……」


 ヤッコロがため息をつく中、私はその惨状を見て、思わず呟いた。


「……私の部屋?」

「貴殿の部屋もこんな有様なのか!」


 ヤッコロのツッコミを背に受けながら、私たちは薄暗い工房の中へと足を踏み入れた。


***


【今日の破綻ライフハック】


 やあみんな! メシ子だよ!

 中学校の理科って、実はかなり高度だよね!


 今日のライフハックはこれ!


 テッテレー!


 ★No.036『汚部屋はだいたい全部いっしょ』

 材料: 部屋、ゴミ、見て見ぬふり

 効果: 住環境へのこだわりが消える

 代償: 生活の質

 破綻度: ★★★★☆(床が見えなくなる)


 間取りとか窓の向きとか、いろいろ気にして部屋を選ぶよね!

 でも汚部屋になったら、だいたい全部いっしょだよ!

 ただし風呂トイレ別だけは死守しようね!


 それじゃあ、またね!


 「高評価」と「風呂トイレ別(お気に入り登録)」よろしく!


 ハタンキュ~(挨拶)

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