第35話 破綻令嬢は画面越しの祈りを台無しにする
(……朝だ。朝ごはんの時間だ)
カロリーを求める本能に従い、私はふらふらとキッチンへ向かっていた。
その途中、リビングを覗き込むと、部屋の隅に設置された大きな鏡の前で、純白の聖女ドレスを身に纏ったセイ子が、真剣な顔で何やらブツブツと呟いていた。
「……あー、マイクテスト、マイクテスト。本日の祈祷の接続確認を……」
『——ザーッ……あ、あー。聞こえますでしょうか、聖女様。こちら王都の教会本部です』
鏡の中から、ノイズ混じりのくぐもった神官の声が聞こえてくる。
ああ、昨日大司祭様が置いていった『遠隔祈祷システム』のテストか。
すげぇな異世界。マジでオンライン会議じゃん。
そこへ、朝の鍛錬を終えたヤッコロがリビングへ入ってきた。
「おお、セイ子殿。朝のおつとめですね。やはり光の聖女様の正装は、神々しさが違——」
ヤッコロの言葉が、途中でピタリと止まった。
「……セイ子殿。なぜ、上半身は完璧な聖女のドレスなのに、下半身はドロワーズ一丁なのですか?」
うん、やっぱそこ気になるよね。
セイ子の下半身はドロワーズ丸出し。こっちでいう下着姿だ。
私とおそろいだね。
セイ子は鏡から視線を外さず、きっぱりと答えた。
「画面には胸から上しか映りませんから。それに、神たるメシ子様は常に下着姿でおられます。ならば私も同調し、普段は下着姿で過ごすのが、真の信仰というもの!」
「教義が破綻している! 王都の何万という民が、貴女の祈りを待っているのだぞ!」
「見えなければ存在しないのと同じですから」
「メシ子殿と同じ理屈!」
ヤッコロが頭を抱える中、鏡越しの神官から声がかかる。
『では聖女様、まもなく広場の民へと映像を繋ぎます。よろしくお願いいたします』
「はい。神の御心を、遠隔で」
セイ子が両手を組み、目を閉じる。
鏡の表面が淡く光り、向こう側に王都の巨大な広場の映像が映し出された。何万人もの民衆が、巨大なスクリーン(魔導具)に映るセイ子の姿を見て、一斉に歓声を上げる。
『おおお……! 聖女様だ!』
『辺境からも我々をお見守りくださっている!』
圧巻の光景だ。まあ下半身はドロワーズなんだけど。
「えー、本日のおつとめは、教会本部、王都中央支部、ロシュフォール支部、ノースガルド第三支部、サウスエンド第七支部……これ全部言わなきゃダメですか?」
『聖女様、大事な情報です。全部言ってください』
「……わかりました。えー、ダンジョン前通り支部、魔王城手前パーキング支部、ジョージ・ディッキンソン支部、ゴンザレス伊藤支部が二つ……二つ?」
『はい、聖女様、間違いありません。続けてください』
なんか人気ラジオで放送局全部言うくだりみたいになってる。てかゴンザレス伊藤支部ってなんだよ。
まあ、それより朝ごはんだ。
「ヤッコロ、朝ごはんは?」
「ちょ、メシ子殿、静かに、静かに! 今通信魔法中だろう!」
『聖女様、どなたかおられるのですか?』
「まずい! ミュートだ、セイ子殿! こちらの音声を切るのだ!」
「ミュート……? ああ、この魔石ですね」
セイ子が鏡の縁にある魔石をポチッと押す。
プツン、と鏡の映像が真っ暗になる。
『ああっ!? 聖女様のお姿が消えた!?』
「映像を切ってどうする!」
「朝ごはん……自分で作らなきゃダメか……」
「運営さん、神が朝食をご所望なのですが?」
『神が?! 朝食を?! 何を用意すれば?!』
「ああもう! セイ子殿貸すのだ!」
ヤッコロが手早く魔道具を操作し、音声をミュート。『しばらくお待ちください』の画面を表示。手慣れてる。
それから、何か魔道具を取り出し、セイ子に装着した。
「すげえ、ヘッドセットだ!」
「これがあれば、我々の話し声程度なら音を拾わなくなる。向こうの声も我々に聞こえなくなるしな。安心しておつとめを行ってくれ」
「ありがとうございます」
セイ子は深々とお辞儀をして、改めてオンラインおつとめを開始した。
ヤッコロがため息をついてから私に向き直る。
「朝ごはんはキッチンに用意してある」
「え、マジ! やった! ヤッコロ大好き!」
「え、だ、だいすき……? ご、ごほん、もう冷えてるだろうから、適当に温めて食べてくれ」
「えー、ヤッコロ温めてよ」
「すまない。私も書類整理があるのだ」
えー。こっちの人って火魔法とか平然と使ってあっためるけど、こちとら魔法なんて目からビームしか使えないんだよ。あれ、表面しか温まらないし、出力調整が繊細なんだよな。
「ちぇっ。私たちの関係も冷え切ったものですわ。今日の朝ごはんのように!」
「全くうまくないぞ」
「冷えた朝ごはんのように?」
「それは場合による」
仕方ない。私だって自立した大人なのだ。朝ごはんを温めるくらいできる。
キッチンに入る。
朝ごはんは、白米、ししゃも、おひたし、お漬物、お味噌汁だった。
相変わらず理想の和定食すぎる。
けど、圧倒的にカロリーが足りない。
冷蔵庫にあった、巨大なベーコンを取り出す。。
そして、チンチンに熱したフライパンに投入!
——ドジュウウウゥゥゥ!
突如、静寂を切り裂くような凄まじい爆音が屋敷中に響き渡った。
「表面を一気に焼き! 脂で脂を洗う!」
その瞬間、ヤッコロが飛んできた。
「おい! 何してる! そんなバカでかい音、ヘッドセットでも拾ってしまうぞ!」
「アロゼだ!」
「『アロゼだ!』じゃない! 焦げてるぞ!」
「あっ」
ベーコンはカリカリを通り越してコゲコゲになってしまっていた。
ごめん、私ではお前のポテンシャルを引き出せなかったよ……
しょんぼりしながらリビングに行く。
「あー! もう! 煙がこっちまで!」
ヤッコロが書類でパタパタと仰いでる。
『……聖女様、さきほどの……肉を焼くような凄まじい音は……?』
「神がご活動なさっている音です」
『では、このモヤモヤは……』
「その残渣です」
『おお、何とありがたい……」
セイ子がなんか会話してるけど、煙のせいで見えにくくなってる。
照らしてあげよう。
「ペカー」
『せ、聖女様が、神の残渣に当てられて黄金に輝き出した?!』
『奇跡だ……』
『……このような瞬間に立ち会えるとは……』
「なんだか盛大な誤解が起きている気がするのだが……」
ヤッコロがげんなりしてる。
まあそれより朝ごはんだ。
「ボリッ、ゴリッ、ガリガリッ」
「ちょ、メシ子殿、静かに! なんで朝食でそんな音がするのだ!」
「なんでって、ベーコンですわ」
「なんで丸焦げのベーコンを食べてるんだ!」
「え、だってもったいないし、見た目はかりんとうですわよ」
「かり……? 絶対おいしくないだろう! 身体にも悪い!」
「いや、ギリギリのとこだけ選んでますわ」
「普通はギリギリアウトだ!」
『聖女様、何か、硬いものが削られるような音が……』
「神がこの世の悪いものを削り取られている音です」
『おお、なんと有難い……』
そこに、ギン子が現れた。
ギン子は興味深そうに目を輝かせると、祈るセイ子をぐいっと横にのけ、鏡を覗き込んだ。
「なんだ、小人族が異空間の中に群れておるぞ?」
『なっ……!? りゅ、竜種!?』
『聖女様の隣に、伝説の古竜が!』
「ギン子殿! 画面を占領しないでくれ!」
ヤッコロが必死に画面の外からツッコミを入れるが、ギン子は鏡の向こうのパニックなど意に介さない。
「ふぁあ……まだ少し眠いな」
ギン子が退屈そうに、一つ大きな欠伸をした。
ふおおおぉぉぉ……。
その口から無意識に漏れた絶対零度の息吹が、鏡を直撃する。
ピキピキピキッ!
瞬く間に分厚い氷が通信魔導具の表面を覆い尽くした。
氷の反射で、なんかセイ子とギン子が無茶苦茶に混ざって映ってる。
『な、聖女様が、竜種と融合なさった……?!』
『なんという……なんという……!』
王都の民衆たちが、なんかひれ伏し始めた。
セイ子が画面端の時間をチラとみる。
「それでは、時間となりましたので、本日のおつとめは終了いたしますね。退室してください」
『おお、奇跡が……神よ……』
「おつかれさまでした~」
セイ子がヘッドセットを外す。
「本日の祈祷も無事に終わりましたね。やはりテレワークは効率が良いです」
「終わり方が軽すぎる!」
嘆くヤッコロ。
セイ子は構わず、カチコチに凍りついた鏡を撫でた。
「でもこれ、次は使えるのでしょうか?」
「大丈夫、私が溶かしますわ」
「神の御力……!」
ギン子は私の従魔だからね。
責任は取らないと。
目からビームを出して氷を溶かしていく。
「我も負けぬぞ」
ギン子が、目から冷凍ビームを出して対抗してきた。
えっ、何してんのこの竜?!
「ぬうおおおお!」
「はぁぁぁぁ!」
「何してる! というかギン子殿はいつから目からビームを出せるようになった!」
「いや、主の技を学ぶのは従魔として当然だろう」
「あ、ま、まあそれはそうか……」
では、改めて。
「ぬうおおおお!」
「はぁぁぁぁ!」
「無意味すぎる!」
「神と竜の対決! まさに神話の再現……おお……何と神々しい……」
「意味を見出すな! もう私がやる!」
ヤッコロが氷をスパーン!と一刀両断する。
魔導具本体には一切傷をつけず、表面の氷だけがキレイに割れて、鏡が出てきた。
「おお~! さすが王国騎士第三位!」
「え……? そ、そうか? このくらいわけないぞ」
「我が国の誇りですね」
「い、いやぁ。団長殿に比べればまだまだ……」
ヤッコロ、耳まで真っ赤だ。チョロすぎる。
「褒美に我が爪を素材とした剣を与えよう」
「いやいや、それほどのことでは……て、はっ?! 何しれっと伝説級の武器を出してるんだ!」
「え、ヤッコロいらないの? じゃあ私がもらいますわ」
「そうは言ってない! これは王国騎士団第三位として、大切に保管しておく!」
ヤッコロがギン子剣を大切にしまう。顔緩んでるぞ。
「てか、また朝ごはん冷えちゃった……」
「温め直せばいいだろう」
「あのさぁ、そう簡単に言うけど、レンジもなしに温めるとか……」
ピコーン!
そうだ。そうだよ。
この世界には、すべての面倒を引き受けてくれる神の箱、電子レンジがない!
「閃いたッ!」
「イヤな予感がする……」
レンジって、確か電磁波で水を振動させてなんとかかんとかだよね。
この世界なら魔法で再現できるのでは?
「ヤッコロの知り合いに、すごい魔法使いいないの?」
「うーん……」
ヤッコロはため息をついてから話し出した。
「……王都を追放された偏屈な魔法使いがいる。この領地の外れの塔に……メシ子殿なら、もしかしたら協力を取り付けることができるかもしれない」
「お、マジ? じゃあご飯食べたら、そいつのとこ行ってみますわ」
私は焦げと冷えた脂ですごいことになったベーコンを見つめ、次なるカロリーの匂いに目を輝かせた。
***
【今日の破綻飯】
やあみんな! メシ子だよ!
「焼く」はもっともハードルが高い調理工程だよ!
今日の破綻飯はこれ!
テッテレー!
★No.035『見た目はかりんとう』
材料: 厚切りベーコン、焦げ、諦めない心
効果: 廃棄が減ってちょっとエコ
代償: 味覚と健康
破綻度: ★★★★☆(黒いのはだいたい危険)
厚切りベーコンを焦がしちゃっても大丈夫!
黒いところを削れば、まだ食べられる部分が残ってるよ!
見た目と食感は、だいたいかりんとう! 廃棄も減らせて地球にやさしいね!
ただし、味は終わってるし、普通に体にもよくないから、エコの前に火加減を覚えよう!
それじゃあ、またね!
「高評価」と「かりんとう(概念)(お気に入り登録)」よろしく!
ハタンキュ~(挨拶)




