第34話 破綻令嬢は聖女の居候を既成事実にする
(……あー、お風呂最高。全身の汚れと一緒に、面倒なことも全部洗い流した気分だわ)
ロシュフォール邸の大浴場(無駄にデカい)でさっぱりと汗と泥を流した私は、食堂の席についていた。
隣には、同じくお風呂上がりでピカピカになった純白の聖女が座っている。
「そういえば、セイ子って今日泊まんだっけ?」
「セイ子?! 聖女様に雑なあだ名をつけるな!」
「いや、マリアンヌって長くて……」
「長くないだろ!」
けど、当の本人は目を輝かせた。
「セイ子! ああ、メシ子様から新たな洗礼名を賜るとは……! 光栄の極み! 私は今日からセイ子です!」
「せ、聖女様、そんな簡単に──」
「セイ子です」
「え、いや、聖女様──」
「セイ子です」
「あ、はい、すみません……」
ヤッコロがげんなりしてるけど、本人が気に入ってるならいいじゃんね。メシ子、ギン子、セイ子で揃ってるし。
あ、そうか。
「ヤッコロ、もしかしてひとりだけ『◯◯子』じゃないから拗ねてる?」
「そんなわけあるか!」
「ヤッコ子にする?」
「語呂悪! せめてヤツ子にしてくれ。いや、キシ子もありか……」
「存外乗り気」
そんな談笑をしながらコーヒー牛乳を嗜んでいると。
「お、奥様! ヤツネお嬢様!」
初老の執事が、顔を真っ青にして食堂へと駆け込んできた。
「王都の教会本部から、大司教様が当家に到着いたしました! 『マリアンヌ様のご滞在の件でご挨拶に上がった』と!」
「だ、大司教様だとォォォ!?」
ヤッコロがスパーンと立ち上がって絶叫した。
「終わった……! 光の聖女様を許可なく別領地に連れ込んだのだ! 我が家は異端審問にかけられ、取り潰される……ッ!」
「えー、でも挨拶って言ってますわよ?」
「建前に決まっているだろうが! とにかく粗相のないように出迎えねば!」
ヤッコロが剣帯を締め直して青ざめていると、食堂の扉が静かに開いた。
現れたのは、白と金色の豪奢な法衣に身を包み、穏やかな笑みを浮かべた初老の男性——大司教だった。その後ろには護衛の聖騎士が二人控えている。
ヤッコロがその場に膝をつき、深く頭を垂れた。
「だ、大司教様……! この度は我がロシュフォール家が、聖女様を許可なく——」
「あ、どうも初めまして。いつもマリアンヌがお世話になっております」
大司教はヤッコロに穏やかに挨拶をしてから、上座でお茶を飲んでいたお母様にペコリと頭を下げた。
「本日はうちのマリアンヌが急に『友達んちにお泊まりする』などと言い出しまして……。急なことで、親御さんには大変ご迷惑をおかけしております」
「あらあら、ご丁寧にどうも。いいんですのに、女の子同士ですもの」
「いえいえ。つまらないものですが、これ、王都で人気の焼き菓子です。皆さんで召し上がってください」
「まあ、嬉しい。ありがとうございます」
なんか、小学生が家に遊びにいった時の、親同士の挨拶みたいになってない?
「ヤッコロ、やっぱ挨拶だったじゃん」
「……いやわからないぞ。戦場で油断は禁物。いつ寝首をかかれるか……」
「いやそれ逆に大司教様に失礼じゃない? ねぇセイ子」
セイ子を見ると。
「……チッ」
えっ、舌打ちした?
「ねぇ」
「ん? マリアンヌ、どうしました?」
「ちゃんとお泊まりするって連絡入れたじゃん。なんでわざわざ来るわけ? マジうざいんですけど」
「お世話になるお家の方に、ちゃんとご挨拶するのは大人のマナーですよ」
「知らないし。そんなの手紙でやればいいじゃん」
女子高生のキレ方かよ。光の聖女の面影は微塵もない。完全に反抗期の娘じゃん。気持ちはわからんでもないけどね。
そうは言っても、相手は大司教様。何やってる人かは知らんけど、偉い人には間違いない。セイ子がどうあれ、私もヤッコロ家の居候として歓迎せねば。
「大司教様、喉渇いてません? 遠いところ来ていただいたんで、スペシャルなやつ出しますわ」
とりあえず手持ちのコーヒー牛乳を開けて、グラスに注いだ。
でも、大司教ともあろうお方が、ただのコーヒー牛乳では味気ないだろう。
(そこでこいつの出番だ)
私はハタゾンで取り寄せた特用マヨネーズを、コーヒー牛乳の液面にむかって、ソフトクリームのように高くぐるぐると搾り出した。
マヨネーズには卵とお酢が入ってる。つまりこれは、コーヒー牛乳とミルクセーキ、そしてお酢ドリンクのハイブリッド! さらに油も入ってる。つまりカロリーの塊でもある。
美味しくて身体にもよく、エネルギーも補充できる。最強のドリンクが完成ってわけよ。
「はい、お待たせしました。特製ドリンクですわ」
「おお、これはご丁寧に。ミルクコーヒーにわざわざ冷たいアイスクリームを乗せて……乗せ……ん?」
受け取った大司教の顔が、ピキッと引きつった。
匂いと質感で気づいたらしい。それがバニラアイスなどではなく、純度百パーセントの生マヨネーズの塊であることに。
「こ、これは……?」
「『見た目はコーヒーフロート』ですわ。疲れた体に甘さとお酢とカロリーが染み渡りますわよ」
「……」
大司教の顔面がスッと青ざめる。
やんわりとグラスをテーブルに置こうとしたその時、私の隣に座っていたセイ子が、スッと冷たい視線を大司教に向けた。
(……神の供物を、まさか残すつもり?)
一切の言葉は発していない。でも、狂信に満ちた聖女からの無言の圧力が、物理的な重さを持って大司教の背中に突き刺さっているのが見えた。
大司教の額に冷や汗が浮かぶ。
「……ありがたく、頂戴いたします」
大司教はテーブルの下でこっそりと指を組んで、なにやらブツブツと呟いた。
「なっ……大司教様!? なぜ〈神聖なる絶対防護〉の魔法を……!?」
護衛の聖騎士たちが驚いたような声を上げる。
防護? 飲み物飲むだけなのに大げさな。
大司教は意を決したようにグラスを呷った。
「ごきゅっ、ごきゅっ……んぐっ……ぷはぁッ!」
「お見事な飲みっぷりですわ。どうです?」
「……ええ。酸味とコクがコーヒーの苦味と絶望的に合わさって、脳を直接殴られるような……大変、目覚めの良いお味でした」
なんか涙目になってない?
『見た目はコーヒーフロート』、泣くほどおいしかったのか。
「それにしても、素晴らしいお屋敷ですね。先ほど玄関を通った際、植え込みが非常に美しく『調和』しておりましたし」
大司教は口元のマヨネーズをハンカチで拭いながら、お母様と適当な談笑を始めた。
「ええ、この子たちが帰ってきてすぐに、綺麗に整えてくれたのよ」
「おいしくいただきましたわ」
「……おいしく?」
「ええ、よく噛むと風味が」
「……左様ですか」
大司教が少しだけ頬を引きつらせた気がする。
大葉おいしいのにね。こっちの人は食べないらしいからな。今度は大葉サラダごちそうするか。
そこからしばらく皆で談笑する。
「なんと、同じお肉でソウルフルなお料理を」
「ええ、白米はすべてを受け止めますからね」
大司教様はそこで一つ大きく頷くと、姿勢を正してセイ子に向き直る。
「さて、マリアンヌ。挨拶も済ませましたし、楽しいお話もできました。そろそろ帰る時間ですよ。馬車の用意ができています」
「私は帰りません」
セイ子は私の隣の席に座ったまま、一切の迷いなく言い放った。
「ここが私の神殿であり、メシ子様こそが私の推し……いえ、光です。私はここに留まります」
「マリアンヌ」
——ぞわっ。
その瞬間、大司教の雰囲気が一変した。
温厚な保護者の顔が消え、王都を牛耳る宗教組織のトップとしての、底知れぬ威圧感が食堂を包み込む。
ヤッコロがヒィッと短い悲鳴を上げ、護衛の聖騎士たちすら顔面を蒼白にして後ずさった。
大司教の目が、冷たく細められる。
「……本気ですか?」
「はい。神に誓って」
「……」
数秒の、永遠にも似た沈黙。
そして。
「——わかりました。ロシュフォール様、構いませんか?」
「ええ、お部屋はたくさんありますし。賑やかになって嬉しいわ」
「そうですか。ではマリアンヌ、ご迷惑はおかけしないように」
大司教はスッと威圧感を消し、あっさりと承認した。
えっ、いいの?
「ま、待ってください! よろしいのですか!? 聖女様には、毎朝の祈りや、王都の民への治癒という、重要なおつとめがあるはずでは!」
ヤッコロがたまらず立ち上がる。
今回ばかりは私もそう思うわ。いや、聖女が何してるか知らんけど。
「ああ、その件でしたら問題ありません」
大司教は懐から、四角い鏡のような魔導具を取り出した。
「先日、王立魔法研究所と共同で『遠隔祈祷システム』を導入しまして。この通信魔導具を使えば、王都の教会と聖女様を繋ぎ、遠隔で民に祝福を与えられるのです」
「遠隔で!? いや、できたとしても遠隔でいいのですか?!」
「ええ。問題ありませんよ」
「しゅ、祝福とはいったい……」
ヤッコロが再び頭を抱えた。
異世界、オンライン会議もできるのかよ。なんでもありだな。ファンタジーの無駄遣いである。
「では奥様、皆様方。マリアンヌをよろしくお願いいたします」
大司教は深く頭を下げ、帰り際、私の方を振り返って優しく微笑んだ。
「……マリアンヌのワガママを、初めて聞きました」
「え? あ、はぁ」
「あの子は、生まれたときから神の僕でした。このように、同年代の友人たちと普通におしゃべりするのも、初めてなのです」
うわあ。聖女って大変なんだな。まあ悪役令嬢の私は処刑確定だったけどね。
「メシ子様、ヤッコロ様。どうか、彼女の良き『お友達』でいてやってください」
私は大きく頷き、真剣な顔で大司教に答えた。
「任せてください大司教様。友として、カロリーの半分はこいつに背負わせますわ」
「……カロリー?」
大司教が首を傾げたが、私はそのまま笑顔で見送った。
そして扉がパタンと閉まった瞬間、私はテーブルに残っていた特製コーヒーフロート(マヨネーズ乗せ)のグラスを手に取った。
「大司教様、大変目覚めが良いって絶賛してたし、私たちも飲んでみますか」
私は同じものを複数作り、皆に配る。
「絶対に飲みたくないのだが……」
「ヤッコロ、そういう態度が革新を妨げているのですわ。チーズをご覧なさい。菌が繁殖した牛乳を食べる異端児がいたからこそ、新たな定番が生まれたのですわよ」
「これはチーズとは別な気がするのだが……」
ぶつくさ言ってるヤッコロを無視し、マヨコーヒー牛乳をグビッと飲む。
「……ンブーッ!」
「ギャーッ! かかった! 汚い!」
不味すぎておもわず吐き出してしまった。
「酸味と苦味が口の中で殴り合って最悪ですわ……これはさすがにないわ」
「そんなものを大司教様に飲ませたのか!」
ヤッコロが顔を真っ青にして叫んだ。
その横では、セイ子が涙目でグラスを両手で握りしめ、ガタガタと震えながら液状の何かをすすっている。
「こ、これが神の試練……おい、おい、おいひぃぃぃ……っ!」
「無理してるのが目に見えてる?!」
ふと視線を向けると、ギン子がグラスの中身を自身の冷気で完全に凍らせ、そこにカレー粉を大量にまぶして、無言でボリボリとかじりついていた。
「地獄をさらにアレンジするな!」
ヤッコロの悲痛なツッコミが響き渡る。
大司教様の足音が、廊下の向こうで少しだけつまずいた気がした。
***
【今日の破綻飯】
やあみんな! メシ子だよ!
甘いものも飲みたいし、脂も欲しいし、なんか健康に良さそうな気もしてほしい日ってあるよね!
今日の破綻飯はこれ!
テッテレー!
★No.034『見た目はコーヒーフロート』
材料: コーヒー牛乳、生マヨネーズ
効果: 甘さとお酢とカロリーが一気に摂れる
代償: 味覚への信頼
破綻度: ★★★★☆(見た目に騙される)
コーヒー牛乳にマヨネーズをたっぷり盛れば、見た目はほぼコーヒーフロート!
卵とお酢と油が入ってるから、ミルクセーキとお酢ドリンクとエネルギー補給を一発で済ませられるよ!
ただし、酸味と苦味とコクが口の中で全面戦争を始めるから注意してね!
それじゃあ、またね!
「高評価」と「コーヒーフロート(概念)(お気に入り登録)」よろしく!
ハタンキュ~(挨拶)




