第31話 破綻令嬢は山賊を奇襲する
王都を出発して数時間。
私とヤッコロ、ギン子を乗せた馬車は、ヤッコロの領地へ向けて街道をガタゴトと進んでいた。
「……暇ですわ」
私は馬車のふかふかな座席で、スライムのようにでろーんと溶けながら呟いた。
「『しりとり』も飽きてしまったな。だが、エッジストン領まではまだ何日もかかる」
「尻といえば、この馬車やけに揺れませんこと? お尻が四つに割れそうですわ」
「メシ子殿が言うと、本当に割れそうで怖いな……」
「ふっ、我のお尻はすでに八つになっておる」
「なぜ張り合う?! え、いや、まさか本当に……?」
二人でギン子の尻を見る。竜種だからマジの可能性あるからね(ちなみに嘘だった)。
「ヤッコロの尻は今何個?」
「言うか!」
「108つか……」
「化け物だろ!」
ヤッコロが腕を組んで背筋を伸ばす。
「この程度の揺れ、騎士の行軍に比べれば揺りかごのようなものだ」
「馬車だけに、ガチのマウントってわけね」
「マウ……? よくわからんが、これを食べて気をまぎわらせてはどうだ」
ヤッコロが、荷物袋から黒くて平たい物体を取り出し、私に差し出した。
「木の皮?」
「違う。騎士の携行保存食『特製干し肉』だ。非常に硬いが、噛みしめるほどに肉の旨味が染み出してくる、長旅の良き友だぞ。顎の運動にもなって、暇つぶしには最適だ」
私はその干し肉を受け取り、じっと見つめた。
カッチカチだ。これ絶対釘とか打てるやつじゃん。
「……ヤッコロ」
「なんだ」
「私、マヨネーズより硬いものを食べたことがありませんの」
「あるだろ!」
限界まで省エネモードの私にとって、咀嚼という行為は重労働に分類される。できれば喉の奥に直接流し込みたい。
「……閃きましたわ」
「イヤな予感がする」
ヤッコロがいぶかしげに眉をひそめる。
私は懐から、先日飲み干した〈めんつゆ(三倍濃縮)〉の空きペットボトルを取り出した。
「まずは、この空き容器に干し肉を適当にちぎって入れます。ギン子お願い」
「うむ」
「それくらいは自分でやったらどうだ……」
ボキボキと干し肉を折ってボトルに放り込む。
「次に、水筒のお水を少々。そして、お土産でいただいた〈お酢〉と〈はちみつ〉を適量投入!」
「お土産? いつの間に……」
「なんか筆頭料理人さんが色々くれましたわ。こうして調味料をドボドボと注ぎ込み、しっかりとキャップを閉めますの」
ボトルの中には、謎の茶色い液体に浸かった硬い肉の破片が漂っている。
「……で? ここからどうするのだ? 魔法で加熱でもするのか?」
「いいえ。これで完了ですわ。あとは、こうして……」
私はそのペットボトルを、馬車の床に無造作にコロンと転がした。
「えっ」
「あとは待つだけですの」
ガタッ! ゴトゴトッ! ガタンッ!
馬車が石畳の段差を乗り越えるたび、床に転がされたペットボトルが激しく跳ね回り、中の液体と干し肉が猛烈な勢いでシェイクされていく。
「……おいメシ子殿。まさかとは思うが」
「お気づきになりましたか? 馬車の劣悪な乗り心地を動力源とした、『全自動ホロホロ肉シェイカー』ですわ! お酢の力と、この終わってるサスペンションの物理的衝撃で、お肉の繊維を強制的に破壊する……己のカロリーを一切消費しない、究極のゼロ・カロリー調理法ですの!」
「調理なのかこれは……?」
「漬け置きの上位版ですわ。かなり高度なテクニックですわ」
「高度かはともかく、環境を利用するのはたしかに有用だな」
ガゴッ! ゴガッ!
うんうん、いい感じにシェイクされてるね。この調子なら、夕方には歯茎だけで潰せるくらい柔らかくなってるはずだ。
「でもまたヒマになりましたわね……怖い話でもします?」
ゴゴゴッ! ガッ!
「こ、怖い話か。そ、そうだな、まだ日も明るいことだし」
ガーンッ! ゴガッ!
「これは我が後輩のドラゴンから聞いた話なのだが……」
ガガッ! ゴゴン!
「もう始まってるのか?!」
ガガゴゴン!
「……」
「……」
「うるせーっ!」
「あーっ! 何をしている! 干し肉がーっ!」
うるさくて思わずペットボトルを蹴っ飛ばしてしまった。
「あーっ! 私のホロホロ肉がーっ!」
「自分で蹴ってただろ!」
「我も蹴っていたぞ」
「どこに張り合ってる!」
私は馬車から顔を出す。
「完全に見失いましたわ……ん?」
私は薄く開けた目で、窓の外の景色を捉えた。
街道を外れた森の奥。
なんかお誂え向きに、いかにも凶悪な山賊の群れが、一台の豪奢な白い馬車を取り囲んでいた。
「ヒャッハー! 大人しく金目のものを出しな!」
「くっ……神の裁きを恐れぬ愚か者め……」
山賊のテンプレみたいなセリフに、馬車から降りた純白のドレスの女が震える声で返している。
……よしよし、見事なまでに最高のポイ活案件じゃん。
私は、向かいの席に座るヤッコロに向けて、おもむろに告げた。
「我が死地を見つけたり……」
「なっ、メシ子殿!? 突然何を——」
ヤッコロの制止を聞く前に、私は走行中の馬車の扉を蹴り開き、大自然の中へダイブした。
歩くのすらダルい省エネモードの私にとって、移動手段は重力に任せるのが一番だ。私は斜面を丸太のようにゴロゴロと転がり落ちていく。
──ドーンッ!
「ぎゃあああっ!?」
「ぐはぁっ!?」
森の中に響く、ストライクの音。
私は山賊の群れにボウリングの球のごとく突っ込み、数人を綺麗に吹き飛ばしたあと、巨大な立ち木に激突して止まった。
私はむくりと起き上がり、服の土を払いながら声をかけた。
「あのー、すいません。カツアゲ会場はここですか?」
「なんだお前!」
「参加料とかいりますか?」
「いらねぇよ! っていうか今から金取るんだよ!」
山賊のボスが素っ頓狂な声を上げる。
怖い人だなぁ。こっちはポイント稼ぎたいだけなのに。
「あ、あなたはっ……!」
背後から、ひときわ大きな声が響いた。
振り返ると、襲われていた純白ドレスの女が、信じられないものを見る目で私を指差している。
「なぜ生きているのです! 処刑されたはずでは!」
「ちょっと何言ってるかわかんないですわ」
「なぜわからないのですか! あなたにどれだけ……!」
白女の声を遮るように山賊が叫ぶ。
「おい! さっさと金目のものよこせ!」
うーん、それが参加料ってこと?
私が今持ってて、あげられそうなものは……
「じゃあこれ」
「ちっ、最初から大人しく渡しておけば……って、これ下着じゃねぇか!」
「ええ、一応最高級の素材を使ってましてよ。売れば金貨100枚はくだるまい……」
「ならねぇよ! しかも穴が空いてんじゃねぇか!」
「ああ、これはこういう……」
私は山賊長から下着をひったくり、スポッと頭に被って顔を隠す。
「顔バレ防止にも使えますわ。元婚約者にもバレませんわよ」
「て……てめぇ……馬鹿にしてんのか!」
彼は血走った目で私を睨みつけると、身の丈ほどもある大剣を頭上高く振り上げた。
「もういい! 死にやがれェェェッ!」
「キャーッ!」
白女が悲鳴を上げる。
豪腕から放たれた大剣が、私の脳天めがけて真っ直ぐに振り下ろされ——。
ガキィィィンッ!!
分厚い大剣の刃が、まるで飴細工のように粉々に砕け散った。
『害意ダメージ(物理)を無効化しました』
『50ポイントを取得しました』
「「「……は?」」」
山賊たちの動きがピタリと止まる。
50ポイントかー。世知辛いね。
「なっ……俺の鉄斬り大剣が砕け散っただと!? 防御魔法か!?」
「クソッ、だがこんな強力な防御魔法、長くはもたねぇはずだ!」
山賊のボスが砕けた剣の柄を投げ捨て、見事な勘違いで状況を説明してくれた。
これは追撃来るぞ! ありがとうございます!
「野郎ども! 一斉攻撃だ! 魔法も矢も全部ぶち込めェェェッ!」
「「「オオォォォッ!」」」
ボスの号令とともに、無数の矢と炎の魔法が、私めがけて雨あられと降り注いできた。
ドバババババッ! チュドォォォン!!
『害意ダメージ(物理)を無効化しました』
『50ポイントを取得しました』
『害意ダメージ(炎)を無効化しました』
『50ポイントを取得しました』
炎と煙が私を包み込む。
「はぁ、はぁ……」
「やったか?!」
残念。効かないよ。でももっとやってね。
「おーっほっほっほっほ! この程度であてくしを倒そうだなんて、100万光年早いですわ!」
「ひ、ひぃ!」
「い、生きてやがる! 化け物か?!」
絶望する山賊たちの声が響く。
土煙の中、私は殺意の嵐のド真ん中で両手を広げて歓喜の声を上げた。
「あー、あと50回くらいダメージ喰らったら死ぬかもなー! 無敵バリアが切れるかもなー!」
「お、おい! 聞いたか!」
「ああ! 諦めるにはまだ早ぇ!」
まったく、チョロいぜ。
山賊たちが次の攻撃の準備をしているあいだに、爆発の土煙が晴れる。
現れた私の姿に、なぜか山賊たちが怯えだした。
「な、なんだあの姿は?!」
「や、やっぱり化け物だったじゃねーか!」
「に、逃げろ!」
ん? なんか反応が変だな。
「あ」
そういえば私、炎の攻撃喰らうと、アフロになるんだった。
下着とアフロが燃え盛って、炎の魔人みたいになってる。
山賊たちがジリジリと後ずさりしてる。
せっかくのボーナスステージが、終わってしまう!
「いや、誤解だから! 普通の人間だから! 攻撃効きまくるから! いやー、痛いなー! いやだなー!」
「う、嘘つけ! 俺たちを騙したな! この悪魔!」
「違うって! あと10回! あと10回でいいから!」
やばい、私のポイント豪遊生活が──
「……ん?」
そのとき、自分が激突した木の根元に、見覚えのある円筒形の物体が転がっているのを見つけた。
「あ! 私のランチ!」
「ら、ランチだと!?」
突然しゃがみ込んだ私を見て、山賊たちが困惑している。
「間違いない! 〈めんつゆ〉の空きペットボトル!」
「な、なんだそりゃあ! 呪いのアイテムかっ?!」
「いやホロホロ肉」
「人間の肉?!」
「え、怖! どうしてそうなるの?!」
なんか攻撃してこないし、もう諦めてご飯にしよう。
ボトルは、発酵ガスと異常なシェイクによって、はち切れんばかりにパンパンに膨れ上がっている。いい仕上がりだ。
「いただきまーす」
私は迷うことなく、ボトルのキャップを捻った。
——プシュルルルルルッ!! ドバァァァーッ!!
「「「ぎゃあああああっ!?」」」
開栓した瞬間、極限まで圧縮されていた特濃の酢と肉汁が、凄まじい勢いで間欠泉のように噴出した。
至近距離で酸っぱい飛沫を顔面に浴びた山賊たちが、目を押さえて地面に転げ回る。
「目がァ! すっぺぇぇぇ!」
「なんだこの強烈な酸味の液体はァァァッ!」
「ああ……せっかくのお肉が飛び散っちゃいましたわ……」
バタバタと倒れていく山賊たちを一瞥し、私は空っぽになったボトルを振りながらため息をついた。
だが、その肉汁の雨を全身で浴びていた人物がもう一人いた。白女である。
純白のドレスと透き通るようなアイボリーの髪が、見事に茶色に染まっている
「あ、マジでごめんなさいですの」
「メ、メ、メ……」
「メ?」
「メリィナ様の肉汁、プッシャァ……おいひぃ~~~~!」
「え?! 何それ怖っ!!」
白女は恍惚とした表情を浮かべ、自分のドレスにへばりついた茶色いホロホロ肉を、指ですくってちゅぱちゅぱと舐め回し始めた。
やべえこいつ。ドン引き。
いくらなんでも、服に付いた謎の肉片を食うのは衛生観念が終わっている。マジで引くわ。
「メシ子殿!」
「あ、ヤッコロ」
「こ、この状況は一体……」
いや、私も説明してほしいわ。
そこでヤッコロが、白女を見て顔色を変える。
「せ、せ、聖女様?!」
え、聖女? 私が苛めてたっていう、あの?
「おいひぃぃぃぃぃぃぃ」
本当に??
***
【今日の破綻飯】
やあみんな! メシ子だよ!
乗り物じゃなくて人生に酔っているよ!
今日のメニューはこれ!
テッテレー!
★No.031『全自動ホロホロ肉』
材料: ジャーキー、お酢、
調理時間:数時間(放置するだけ)
破綻度: ★☆☆☆☆(料理)
生肉が腐る? それは自然の摂理!
でもジャーキーなら腐りにくいよ!
空きボトルに入れてお酢と醤油と一緒に激しくシェイクすれば、ホロホロ肉だってできちゃうよ!
実際は、酸っぱい最悪のゴム肉になるから絶対に真似しないでね!
それじゃあ、またね!
「高評価」と「ホロホロ肉(お気に入り登録)」よろしく!
ハタンキュ~(挨拶)




