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第30話 破綻令嬢は褒美より害意を所望する

 王宮って、追い出しの手際だけはやたらいい。


 モーニングルーティンが終わって昼飯もありつこうと考えていたら、使用人たちがものすごい速度で荷物をまとめ、私たちの馬車を玄関前に横付けしていた。


「対応が早すぎませんこと?」

「一刻も早くお帰りいただきたいのだろう……」


 ヤッコロが、寝不足みたいな顔でそう言った。


 失礼しちゃうね。

 こんなポイントも稼げないようなところ、こっちから願い下げだ!


「本来なら、王太子殿下から褒章があるはずだったのだが……」

「泡吹いて倒れましたものね」

「なぜ殿下はマヨネーズをあれほど恐れられているのか……?」

「好き嫌いはよくないですわよね」

「そういうレベルではないだろ?!」


 まあマヨネーズって嫌いな人も多いからね。仕方がないね。

 私は懐から業務用マヨネーズを取り出した。白き神の調味料。

 私は庭に生えている大葉を優雅にちぎる。


「いただきます。……しゃくっ」


 うん。

 薬味にマヨネーズは王道すぎるでしょ。

 普通においしいよね。


「庭の葉っぱを勝手に食うな!」

「美観のためですわ。この葉っぱが景観を乱していましたもの」

「食いたいだけだろ! ……って、え、庭が『調和』した……?」


 そんなやり取りをしていた、その時だった。


「——待て、S級冒険者」


 低く、張り詰めた声が響く。


 振り返ると、王宮の大階段の上に、侍従と医療班に両脇を支えられた王太子が立っていた。


 顔色は死にかけのカレイみたいに白く、目の下には隈。

 それでも髪はきっちり整えられ、礼服も乱れなく着込んでいる。


 倒れてもなお威厳だけは捨てないあたり、さすが次期国王だ。

 見習いたいね。


「で、殿下……!」


 ヤッコロが慌てて背筋を伸ばす。

 相手は次期国王だからね。私もしっかり礼節を尽くさないとね。


「もぐもぐもぐ」

「……おい」

「もぐもぐもぐもぐ」

「いつまで食っている、S級!」


 王太子が怒鳴る。


 いや、私も早く飲み込もうとしてるんだよ!

 口に食べ物入れたまま話せないでしょ?!

 そんな行儀悪いことできないよ。

 だって育ちが良いからね。


 そうこうしていると、王太子の視線が一瞬揺れた。

 医療班がすかさず背中を支える。


「殿下、呼吸を整えてください!」

「視線を一点に固定なさらないで!」

「白い物体と草の同時視認は危険です!」


 マヨネーズと雑草が危険物認定されてるんだけど。

 王太子は喉を鳴らしながら、震える指で私の手元を指した。


「き、貴様……その白き特級呪物……」

「マヨネーズですわね」

「ま、マヨネーズというのか……ま、ま、ま……ッ!?」

「医療班、精神安定魔法をッ!」


 びくぅっ、と全身が跳ねる殿下に魔法がかけられる。

 うーん、繊細。調味料に対してメンタルが紙すぎる。


「その呪物、どこで手に入れた……!」

「通販ですわ」

「つうはん……?」

「ええ、通販」

「よ、余が知らぬ魔境か何かの名前か……ッ!」

「まあ、そんな感じですわ」


 私はそう言って、葉っぱをもう一口かじった。しゃくっ。

 王太子の目が、私の手元の葉っぱとマヨネーズを行ったり来たりする。なんか顔色が悪くなってきた。そんなに食べたいのかな? 依存症?


「お食べになられます?」

「ひッ、ち、近づけるな!」

「魔法班! 特級防御壁展開しろ! 認識遮断を最優先に!」


 物々しい魔法陣から分厚い魔法の壁が展開された。

 動物園で猛獣見てるみたいになってるじゃん。


 いくぶんか落ち着いた様子の王太子。


「貴様はいったい何者だ……なぜこの国に流れてきた」

「破綻を極めに……」

「は、破綻だと……おい、ロシュフォールの女、説明しろ!」


 王太子がヤッコロに顔を向ける。

 ヤッコロが姿勢を正して声を張り上げる。


「は! メシ子殿は破綻道(はたんどう)の求道者であります! 破綻道とは死地に赴き、極限状態の中で自らを高める究極の武道……いえ、生き方そのものであります!」


 え、ヤッコロめっちゃ深読みしてくれてるじゃん。

 考察垢もびっくりだよ。


「で、では我が国に、不利益をもたらすことはないのだな」

「はい! 少々行動が突飛ではありますが、その裏には深淵な行動原理が……」


 そこでヤッコロが薄めを開けて深いため息をついた。


「……深淵な行動原理がおそらくあると推察されると考えられるかもしれません!」

「おい! なんだその曖昧な言い回しは! 不安になるだろ!」


 王太子は歯を食いしばり、頭を大きく横に振った。


「……もうよい」


 王太子は侍従に片腕を支えられたまま、低い声で続けた。


「不本意だが……貴様がS級冒険者たる功を立てたことは、事実。竜種を従え、王都に名声をもたらしたことも……認めざるを得ん。よって、褒美を取らせよう」


 玄関前がざわついた。侍従たちが息を呑み、ヤッコロも目を見開く。


「金貨、宝石……爵位や領地でもよい。この国からS級など、父上の時代から見ても初だからな」


 ヤッコロが口パクで「名誉! 名誉なことだぞ! 名誉なことだからなッ!」と必死に伝えてきている。


(そうだよね)


 次期国王たる王太子が、下々の民に直接褒美だなんて、すごいことだ。

 私は姿勢をすっと正す。


「では、ひとつだけ」

「うむ」


 そうだ、思い出した。

 この人は、王太子。私の元婚約者。

 私を処刑しようとして、追放した人。

 そう、私の始まりの、人。


「殿下」

「なんだ」


 王太子の目をしっかりと見据えて、言う。


「……とりあえず、一発思いっきり殴ってくださいません?」


 沈黙。

 風が吹いた。どこかで鳥が鳴いた。


「……は?」

「え、だから一発殴って欲しいって……」


 そう、王太子はハタゾン始まりの人。

 害意よ、もう一度!


「正直殿下も、ちょっと殴りたいって思っていらっしゃるのでは?」


 ビームで攻撃しちゃったしね。


「た、確かに、少々、いやかなり腹が立ってはいるが……」

「じゃあ、その気持ちを、ドーンとぶつけてくださいませ! ほら、ドーンと!」


 いやあ、なかなか害意って向けられないからさ。

 ナチュラルボーン不遜、常に怒ってばかりの殿下みたいな人は貴重なのよ。


「な、な、何を……」


 あれ? 王太子が全然殴ってこない。

 褒美くれるんじゃなかったのかよ!


「殿下? まさか褒美を渋っておられるわけではありませんよね? 右の頬でも、左の頬でも、どちらでもよろしくてよ?」

「な、なんだこいつは……! なんなのだ?!」

「メシ子殿、もうやめてくれ……」


 あれ、ヤッコロが白目剥いてる。

 殴打は逆に控えめすぎて失礼だった?

 

 んーじゃあ……


「処刑……そう、処刑とかもありですわ!」

 

 王太子の喉が、ひゅっと鳴った。


「そうですわね、たとえばギロチンとか」

「や、やめろ」

「水攻めとか」

「やめろ……」

「火あぶりとか。そのあたりが理想ですわね!」

「やめろォォォォォッ!!」


 王太子が絶叫した。

 え、何。選択肢が多すぎた?

 私は少しだけ首をかしげる。


「難しければ、どれかひとつでも構いませんわよ?」

「やめろッ!」

「ウェルカム・バイオレンス!」

「余に、余に、思い出させるなァァァァァッ!!」


 王太子の顔から、さっと血の気が引いた。瞳が泳ぎ、唇がひくつく。


「殿下!」

「来ます! 発作です!」

「頬刺激を!」


 パァァァァァンッ!!


 乾いた快音が響いた。医療班の一人が、王太子の頬を迷いなくフルスイングでひっぱたいたのだ。


「っはぁ!?」

「戻られました!」

「意識レベル改善!」


 ヤッコロが悲鳴を上げる。


「もっと穏便な起こし方はないのか!?」

「穏便で済む段階を過ぎております故」


 医療班が真顔で返した。王宮医療、体育会系すぎる。


「うぐっ、ああ、あの女、あの女がぁ!」

「くそっ、第二段階入りました!」

「精神安定魔法最大投入! 外部遮断!」

「殿下、こちらをッ!!」


 殿下が、私が差し出したマヨつき大葉をもしゃもしゃと食べる。


「え……? な、何をしているんですかーッ!」


 医療班が悲鳴を上げている。


「え、いや、これ食べ物だからさ……」


 特級呪物じゃないから。企業努力の結晶を呪物扱いとか失礼だから。

 さすがに食べればわかるでしょ。


「な、なんてことをっ!」

「あなたもいかがかしら?」

「ひいっ! だ、誰かこの人をつまみだして!」


 そこで、正気に戻った王太子がスッと手をあげて医療班を止める。


「よいよい。ははは、マヨネーズだったか。そうか、食べ物だったか。なかなか、うまいものだな、ハハ」

「そうでしょう! わかっていただけて光栄ですわ!」

「ああ、ははは」

「おほほ!」

「ブクブクブクブク……」


 えっ、いきなり泡拭いた!

 やばい! 大葉か?! 大葉の刺激が強すぎたか?!


「医療班! マヨネーズを殿下の口に注入!」

「はい!……ってするか!」

「なぜですの?! まろやかになりますのに!」

「これは我々が預かります!」

「あーっ!」

「ブクブクブクブク」


 そうこうしているうちに、王太子の口から無限に出てくる泡が、その身体を包み込んだ。


「ああっ、また殿下が泡でお隠れに!」

「殿下! 危機は取り去りました! 出てきてください! 殿下ーっ!」

「ダメだ! 祝宴で誘い出さねば!」


 王太子の泡、天の岩戸みたいな扱いになってる。


 泡の繭みたいになった王太子が搬送されていく。


 あっという間に泡殿下と医療班が退場。玄関前は、地獄のような騒ぎがあったとは思えない静寂に包まれた。


 私は、小さく肩をすくめた。


「褒美は?」

「……もらえるかーッ!」


 ヤッコロが頭を抱えて絶叫した。


***


【今日の破綻ライフハック】


 やあみんな! メシ子だよ!

 「何か欲しいものある?」って聞かれても、特に何も思いつかない日ってあるよね!


 今日のライフハックはこれ!


 テッテレー!


★No.030『欲しいものがない時は権利だけもらおう』

 材料: 曖昧な欲望、口約束

 効果: 後で請求できる

 代償: 忘れる

 破綻度: ★★★★☆(情緒ゼロ)


 欲しいものがない時は、現物じゃなくて権利だけもらおう!

 後で欲しくなった時に請求できるから便利だよ!

 ただし、だいたい忘れて、一生何ももらえないよ!


 それじゃあ、またね!


 「高評価」と「権利(お気に入り登録)」よろしく!


 ハタンキュ~(挨拶)

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