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第29話 破綻令嬢は優雅なルーティンをキメる

「……ふわぁ。よく寝ましたわ」

「起きるのが遅いぞ、メシ子殿。もう日が昇りきっている」


 天蓋付きの超絶ふかふかベッドで限界まで二度寝をキメていると、すでに身支度を終えたヤッコロから呆れ声が飛んできた。


 いや、朝っぱらから元気すぎん?

 こっちはまだ省エネモードなんだけど。


「王宮の朝ですもの。今日は私も、貴族らしく『丁寧な暮らし』のモーニングルーティンをこなしますわよ」

「な、なんだって?! メシ子殿が、丁寧?!」

「失礼な反応するなこの女騎士」


 まあロシュフォール家でぐうたらしてるからそう思われるのも仕方がない。でも、私だって『丁寧な暮らし』のひとつやふたつ知ってるんだからね!


「それで、まずは何をするのだ?」

「目覚めの『白湯』をキメますわ」

「おお! 胃腸を優しく起こす、素晴らしい習慣だ。すぐに用意しよう」


 ヤッコロが陶器のカップに注いでお湯を持ってきてくれた。


 よし。


「では、こいつを入れてと」

「……メシ子殿。今、何を入れた?」

「朝のエネルギーチャージ、炭水化物ですわ」


 そう、昨日余って固くなった白米を投入したのだ。白米がいい感じにふやけて、即席おかゆの完成!


「白湯じゃないじゃないか!」

「失礼な。白(しろ)いお米(こめ)をお湯(ゆ)で溶かしたから、文字通り『白湯』ですわよ? 胃腸に優しい立派な習慣ですの」

「私の知っている白湯と違うのだが……」


 ズズズッ、とお湯を吸ったご飯を一気に胃袋に流し込む。


 んー、咀嚼の手間すらいらないこの圧倒的タイパ。胃に優しいのをいいことに、寝起きから無限に炭水化物を摂取できちゃうわけだ。


 まさに飲むカロリー。最高かよ。


「さて、次は『スキンケア』の時間ですわ。朝の乾燥からお肌を守る、大切な儀式ですの」


 カップをベッド脇にコトッと置いて、そのままスッと目を閉じる。おやすみ世界。


「……」

「……」

「はい、終わりましたわ」

「……何もしていないが?」


 ぽかんとするヤッコロを尻目に、私はゆっくりと目を開けて、自分の頬をドヤ顔で指差す。


「ふふっ。ご覧なさいヤッコロ。この天然の脂で輝く、テカテカのお肌を」

「テカテカって自分で言ってるぞ! 昨日から顔を洗っていないだけだろう!」

「人聞きの悪い。これは先ほどの『白湯』によるインナーケアと、昨晩の飛竜肉の残り香が織りなす完璧なオーガニック保湿バリアですわ」


 論より証拠ってやつだ。私はカップに残ってた白湯を指先につけて、自分の頬にポタッと一滴垂らしてみせた。


 ——ツルンッ。


 水滴は肌に一切染み込むことなく、見事な球体を保ったまま、重力に従ってノーブレーキで顎へと滑り落ちていく。


「ご覧なさい、この完璧な撥水コーティング。これなら急な雨でも傘はいりませんわ」

「野営のテントじゃないんだぞ……私の洗顔美容セットをあげるから、使ってくれ」

「えマジ、すげぇありがとう」

「礼には及ばない。メシ子殿の美しい肌を守るためなら安いものだ」

「あやっぱいらないかも」

「なぜだ?!」

 

 ドレスへの異常なこだわりといい、ヤッコロの『美しさ』ムーヴに乗っかるとヤバいという直感が……いつか蝋人形にされかねない……


「さて、次は自然との調和ですの」


 私はベッドからだるーんと這い出て、窓辺に置かれた立派な鉢植えに近づく。王宮の庭師が丹精込めて育てたであろう、青々とした観葉植物。


「『ご自由にどうぞ』って書いてありますわ」

「ああ。お土産のひとつだな。この『オオバ』は生命力が高く、育てると小さな花が規則正しく並んで咲くのだ。王国の繁栄と団結を表すとして、愛されている」

「へぇ〜」


 うん、どっからどう見ても大葉じゃん。


「では、この朝の光を浴びる植物から、自然のパワーを……いただきますの」


 おもむろに葉っぱをむしり取ると、マヨネーズをたっぷりかけてそのまま口に放り込む。


「何をしている!」

「だって『ご自由にどうぞ』って……」

「『お持ち帰りください』の意味だろうが! 観葉植物を食うやつがいるか!」


 まあでも、大葉だからね。


「ヤッコロ、このオーバ、マヨとの相性は抜群ですわよ」

「結局マヨネーズではないか! 自然との調和はどこにいった!」

「物理的に体内に取り込んでいるんですから、最高レベルの調和ですのよ」


 さらに二、三枚むしってマヨで平らげると、再びベッドへとダイブする。


 あー、横になるの最高。


「自然を満喫しましたから、次は『朝の読書』で知性を磨きますわ」

「おお、読書か。それは素晴らしいな!」


 私は枕元から長方形の小さな厚紙を取り出すと、そこに印字された細かい文字をめちゃくちゃ真剣な顔で追い始めた。


「……なるほど。名称、〈おろし生姜〉。原材料名、生姜、醸造酢、食塩……。そしてこの『セルロース』と『酸味料』の絶妙な配合……」

「……メシ子殿。それは……?」


 ヤッコロがいぶかしげに手元を覗き込んでくる。


 ここにあるのは、以前ハタゾンで召喚した薬味、〈おろし生姜(お徳用ジャンボチューブ)〉の紙パッケージだ。


「あの謎の薬味が入っていた空き箱ではないか! どこが読書だ! 本を読め!」

「ただの空き箱じゃありませんわ。異世界の錬金術師たちが命を削って配合した、緻密なデータが記された魔導書ですの。ほら、ここを見てくださいな」


 私はパッケージの裏面をヤッコロの顔の前に突きつけた。


「『酸化防止剤(ビタミンC)』……。これこそが、ヤッコロのお母さまの病を治した奇跡の成分。体のサビ(老化)を防ぐ、不老不死の秘薬ですわ」

「なっ……! さんかぼうしざい……! それが母上の命を繋ぎ止めたというのか!」

「ええ。そしてこの『セルロース』。これこそが、あの凶悪な竜種をも従わせ、ボイラー代わりに発熱させた無限のエネルギー源ですわ」

「せ、せるろーす……! なんと恐ろしい響きだ! そんな禁忌の呪文が、この小さな箱に記されているとは……!」


 ヤッコロがワナワナと震えながら、空き箱を畏敬の眼差しで見つめている。


 いや、ただの食品添加物なんだけど、完全に信じ込んでるし。わざわざ訂正して説明するのもだるいから、ここは適当に乗っかっておこう。


「この文字列から、異世界の賢者たちの『日持ちへの執念』と『ケミカルの神秘』を読み解く……。これぞ高度な文学的考察ですの」

「す、素晴らしい……! メシ子殿は、そんな恐るべき魔導の真理を朝から探求しておられたのか! 本を読めなどと浅はかなことを言った私を許してくれ!」

「わかればよろしい。では最後、ヨガで自律神経を整えますわ」


 私はベッドに仰向けにゴロンと転がり、両手を体の横にピタッとつけて、静かに目を閉じる。スンッ……。


「……」

「……」

「……いつ始まるのだ?」

「もう始まってますわよ。見てわかりませんの?」

「何も動いていないし、ただの二度寝では……?」

「よく見てくださいませ」


 仰向けのまま、右手の人差し指の第一関節だけを、ピクッ、ピクッと動かしてみせる。


「これが、究極のカロリー節約瞑想『指先ヨガ』ですわ」

「もう何も言うまい……」

「スゥスゥ……」

「やっぱり二度寝ではないか!」


 ***


 数時間後。王宮内は奇妙な熱気に包まれていた。


『……スーッ、ハァーッ……』


 廊下の片隅やリネン室で、王宮のメイドたちがこぞって仰向けに倒れ、右手の人差し指だけをピクピクと動かしていたのだ。


「なんと無駄のない洗練された動き……!」

「極限までカロリー消費を抑え、指先の一点に宇宙を感じる究極の瞑想……さすがはS級冒険者様……!」


 どうやら、メシ子のズボラルーティンをこっそり覗き見ていたメイドたちの間で『指先ヨガ』が、最新の美容健康法として大流行してしまったらしい。


 さらに厨房周辺でも、別の異変が起きていた。


「筆頭料理人殿、これで足りますか?」

「もっとだ! 王国中からかき集めて、厨房に持ってこい!」


 王宮の筆頭料理人が、山盛りの葉っぱ(大葉)を前に腕を組んでいた。


 王宮の庭園に生い茂るその植物は『オオバ』と呼ばれており、王国のシンボルとも言える一方で、独特の強い香りとエグみから「変な味の草」としても有名だった。


「S級冒険者のあの女がむしゃむしゃ食べていたというから試してみたが……」


 筆頭料理人は、葉の切れ端を噛み締めながら目を細める。


「奴が持っていたあの白い調味料。ニオイと見た目から酸味と脂と見て、実際にこのオオバに合わせてみたが……おもしろい。この草の強烈なクセが、極上のアクセントに昇華されている」


 彼はゴクリと喉を鳴らし、巨大な包丁を握り直した。


「悔しいが……久々に料理人としての血が騒いだぞ。この草のポテンシャルを極限まで引き出す、完璧なレシピを創り上げてやる……!」


 筆頭料理人は目の色を変え、王宮中の大葉をかき集めてレシピの試行錯誤に没頭し始めた。


 のちにこの『大葉料理』が、この国の新たな名物として広く知れ渡ることになるのだが——それはまた別のお話。


 一方、ゲストルーム。


「……ズズッ……」


 一人残されたヤッコロが、メシ子の残した『白湯(湯漬け)』を神妙な顔ですすっていた。


「……悪くない」


 ヤッコロは小さく呟いた。


「冷えて硬くなった携帯食料も、こうして湯で戻せば胃に優しく、迅速にエネルギーを補給できる……。しかも洗い物も出ない。これ、長距離の遠征における野戦食として、極めて理にかなっているのではないか……?」


 生真面目な騎士の顔に、明らかな「気づき」の光が宿る。


「さすがはメシ子殿の破綻道。一見ふざけているようで、すべては過酷な戦場を生き抜くための合理的な知恵だったというわけか……!」


 こうして、王宮の常識はまた一つ、メシ子の破綻ムーブによって静かに、しかし確実に蹂躙されていくのだった。


***


【今日の破綻飯ハック】


 やあみんな! メシ子だよ!

 『丁寧な暮らし』って、最高だね!


 今日のメニューはこれ!


 テッテレー!


★No.029『白(米)湯』

 材料: 昨晩余ったカチカチの冷や飯、お湯

 調理時間:10秒(お湯を注ぐだけ。待つ時間すら惜しい)

 破綻度: ★☆☆☆☆(お粥なので)


 作り方は超簡単。カップにお湯を注いで、冷や飯をドボンと落とすだけ!

 お米がお湯を吸ったら、咀嚼のステップをすっ飛ばして胃袋へ直接流し込む!

 これなら寝起きの省エネモードでも無限に炭水化物を摂取できちゃうよ!


 それじゃあ、またね!


 「高評価」と「お粥(お気に入り登録)」よろしく!


 ハタンキュ~(挨拶)

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