第26話 破綻令嬢は料理バトルで白米を出す
俺は王宮の筆頭料理人。
料理における信条は一つ。「脂こそ至高」。
ロシュフォール公爵家のヒゲ料理長……アイツは昔から、素材の粗を活かすだの繊細なスパイスだのと、ゴチャゴチャ言っていたが、笑止千万。圧倒的な脂の旨味の前には、そんな小細工など意味を持たない。
そう、うまければなんでもいいのだ。
そんな俺の目の前に立つのは、二の腕が異常に膨らんだ、頭に自分の名前入りの純白の下着を被った女。
(……なんだこの不審者は)
しかし、彼女は俺の宿命のライバルであるヒゲ料理長を、俺より上だと言い放った。宮廷の筆頭として、この挑発に乗らないわけにはいかない。
「審査は、こちらの三名にお願いしよう」
司会進行を務めるロシュフォール家の令嬢が、三人の審査員を示す。
豪快な舌を持つ騎士団長。美しい銀髪の竜種の女。そして——。
……王太子殿下が、白目を剥いてカニのように口から泡を吹いて、椅子にぐったりと寄りかかっていた。
(……えっ?)
俺は目を疑った。
なぜ、この国の次期国王があのようなお姿で? いや、それよりも、なぜ誰もそれに触れず、ごく自然に審査員席の中央に座らせているんだ?
(いかんいかん。俺は俺の仕事をするだけだ)
俺は困惑を胸の奥にしまい込み、まな板に向かった。
そうだ、料理人はただ、己の料理に集中すればいいのだ。
普段の祝宴では、冷めても味が落ちないよう、また様々な身分の来客に合わせて上品で繊細な味付けに調整している。
しかし、今目の前にいるあの三人に(一人は意識がないが)なら、俺の真骨頂である『最大の脂の旨味』を叩きつけることができる。
「見よ! これが俺の至高の調理術だ!」
俺がまな板に叩きつけたのは、最高級A5ランク飛竜の特厚リブロース。赤身の間に芸術的な雪花が入り込んだ、まさに脂の結晶だ。
まずは常温に戻した肉の表面に、素早い手つきで筋切りと細かな飾り包丁を施す。脂の収縮を防ぎ、旨味を均一に行き渡らせるためだ。
味付けは岩塩と粗挽きの黒胡椒のみ。極上の脂のポテンシャルを引き出すのに、小細工は要らん。
「行くぞ……ッ!」
魔力炉で限界まで熱した極厚の鉄板に、飛竜の腹脂を溶かし込む。
そこに肉を投下!
──バァァァーーンッ!! ジュワァァァァァァッ!!
弾ける脂! 立ち昇る白煙!
暴力的なまでの焼ける音が厨房に響き渡り、むせ返るような濃厚な香りが広がる。
俺は肉を焦がさぬよう絶妙な火加減を保ちつつ、溶け出した熱々の脂をレードルですくい、何度も何度も肉の表面に回しかける。アロゼだ。
脂で脂を洗う。そうすることで外側をカリッと焼き上げながら、内側に旨味の肉汁を極限まで閉じ込めるのだ!
「よし、火から下ろす! ここからが勝負だ……ッ!」
網の上で数分間休ませ、暴れる肉汁を落ち着かせる。
そして、刃渡り三十センチの肉切り包丁で一気に両断!
ズバッ!!
現れたのは、外側の香ばしい焦げ茶色とは対照的な、美しいルビー色に輝くミディアム・レアの断面。そこから、黄金色の肉汁がとめどなく溢れ出した。
「完成だッ! 『飛竜肉の極厚ロースト・脂の暴力仕立て』!!」
審査員たちに皿が振る舞われる。目が輝くのがわかる。
騎士団長が大きく口を開け、肉を頬張った。
「こ、これはッ! 噛んだ瞬間、暴力的なまでの脂の旨味が口内を蹂躙する! 外はカリッと、中は舌の上でとろけるようだ! 上品さを捨て去ったことで、飛竜本来の野性味が完全に引き出されておる!」
竜種の女も、目を輝かせて頷く。
「うむ! 肉汁の一滴一滴にまで生命力が宿っている! この生存本能に訴えかける味……食の喜びを、そして生きる喜びを思い出させてくれる!」
審査員の大絶賛。
ふと中央の席を見ると、白目を剥いて泡を吹いている王太子殿下が、白目のままスッと手を伸ばし、俺の肉を口に運んでいた。
(……えっ? 意識ないのに食った?)
そして咀嚼したのち、白目のまま力強く『サムズアップ』をしたのだ。
(しかもサムズアップ?)
俺は背筋に冷たいものを感じたが……すぐに、料理人としての誇りがその困惑を上書きした。
(いや、違う! 俺の肉が放つ『圧倒的な脂の暴力』が、殿下の失われた意識すらも超越して、生存本能に直接語りかけたのだ! 気絶してなお無意識に食いたくなるほどの至高の出来栄え……ッ!)
泡を吹いて親指を立てる殿下を見て、俺は己の勝利を確信した。
この完璧な火入れと圧倒的な脂の旨味に勝てる料理など、この世に存在しない。
「さあ、小娘。次は貴様の番だ。そのマヨネーズとやらで、いったいどんなソウルフルな料理を作——」
——トン。
小娘は、厨房の巨大な炊飯釜からよそってきた『どんぶり山盛りの白米』を、審査員席のテーブルに置いた。
(……ん?)
俺は固まった。
白米……? ただの、炊いた米?
それだけではない。なぜか小娘は、そのまま審査員席の空いている椅子にどっこいしょと座り込んだ。
(……え? なぜ審査員席に座るんだ?)
困惑する俺をよそに、小娘は、俺が作った『飛竜肉の極厚ロースト』を一切れ手に取ると、そこにマヨネーズを親の仇のようにドバドバと絞り出した。
そして、それを白米の上でバウンドさせ、米ごと一気に掻き込んだ。
「んん〜〜〜っ! これですわ! 脂っこい濃い味のお肉に、マヨネーズの酸味! それをほかほかの白米で中和しながら無限に胃に流し込む! これぞ限界社畜の魂の定食ですわ〜!」
「な、なんだと……!」
騎士団長と竜の女も、小娘の真似をして『俺の肉+マヨ+白米』を口に運ぶ。
「うおおおおッ! 脂っこさマヨネーズの酸味と白米が受け止め、無限に食える! たまらん! なんと豪快! これぞ豪傑の食べ物だ!」
「米という炭水化物が、脂の旨味を極限まで引き上げている……! これは悪魔の食べ物だ! 冒涜……これは生命に対する冒涜! そして我は、その冒涜に屈してしまっていりゅぅぅぅ!」
審査員たちが、大袈裟なまでに絶賛している。
そしてあろうことか、白目を剥いたままの殿下も、器用に肉をマヨネーズと白米にバウンドさせ、むしゃむしゃと食べながら、再びサムズアップをした。しかもダブルで。
俺の頭の中は、疑問符で埋め尽くされていた。
(……ちょっと待て。それ、ほとんど俺の用意したやつだぞ?)
肉はもちろん、米もだ。お前、マヨネーズをかけただけじゃないか。
だが……俺は、料理人としての深い思考の海に沈んだ。
(いや、待てよ。相手の料理のポテンシャルを利用し、己のパーツとして完成させる戦術……裏の料理バトルでは常套手段だ。俺の信条は『うまければなんでもいい』。俺の脂、あいつの酸味、そして白米の包容力……三位一体の完璧な料理。俺には、これを用意する発想はなかった)
くっ……!
俺は静かに目を閉じ、潔く敗北を受け入れる覚悟を決めた。
負けた。俺の完敗だ。
あんな小娘に負けるなんて。
俺の料理人生は終わりだ。
「では、判定を!」
ロシュフォール家の令嬢が声を張り上げる。
目を開けると、審査員全員が俺の札を挙げていた。
「うむ。圧倒的に筆頭料理人殿の勝利だな」
「間違いないぞ」
「ブクブクブク」
(……え?)
俺は耳を疑った。
小娘——メシ子も、白米を頬張りながら当然のように頷いている。
「そりゃそうでしょ。私はご飯をよそっただけですもの。お肉を焼いたおじさんが勝つに決まってますわ」
「当然の結果だな」
「マヨネーズないほうが、うまいまであるぞ」
「ブクブクブク」
騎士団長たちも次々に小娘に続く。
「そりゃそうでしょ……?!」
俺の、俺のあの数分間の深い敗北への葛藤は、いったい何だったんだ……!?
何もわからないまま、俺は料理対決に勝利した。
***
【今日の破綻飯ハック】
やあみんな! メシ子だよ!
カタログギフトの期限は切らしがちだよ!
今日のライフハックはこれ!
テッテレー!
★No.026『白米持参』
材料: 炊きたて白米、大皿、揺るぎない自信
効果: みんなからの感謝
代償: なし
破綻度: ★☆☆☆☆(究極の知恵)
お呼ばれで「一品持ってきて」って言われたら、炊きたての白米を堂々と持っていこう!
みんなが肉や揚げ物を持ってくる中、白米は何にでも合う最高の相棒! みんなからの感謝を一身に浴びられるよ!
全部想像の話だから、一文字も信じないでね!
それじゃあ、またね!
「高評価」と「想像の産物(お気に入り登録)」よろしく!
ハタンキュ~(挨拶)




