第16話 破綻令嬢は愛のビンタに敗北する
公爵邸の朝。
ヤッコロが作ってくれた朝ごはんは、湯気からして完璧だった。
ふっくらと艶やかに炊き上がった白米。
カツオと昆布から丁寧に出汁を取った、豆腐とワカメのお味噌汁。
絶妙な塩加減でふっくら焼かれた鮭に、彩りを添えるほうれん草のおひたし。
マジで完璧。理想の日本の朝食。丁寧な暮らしの極致。
……なんだけど。
「はぁっ……はぁっ……」
私は今、箸を持ったまま全身から脂汗を流し、激しく息を乱していた。
「ど、どうしたメシ子殿!?」
ヤッコロが慌てて駆け寄ってくる。
無理。息が苦しい。
(あまりにも整いすぎている……ッ!!)
昨日まで私の命を繋いでいたハタゾンの『業務用マヨネーズ』も『生姜チューブ』も、ついでに厨房の『謎タレ』も、完全に底を突いてしまった。
破綻の『は』の字も見当たらない、栄養バランスのとれた純粋かつ丁寧な食事。
前世でカップ麺とエナドリで血液を回していた限界社畜の体が、この「丁寧な生活」を異物とみなして全力で拒絶反応を起こしているのだ。
「ダメだ……。生活……生活アレルギーが……」
「生活アレルギー!? なんだその生きていくのに致命的なアレルギーは!」
「健康になって死ぬ……」
「どういう原理で?!」
一刻も早く、理不尽な悪意や暴力を受けてハタゾンポイントを稼ぎ、破綻のおともを召喚しなければ。
私は立ち上がり、無言で玄関へと向かった。
もちろん服装は『至高のドレス』(下着)一丁である。
「お、おい! こんな朝早くから、そんな格好でどこへ行くのだ!?」
ヤッコロが背中に声をかけてきた。
私は玄関の扉に手をかけ、振り返らずに遠い目をして答える。
「我を殺せる者を探しに……」
「なぜ?!」
ヤッコロの悲痛なツッコミが響く。いや、ポイント稼ぐためだけど。
「破綻道とは……かくも厳しいものなのか……ッ!」
ヤッコロが勝手に拳を握りしめ、ボロボロと涙を流し始めた。
私の知らないあいだに、破綻道が修羅の歩む道になってしまっている。
「自らを極限の死地に置き、そのプレッシャーすらも食らい尽くすのがメシ子殿の破綻道……! だが、どこへ向かうというのだ!?」
「いや、その辺の森とか」
「……その辺の森?」
「スライムとかゴブリンとかに、適当に小突いてもらおうかなって」
「死地とは……?」
ヤッコロは眉間にシワを寄せて深く考えたあと、真剣な顔つきに戻って咳払いをした。
「……メシ子殿。貴殿はA級冒険者だ。死地となるレベルの情報を求めるなら、ギルドへ行くのがいい。グランドボアを超えるモンスターの討伐依頼もあるかもしれん」
「なるほど。じゃあギルド行くわ」
ヤッコロの案内で、私たちは再び王都の冒険者ギルドへとやってきた。
冒険者の登録して以来初だ。
木製の重厚なスイングドアを、勢いよく蹴り開ける。
「邪魔するぜぃ」
ガラが悪いにも程がある挨拶で、ギルドの酒場に足を踏み入れた。
「ヒッ……!」
「おい、嘘だろ……!」
私が一歩足を踏み出した瞬間、ギルドで酒を飲んでいた屈強なあらくれ者たちが、一斉に顔を青ざめて壁際に後ずさった。
「目を合わせるな! 惨劇の再来だぞ!」
「大丈夫、アイツは依頼を受けに来ただけ……アイツは依頼を受けにきただけ……」
おいおい、みんなガタガタ震えてんじゃん。
どうなってんのよ。
お前ら、金のため、名誉のため、自ら死地に飛び込む勇敢な冒険者じゃねぇのかよ。
「害意あるヤツぁいねがぁ?」
「ヒィィッ……」
荒くれものたち全員が顔を伏せてうずくまる。
私は四つん這いになって、冒険者たちの顔を覗き込みながらゆっくり練り歩く。
「勇敢な冒険者は、いねがぁ?」
「た、助けてくれ……神父様……勇者様ァ……!」
顔を伏せていたひとりのチンピラの頭を、つかんでグイッと上げる。
「おめぇがぁ!」
「ヒィッ……ぼ、冒険者やめます! 故郷に戻って農家継ぎますぅ!」
ダダダダッと、顔に傷のある巨漢が走り去っていってしまった。
「次はどいつだぁ?」
「お、おい、メシ子殿、その辺に……」
「待ちな!」
その時、受付カウンターの奥から、ドスの効いた声が響いた。
バンッ! とカウンターを叩いて立ち上がったのは、恰幅の良い、歴戦の猛者感を漂わせるギルドの女性職員だった。
「お、オバチャン!」
「オバチャンが来た!」
どうやら「オバチャン」って職員みたい。
「あんたかい! ギルド荒らし『下着の狂鬼』ってぇのは!」
えっ、何それ。むちゃくちゃ最悪な通り名。
事実だから否定できないのがツライ。せめて狂姫にして。
「それ以上好き勝手したら、ただじゃおかないよ!」
でも、チャンスだ。
オバチャンが私をぶん殴ってでもくれれば、ポイントゲットできる。
ここはマンガで培ったヤンキーの絡み方でオバチャンに鉄拳制裁してもらうしかない!
「おう? どうしてくれるってんだよぉ?!」
ポケットに手を突っ込んで、頭をがくがく上下にしながらオバチャンに近づいていく。
私の挑発に、見る見るうちに顔を怒りに染めるオバチャン。
さあ来い、私に罵詈雑言と暴力をぶつけて、ハタゾンポイントの糧となれ!
オバチャンがツカツカと歩み寄り、私の目の前に立った。
そして、大きく右手を振りかぶる。
——パァァァンッ!!
乾いた音がギルドに響き渡った。
オバチャンの強烈なビンタが、私の頬にクリーンヒットしたのだ。
「やりましたわ! これでポイン……」
私は脳内のハタゾンポイント通知を待った。
……あれ?
ポイント、増えてない。
「えっ、ちょっと待って。ハタゾンポイントが、たまらない……?」
ダメージ無効化の能力は発動しているはずなのに。
混乱する私の体を、オバチャンがギュッと、力強く抱きしめた。
「あんた……そんな格好で、今までずっと辛かっただろ……!」
「えっ?」
「大丈夫、ここじゃ、どんな境遇のやつだって平等さ。あんたの居場所は、ここにあるからね」
オバチャンの声は、涙で震えていた。
そういうことか。
(あのビンタは、純度100%の『愛情ビンタ』だった……ッ!)
私を正しい道へ引き戻そうとする、善意の塊。
だから、悪意と理不尽を変換するハタゾンのシステムが「害意なし(ポイント付与なし)」と判定したのだ!
「こんな下着姿で外をうろつくなんて、まともな神経じゃできないよ」
「善意のディス来たこれ」
「大丈夫、もう無理して虚勢を張らなくていいんだよ……」
オバチャンのハグがさらに力強くなる。
「ああ……あんたみたいな子を生んじまう世の中にしちまって、本当にすまないねぇ……。大人が不甲斐ないばかりに……っ!」
「そこまで言うほど?」
ちょっと悪ノリしただけなんすけど。
オバチャンがボロボロと涙をこぼし、私に深く懺悔し始めた。
ピロンッ♪
『「罪悪感・自己嫌悪」を検知しました。ハタゾンポイントを500ポイント獲得しました』
「あ、ポイント入った」
しかも結構なポイント。
罪悪感のレートが高いのは、ヤッコロの例で実証済みだかんね。
これで新たな調味料が買える。
目的は、完璧に達成された。
……なのに。
「ごめんねぇ……こんな薄着で、寒かっただろ……」
私を抱きしめながら泣きじゃくるオバチャンの温もりに、私の胸の奥がチクチクと痛み始めた。
「あの……オバチャン。これ、究極の機能美を追求した最新のドレスでして……」
「無理して嘘をつかなくていいんだよ!」
「あ、はい、すみません……」
やばい。
前世の限界社畜時代から完全に死滅していたはずの「私の罪悪感」まで、うなぎのぼりに上昇していく。
ポイントは満タンになったのに、心がめちゃくちゃ痛い。
この優しい「善意」さえも破綻の糧としていかねばならない。
破綻道とは、かくも厳しきものなのか……!
***
【今日の破綻ハック】
やあみんな! メシ子だよ!
味噌汁の好きな具材は米だよ!
今日のハックはこれ!
テッテレー!
★No.0016『破綻は急には治らない』
材料:他人の「善意」
効果:前向きさ
代償:根深さの再認識
破綻度: ★★★★★(業)
丁寧なごはんを食べたり、人に優しくされたりすると「明日から頑張ろう」ってなるよね!
でも安心して! 寝たら忘れるよ!
それでも生きていかねばならない!
それじゃあ、またね!
「高評価」と「善意(お気に入り)」よろしく!
ハタンキュ~(挨拶)




