第14話 破綻令嬢は騎士の誇りをマヨで汚す
翌朝。
ふかふかのゲストベッドで目覚めた私は、最高に機嫌が良かった。
(今日も、料理長のドチャメチャ美味い朝ごはんが食べられる……!)
私はスキップしながら、足取りも軽く大食堂へと向かった。
もちろん、シルクのキャミソールとドロワーズ姿で。
しかし、大食堂の扉を開けると、そこにはお通夜のような空気が流れていた。
ヤッコロとお母様が、テーブルの上に置かれた一枚の羊皮紙を囲んで、深刻な顔をしている。
「どうしたんですの? 朝ごはんは?」
「メ、メシ子殿……これを見てくれ」
ヤッコロが震える手で差し出してきた羊皮紙には、達筆な字でこう書かれていた。
『いちから出直します。探さないでください ――料理長』
……なんで?
昨日の料理対決、勝ったよね? 料理長、勝ってたよね? 何を出直すことがあるの?
まあでも本人がそう言うなら仕方がないよね。
「本人の意思を尊重して待ちましょうや。パワーアップした料理長の帰還をね」
「ま、まあそれはそうだが……」
「で、朝ごはんは?」
早急の問題は朝ごはんだ。
料理長の腕が堪能できないのは残念だよ?
でも、公爵家の料理人なら、前世の数百倍うまい朝ごはんを作ってくれるに違いない。
「メシ子さん、実は……」
そこで私は恐るべき事実を知る。
メシ、料理長しか作れないらしい。
「どうなってんすか?! 後進の育成は年長者の務めでしょうが!」
「そう言われても、任せっきりだったのよ……」
メイドたちも、掃除や洗濯のプロだけど、なぜか料理は作れないらしい。
まずい。このままでは私の胃袋が餓死してしまう。
お母さまも「お腹が空いて力が出ないわ……」と突っ伏している。
私は力強く拳を握る。
「仕方ありませんわね。私が一肌脱ぎましょう!」
「まあ!」
「イヤな予感しかしないのだが……」
私は自信満々に胸を張り、厨房へと向かった。
数分後。
「お待たせいたしましたわ! これが、究極の朝ごはんですわ!」
私はドヤ顔で、ヤッコロとお母様の前に大きなお皿をドンッと置く。
そこに鎮座していたのは――。
「……米に塩をかけたやつだな」
「ええ、米に塩をかけたやつね」
ヤッコロとお母様が、感情の死んだ目でそれを見つめている。
その通り、白米の上に、塩をファサーッとまぶしただけの物体である。平皿なのがポイント。茶碗がなかったからね。
ちなみにご飯自体は料理長が炊いたやつだから味は絶品なはずだ。
「美食の極致はシンプルに帰結するものですわ。さあ、召し上がれ」
「う、うむ。米にマヨネーズを混ぜただけのものよりは、朝食に向いているしな。たまにはこういうのも良いだろう」
ヤッコロが諦めたように、スプーンで塩ごはんをすくい、口に放り込んだ。
「んんっ!? っっっっぱぁぁぁぁぁっ!!??」
ヤッコロが喉を掻きむしりながら立ち上がった。
「しょっぱ! なんだこれ致死量! 水! 水!!」
ヤッコロは涙目になりながら、弾かれたように厨房へとすっ飛んでいった。
(あ、やべ。そこ塩の瓶の蓋が外れて、塊がドバッと落ちたとこだわ。ちゃんとちょっと混ぜたんだけど)
私は知らん顔をして、お母様に向き直った。
「お母様は召し上がらないんですの?」
「……わたくし、もう少しだけお腹を空かせておこうかしら。なんだか胃が痛くなってきましたの」
「そうですか。ならヤッコロが戻るまで待ちましょうか」
お母様と適当に世間話をしながら待つこと数分。
「まあ、同じ値段でステーキを?」
「そうなんすよ。だいたいのことは脂で解決しますからね」
——ドジュゥゥゥッ!!
その時突然、厨房の方から、何かが焼ける、信じられないほど食欲をそそる音が響き渡った。
さらに、出汁と醤油の焦げるような、どこか懐かしい香りが漂ってくる。
「こ、この匂いは……!?」
私とお母様は顔を見合わせ、弾かれたように厨房へと走った。
「ふむ、火加減はこんなものか」
厨房にいたのは、エプロン姿のヤッコロだった。
四角いフライパン(なぜそんなものがあるのか)を見事に返し、黄金色の分厚い卵焼きを鮮やかに巻き上げている。
その横の焼き網では、脂の乗った鮭がパチパチと音を立てていた。
「ヤ、ヤッコロ……!? 料理できんの!?」
「まあな」
ヤッコロは手際よく料理を皿に盛り付け、お盆に乗せて大食堂へと運んでいった。
テーブルに並べられたのは。
完璧な焼き色の『鮭の塩焼き』。
出汁がたっぷり染み込んだ『だし巻き卵』。
豆腐とワカメの『お味噌汁』に、『ほうれん草のおひたし』。
そして、『焼き海苔』と『炊きたての白米』。
(THE・日本の朝ごはん……!?)
なぜだ。なぜ西洋ファンタジーのゴリゴリの女騎士が、こんな完璧な和食定食を作れるのだ。
「さあ、メシ子殿、冷めないうちに食べてくれ。母上も、どうぞ召し上がってください」
「い、いただきます……」
私は震える手で箸(なぜか用意されていた)を持ち、だし巻き卵を口に運んだ。
じゅわっと溢れ出す極上の出汁。卵の甘み。鮭の塩加減。
整っていながら、素朴でもある。
白米が、無限に吸い込まれていく。
──ツー。
気づけば私の頬を、一筋の涙が伝っていた。
「ど、どうした! 大丈夫かメシ子殿!」
「こんな旨い朝飯は食べたことない……いや、そやない、何十年か前に食べた記憶がある。旨い、ほんま旨い……これに比べると私の塩ご飯はカスや」
「え! い、いや! そんなことはないぞ! 確かにしょっぱかったけど! お米は最高だったぞ!」
「でも、ヤツネ。お米は料理長が用意したものよ」
「母上?! 逆フォローをしないでください!」
「あ、もうだいじょぶっすー」
「かるっ! 立ち直るの早っ!」
あまりのTHE・日本食に、前世の幸せな食卓を思い出してしまった。
だが、破綻道とは修羅の道。
過去を捨てろ。未来も捨てろ。
ただ、今をやり過ごせ。
「でもヤツネ、いつの間にこんな料理を? 剣ばかりだと思っていたのに」
「ふっ……母上、これも騎士道のひとつです」
ヤッコロはドヤ顔で腕を組み、目を閉じて語り始めた。
「かつて東方遠征に赴いた際、私は極限状態の中で兵糧の価値を知ったのです。いかにして限られた食材のポテンシャルを引き出し、己の血肉とするか。この定食は、私が東方の戦場で命がけで習得した、誇り高き騎士の——」
——ブリュリュリュッ! ビュルルルッ!
「……ん?」
ヤッコロが目を開けた。
そこには、ハタゾンの『業務用マヨネーズ』を両手で力強く握りしめ、美しい焼き鮭とだし巻き卵の上から、親の仇のようにマヨネーズをぶっかけまくっている私の姿があった。
「なっ……!?」
ヤッコロの顔色が変わる。
「なにをしている……ッ!」
「何って、マヨニングですが?」
私はマヨネーズでドロドロになった鮭を白米にバウンドさせ、口いっぱいに頬張った。
「んふぅぅ……! マヨ鮭、最の高……!」
「おい! さっきの涙はなんだったんだッ! 旨かったのではなかったのか!」
ヤッコロが泣き叫ぶ。
私は口の周りをテカらせながら、腕を組んで答える。
「ヤッコロ、確かにあんたの朝ごはんは美味かった。今が昭和日本なら理想のお嫁さんレベルに」
「しょう……? え、理想の、お嫁さん……? やだ……」
ヤッコロが頬をポッと染める。リアクションも昭和じゃねーか。
「けどね」
「な、なんだ」
私の真剣な表情に、ヤッコロがゴクリと喉を鳴らす。
「き……」
「き?」
「き、騎士の誇りは、とりあえず一回汚さなきゃならないかなって……」
「どんな理由かと思ったら! 私の誇りはマヨネーズで汚されるためにあるのではないわッ!!」
「あぁん!?」
私は思わず目つきを鋭くして、ヤッコロを睨みつけた。
「マヨネーズは汚れじゃねえ! 企業努力の結晶だ!」
「貴殿が言い出したんだろ!」
全く、せっかくの素晴らしい調味料を汚れ扱いするなんて。
「あら、鮭にマヨネーズ、意外とおいしいじゃない」
見れば、いつの間にかお母様がマヨ鮭(適量マヨ版)を口に運び、目を輝かせていた。
「ああ、本当だな。さすが企業努力の結晶」
ヤッコロも一口食べ、あっさりとマヨネーズのポテンシャルを認めた。
──ワッハッハッハッハ。
平和な笑い声が大食堂を包み込む。
ごちそうさまでした。
***
【今日の破綻飯】
やあみんな! メシ子だよ!
焼き鮭は甘塩派だよ!
今日のメニューはこれ!
テッテレー!
★No.0014『整いすぎた朝飯は一回マヨで崩そう』
材料: 完璧な和朝食、業務用マヨネーズ
調理時間:5秒
破綻度: ★★★★☆(誠意がない)
整いすぎた朝ごはんって、一回マヨで崩したくなる時あるよね!
焼き魚も卵焼きも、白くすると急にこっち側へ来るよ!
ただし、作った人の前でやると普通にキレられるよ!
それじゃあ、またね!
「高評価」と「マヨニング(お気に入り登録)」よろしく!
ハタンキュ~(挨拶)




