料理長は困惑させられる
ワシは料理長。
ロシュフォール公爵家の料理長だ。
ワシは、厨房で密かに涙を拭っていた。
奇病に倒れ、生死の境をさまよっていた奥様が、ついに全快されたのだ。
長年この家にお仕えし、ヤツネお嬢様を孫のように見守ってきたワシにとって、これほど嬉しいことはない。
本日は、命の恩人殿を交えてのささやかな祝いの晩餐である。
病み上がりの奥様の胃腸を労わりつつ、生命力を補う最高の料理を。
ワシは持てる技術のすべてを注ぎ込み、ワゴンを押して大食堂へと向かった。
「奥様のご快復、誠におめでとうございます。お祝いの宴の支度、整っております」
ワシは深く一礼し、顔を上げた。
長テーブルの上座には、血色を取り戻し、優雅なドレスをお召しになった奥様。
その隣には、ヤツネお嬢様。湯浴みを済ませ、美しいドレスに着替えられている。騎士でありながら、公爵令嬢としての気品も持ち合わせている。ご立派になられたものだ……。
そして、その向かいの席に座るのが、命の恩人殿だという。
(……えっ、なんで下着の人が??)
ワシの思考は一瞬、完全に停止した。
見間違いではない。シルクのシュミーズとドロワーズ。まごうことなき肌着姿の若い女性が、公爵家の正餐の席にいる。
服装以外は完璧に貴族令嬢なのが一層不気味だ。
なぜだ。なぜ誰も注意しないのだ。
いや、恩人殿に対して無礼な振る舞いは許されない。ワシもプロだ。ここは見なかったことにしよう。
「本日はオーガニック野菜と地鶏の清湯スープ、そして白身魚のハーブ蒸しをご用意いたしました。素材の味を極限まで引き出した、体に優しいお料理でございます」
ワシは平常心を装い、洗練された手つきで配膳を行った。
「うむ! 美味い! やはり料理長の腕は領地一だな!」
ヤツネお嬢様が嬉しそうにスープを召し上がる。
下着姿の恩人殿も、スプーンを口に運んだ。
お口に合うだろうか。ワシは固唾を飲んで見守った。
「…………」
恩人殿はスプーンをくわえたまま、一点を見つめて硬直していた。
そして、その目からツーッと一筋の涙がこぼれ落ちた。
ワシの料理に、そんなにも感動してくれたのだろうか?
(えっ……?!)
なんだ?
涙が次から次へとあふれてきて、やがて滝のように流れ出してきたぞ?!
(は?! え?!)
なんか今度は全身からドロドロとしたドス黒い何かが出てきた。
全身ドロドロまみれになっていく恩人殿。
(ヘドロの怪物?!)
だがそのドロドロは、窓から差し込む夕日に当たると、「シュワアアアア……」と音を立てて蒸発し、煙となって消えていく。
(なっ……!? 何がどうなっている……? 除霊……!?)
ワシはあまりの光景に目をこすった。
もう一度、恐る恐るメシ子殿に目を移す。
ドロドロは、すっかりなくなっていた。
そこには、優雅にスプーンでスープを食す、麗しき貴族令嬢。いや下着だけど。
(……あれ? なんか一回り小さくなってない?)
気のせいだろうか。メシ子殿の体が、先ほどより少し萎んでいるように見える。まるで空気の抜けた風船のように。
(いかんいかん、ワシも疲れているようだ。徹夜でスープの仕込みをしたせいか……)
ワシは気を取り直し、プロの料理人としての表情に戻った。
幻覚を見てしまうとは、ワシもまだまだ修行が足りない。
「素晴らしいわ、料理長。ええ、とっても美味しい……」
奥様もスープを口にし、うっとりとした表情で絶賛してくださった。
ワシはホッと胸を撫で下ろし、深く頭を下げた。よかった、皆様にお気に召していただけたようだ。
そのときだった。
パチ……パチ……。
体が縮んだ(ように見える)恩人殿が、ゆっくりと拍手をしながら立ち上がった。
「素晴らしい。そう、素晴らしい。確かに、この料理は、本当に美味しいですわ」
「え? あ、お、お褒めに預かり光栄です」
よくわからないが、お気に召していただけたようで何よりだ。
だが、そこで恩人殿は、奥様にビシッと手を向けて、静かに言い放った。
「ですがお母さま、物足りないのではなくて?」
「ぎくっ!」
奥様の肩が、文字通り大きく跳ね上がった。
物足りない?
どういうことだ?
「料理長。確かに、病み上がりの体には、この優しくてオーガニックなドチャメチャ美味い料理は、正解以外の何物でもありませんことよ」
「ドチャ……? え、あ、はあ」
「ええ……ですが、あの暴力的で理不尽なまでの『刺激(生姜)』を知ってしまったお体は、この上品さでは満足できない。違いますか?」
「そ、そんなこと……! わたくしは公爵家の……」
奥様が頬を真っ赤に染めて目を逸らす。
えっ? 刺激? 何その反応?
どういうこと……?
恩人殿は、ワシの目を見て、挑戦的にほほ笑んだ。
「明日、またここに来て下さい。本当の『破綻飯』をお見せしますよ」
「えっ、はた……何です?」
戸惑うワシをよそに、お嬢様と奥様の眼が輝いた。
「おおっ! 破綻飯! それは楽しみだ!」
「まあ……! あ、あの刺激がまた味わえるのね……!」
ヤツネお嬢様と奥様が、立ち上がって前のめりになっている。
それを受けてドヤ顔の恩人殿。
えっ、なにこの空気……?
わかってないのワシだけ??
ワシ、料理長よ???
「破綻飯、一体何なのだ……」
ワシは一人、大食堂の片隅で立ち尽くしていた。
***
【今日の破綻飯】
やあみんな! メシ子だよ!
プロの料理人には最大のリスペクトを払おうね!
今日のメニューはこれ! テッテレー!
★No.012『ちゃんとした料理』
材料: ちゃんとした材料、ちゃんとした人
調理時間: ちゃんとした時間
破綻度: ☆☆☆☆☆(ちゃんとしている)
ちゃんとした料理は、ちゃんと美味しいよ!
それでも人は破綻から逃れられない!
業だね!
それじゃあ、またね!
「高評価」と「ちゃんとしている(お気に入り)」よろしく!
ハタンキュ~(挨拶)




