表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

料理長は困惑させられる

 ワシは料理長。

 ロシュフォール公爵家の料理長だ。


 ワシは、厨房で密かに涙を拭っていた。


 奇病に倒れ、生死の境をさまよっていた奥様が、ついに全快されたのだ。


 長年この家にお仕えし、ヤツネお嬢様を孫のように見守ってきたワシにとって、これほど嬉しいことはない。


 本日は、命の恩人殿を交えてのささやかな祝いの晩餐である。


 病み上がりの奥様の胃腸を労わりつつ、生命力を補う最高の料理を。


 ワシは持てる技術のすべてを注ぎ込み、ワゴンを押して大食堂へと向かった。


「奥様のご快復、誠におめでとうございます。お祝いの宴の支度、整っております」


 ワシは深く一礼し、顔を上げた。


 長テーブルの上座には、血色を取り戻し、優雅なドレスをお召しになった奥様。


 その隣には、ヤツネお嬢様。湯浴みを済ませ、美しいドレスに着替えられている。騎士でありながら、公爵令嬢としての気品も持ち合わせている。ご立派になられたものだ……。


 そして、その向かいの席に座るのが、命の恩人殿だという。


(……えっ、なんで下着の人が??)


 ワシの思考は一瞬、完全に停止した。


 見間違いではない。シルクのシュミーズとドロワーズ。まごうことなき肌着姿の若い女性が、公爵家の正餐の席にいる。


 服装以外は完璧に貴族令嬢なのが一層不気味だ。


 なぜだ。なぜ誰も注意しないのだ。


 いや、恩人殿に対して無礼な振る舞いは許されない。ワシもプロだ。ここは見なかったことにしよう。


「本日はオーガニック野菜と地鶏の清湯チンタンスープ、そして白身魚のハーブ蒸しをご用意いたしました。素材の味を極限まで引き出した、体に優しいお料理でございます」


 ワシは平常心を装い、洗練された手つきで配膳を行った。


「うむ! 美味い! やはり料理長の腕は領地一だな!」


 ヤツネお嬢様が嬉しそうにスープを召し上がる。


 下着姿の恩人殿も、スプーンを口に運んだ。

 お口に合うだろうか。ワシは固唾を飲んで見守った。


「…………」


 恩人殿はスプーンをくわえたまま、一点を見つめて硬直していた。

 そして、その目からツーッと一筋の涙がこぼれ落ちた。


 ワシの料理に、そんなにも感動してくれたのだろうか?


(えっ……?!)


 なんだ?


 涙が次から次へとあふれてきて、やがて滝のように流れ出してきたぞ?!

 

(は?! え?!)


 なんか今度は全身からドロドロとしたドス黒い何かが出てきた。

 全身ドロドロまみれになっていく恩人殿。


(ヘドロの怪物?!)


 だがそのドロドロは、窓から差し込む夕日に当たると、「シュワアアアア……」と音を立てて蒸発し、煙となって消えていく。


(なっ……!? 何がどうなっている……? 除霊……!?)


 ワシはあまりの光景に目をこすった。

 もう一度、恐る恐るメシ子殿に目を移す。


 ドロドロは、すっかりなくなっていた。

 そこには、優雅にスプーンでスープを食す、麗しき貴族令嬢。いや下着だけど。


(……あれ? なんか一回り小さくなってない?)


 気のせいだろうか。メシ子殿の体が、先ほどより少し萎んでいるように見える。まるで空気の抜けた風船のように。


(いかんいかん、ワシも疲れているようだ。徹夜でスープの仕込みをしたせいか……)


 ワシは気を取り直し、プロの料理人としての表情に戻った。

 幻覚を見てしまうとは、ワシもまだまだ修行が足りない。


「素晴らしいわ、料理長。ええ、とっても美味しい……」


 奥様もスープを口にし、うっとりとした表情で絶賛してくださった。


 ワシはホッと胸を撫で下ろし、深く頭を下げた。よかった、皆様にお気に召していただけたようだ。


 そのときだった。


 パチ……パチ……。


 体が縮んだ(ように見える)恩人殿が、ゆっくりと拍手をしながら立ち上がった。


「素晴らしい。そう、素晴らしい。確かに、この料理は、本当に美味しいですわ」

「え? あ、お、お褒めに預かり光栄です」


 よくわからないが、お気に召していただけたようで何よりだ。


 だが、そこで恩人殿は、奥様にビシッと手を向けて、静かに言い放った。


「ですがお母さま、物足りないのではなくて?」

「ぎくっ!」


 奥様の肩が、文字通り大きく跳ね上がった。


 物足りない?

 どういうことだ?


「料理長。確かに、病み上がりの体には、この優しくてオーガニックなドチャメチャ美味い料理は、正解以外の何物でもありませんことよ」

「ドチャ……? え、あ、はあ」

「ええ……ですが、あの暴力的で理不尽なまでの『刺激(生姜)』を知ってしまったお体は、この上品さでは満足できない。違いますか?」

「そ、そんなこと……! わたくしは公爵家の……」


 奥様が頬を真っ赤に染めて目を逸らす。

 えっ? 刺激? 何その反応?

 どういうこと……?


 恩人殿は、ワシの目を見て、挑戦的にほほ笑んだ。


「明日、またここに来て下さい。本当の『破綻飯(はたんめし)』をお見せしますよ」

「えっ、はた……何です?」


 戸惑うワシをよそに、お嬢様と奥様の眼が輝いた。


「おおっ! 破綻飯! それは楽しみだ!」

「まあ……! あ、あの刺激がまた味わえるのね……!」


 ヤツネお嬢様と奥様が、立ち上がって前のめりになっている。


 それを受けてドヤ顔の恩人殿。


 えっ、なにこの空気……?

 わかってないのワシだけ??

 ワシ、料理長よ???


「破綻飯、一体何なのだ……」


 ワシは一人、大食堂の片隅で立ち尽くしていた。


***


【今日の破綻飯】


 やあみんな! メシ子だよ!

 プロの料理人には最大のリスペクトを払おうね!


 今日のメニューはこれ! テッテレー!


★No.012『ちゃんとした料理』

 材料: ちゃんとした材料、ちゃんとした人

 調理時間: ちゃんとした時間

 破綻度: ☆☆☆☆☆(ちゃんとしている)


 ちゃんとした料理は、ちゃんと美味しいよ!

 それでも人は破綻から逃れられない!

 業だね!


 それじゃあ、またね!

 「高評価」と「ちゃんとしている(お気に入り)」よろしく!


 ハタンキュ~(挨拶)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ