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【ネトコン12入賞】アキツ年代記 〜幻想世界と近代戦争〜【書籍化】  作者: 扶桑かつみ
第四部「極東戦争編(3)」

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181 「前進停止」

 ・竜歴二九〇四年十一月初旬


「一気にチハまで攻め込みたかったが、ここまでだな」


「はい。撤退以前にチハの防備をタルタリア軍が構築していては、無理押しを避けて正解でした」


「それに11月に入ったばかりなのに、この寒さだからな」


「本国だと真冬並ですね」


 高い階級章を付けた赤い肌の大鬼(デーモン)天狗(エルフ)の女性が、荒涼とした風景を遠望していた。

 総軍総司令官の大隅(オオスミ)大将と、参謀長の北上(キタガミ)中将だ。


 周囲では二人ほどではないが高い階級の将校達が忙しげに動き、眼前には巨大な軍団が展開している。

 だが展開している軍団の大半は、何かの作業に従事していた。

 陣地構築と、並行しつつの冬営の準備だ。


 11月の天羅(テラ)大陸北東部は、真冬はマイナス20度の世界有数の極寒の世界となる。10月には冬が到来し、11月ともなると昼間でも気温は零下となり、湖は分厚く凍りつき始める。


 二人の出立も既に分厚い外套(コート)を着込み、耳当てがついた毛皮の帽子を被っていた。

 このため、大隅大将の大きなツノも北上中将の美しい耳も、帽子に隠れてしまっている。

 まだ真冬用の長靴(ブーツ)手袋(グラブ)ではないが、アキツ本国ならこれで十分に冬が過ごせる出立ちだ。


 しかし周囲には、冬の装いをしている者とそうでない者がいる。これは支給が遅れているのではない。

 一般将兵は高価な真冬用の装備は国が用意してくれるが、将校は服は国からの支給ではなく自弁、自分で揃えないといけない。

 そして将校の中には、冬までに戦争が終わると考え持ってきていない者もいた。そうした者は、慌てて送ってもらっている最中という場合もあった。


「途中からとはいえ、冬営の物資、資材を優先してもらい正解でした」


 北上中将が言葉を続けると大隅大将は強く頷く。


「そうだな。既に黒竜の各所に補給の隙間を見つけて運んであった分だけとはいえ、あるとないとでは大違いだ。北氷州出身者の意見を採ってなければ、兵を凍えさせるところだった」


「ですがまだ不足しています。防寒具もまだ厳冬用のものは届いておりませんし、何より暖房器具、呪具、札が一般将兵用のものが届いておりません」


「札なら軽くて嵩張らないから、優先させられんか?」


懐炉(かいろ)の札の生産は、万が一を考えて増産が進められてはいました。ですが増産開始は6月頃からで、数そのものが足りていません。現状のものも、市中にある民生の札をかき集めたものです」


「そういえば、春くらいに将兵からの意見書が、量産決定の発端だったか?」


 大隅は思い出すように、右手で自身のゴツい顎を撫でる。


「俺も初夏の頃に書類に判子を押したなあ。確か、ふくらはぎに張るんだったか」


「はい。毛皮の長靴と合わせれば、足先の凍傷の大半はこれで防げると見られています。できれば背中や首筋に貼る分も確保できればと増産を急いでいますが、まずは各将兵に2枚ずつ。自力で札を作れる者には、前線の将兵も動員しています。この為、各魔術大隊は、特配や手当を出して空き時間に作業させています」


「それでも追いつかないんだろ。通信、医療の術師にもさせるか?」


「戦線が落ち着いたら、手空きの時間にさせようかと、現場指揮官と参謀達とも相談中です」


「うん。その辺りは頼むよ、北上君」


 そこで「だがまあ」と大隅は、ゴツい赤ら顔に男性的な笑みを見せる。


「俺は札より強い酒の方がいいな」


「そう思う将兵も多いでしょう。兵站参謀らも、本国に酒類を多く送るように催促しています」


「うん。寒さ対策も大事だが、籠っているだけの冬営の間の士気の維持も大事だからな」


「はい。ところで、そろそろ作戦会議の時間です」


 そう言い合って、二人は大きな天幕へと向かう。

 その天幕は遊牧民族が使う、この地域の厳冬にも対応した住居用を買い入れた物だった。

 軍の大型天幕より大きい為、建物一つない場所での作戦会議用に使っていた。

 中は、中央に大きな机が置かれ、幾つもの地図が広げられている。そしてその周りを、参謀達が囲んでいた。


 ここが、秋津竜皇国陸軍のタルタリア極東遠征軍の総軍司令部。麾下の各軍司令部は別にあり、軍の司令官達はそれぞれにいてこの場にはいない。

 部屋の各所には既に勾玉(ジュエル)型の暖炉(ストーブ)が置かれているので、部屋の中は外套が必要ないほど暖かい。


 二人が入ってくると一斉に敬礼が行われ、それに軽く答礼した大隅は自身の定位置である上座へとくる。

 参謀長の北上は空いている脇の場所へと入るが、その後ろには支えが付いた板があり、そこにも様々な地図や情報が書かれた紙が押しピンで貼られている。


「で、諸君らの結論は出たかな?」


 穏やかながら少し挑戦的に大隅が問う。

 全員に順番に視線を向けると、それぞれの反応があった。だが大隅がまとめ役の参謀長を連れて外に出たためか、誰かが口を開くことはない。

 だが作戦参謀と兵站参謀が、互いを見たり何か言いたげな素振りを見せる。二人は水と油、積極的と消極的、相反する二人だが、意見は同じだということだと大隅は了解する。


「フム。結論は変わらず、で良いのか?」


 その言葉に作戦参謀が渋々頷き、口を開いたのは兵站参謀だった。


「最初から申し上げている通り、この場所は狭すぎます」


「俺も改めて見てきたが、ここで次の決戦はしたくはないな。おしくらまんじゅうになってしまう。で、貴官の専門分野の方は?」


「はい。補給の問題も皆無ではありませんが、ダラスンまでの鉄道は既に復旧しました。ダウリヤからの単線運行なら問題ありません。ただし、タルタリアのような鉄道と貨車の片道運行は、兵站を預かる者として承服しかねます」


「では鉄道連隊と連携し、総力を上げて複線化工事に力を入れてくれ。この寒さだ。出来る限り、馬に無理をさせたくはない。減りすぎたら、春からの作戦に響くからな」


「心得ております。ですが、その為には……」


 そこで大隅は手を胸の前まで上げて静止させ、そして参謀長の北上を見る。

 北上の方は机の上の紙面を既に手に持ち、発言の準備を終えていた。

 北上が持つのは、一度検討された今後の素案だ。


「最前線のノボクルには第2軍、その後方のダラスンに第3軍と第1軍、ダウリヤには一時的に第4軍、第5軍を下げる。鉄道複線化、施設拡充に伴い、第4軍、第5軍はダラスンに前進。その他、タルタリア軍の本格的な冬季攻勢がない限り不要な後方部隊も、可能な限りダウリヤに移動」


 そこで唇を湿らせるために一旦言葉を切るが、そこまでの言葉で多くの参謀が頷く。

 地形と単線しかない鉄道、そして冬という気象条件から、そうするしか手がないからだ。

 そうでないなら、全軍がボルジヤまで下がるしかない。

 そして北上中将の言葉は続く。


「但し、タルタリア軍に少しでも活発な動きが見られる場合、ダウリヤにいる部隊は直ちに北上する。この冬営体制を敷く為、またタルタリア軍の動きをいち早く察知するため、一層の偵察体制の強化を行う。なお、総軍司令部はダラスンに置くものとする」


「まあ、ここに来てみて分かったことだ。皆も色々あるだろうが飲み込んでくれ。俺も、こんな戦争しにくい場所だとは思いもしなかった。これでいけそうか?」


「当面は。ボルジヤ会戦でのタルタリア軍は、負傷3万、うち戦死1万、捕虜2万。全体の損失は1割程度です。またタルタリアの兵力補充体制は、1ヶ月で5個師団、10万名。数だけなら、既に回復どころか上回るほどです」


「だが、というわけだな」


「はい。計画的撤退と言っても、様々なものを遺棄しています。それに撤退の終盤で壊乱した部隊もあり、さらに多くの物資、兵器を遺棄しました。その損害回復には、別に1ヶ月から2ヶ月を見るべきです。短期間のうちに逆襲してくる可能性は、極めて低いと考えられます」


 言葉に頷きつつ、大隅は「我が方はどうだった?」と問う。知っている事なので再確認だが、こういう時の再確認は意外に重要だ。


「会戦とその後の追撃での我が方の損害は約5000。うち戦死者は約600。後方に下げた重度の負傷者を入れても、補充兵により損失は既に回復しています。そして第一線での陣地構築は可能な限り機械力を導入して急ぎ造営中です」


「よろしい」


 パンと大きく手を叩いた大隅は、満足そうに北上に一度頷いてから参謀達を見る。


「というわけで、警戒は必要だが冬籠の準備といこう。諸君らが警戒するタルタリア伝統の冬季攻勢は俺も気になるが、同じく諸君らはサハ地域の常識はずれの極寒で冬季攻勢は不可能とも結論した。だがまあ、それでも心配だというものもいるだろう」


「閣下」


 北上中将が珍しく嗜める。それに肩をすくめ、大隅は再び全員を見回す。


「本国には、諸君らが気にするタルタリア軍を覗き見する為のとっておきの部隊をお借りするように要請する。他、欲しいものがあるやつは早めに言えよ」


 とっておきの部隊とは、蛭子衆、特務旅団しかいなかった。


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― 新着の感想 ―
多種族で構成されているアキツ軍ですと、軍服等の装備調達が他国に比べて手間取りそうですね。 角のある種族や尻尾の有る種族と、そうでない種族とでは装備の共有が難しいでしょうから。
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