62
白っぽいヨーグルトムースの上に薄くカットされたパイナップルのコンポートで大小様々なバラをかたどった飾りを載せてはいるが、正直地味な見た目だ。
大会スタッフが大きなホールをカットしていく。
カット面からは土台の茶色と、パイナップルゼリーの黄色、そしてヨーグルトムースの白が混じり合うことなく綺麗な断面を見せてはいるけど、華々しさはあまりない。
貴族は料理に見た目や高い食材が使われることを求める。
フローリストガーデンができるまでの貴族飯ってそんなものだったらしい。
らしいというのは、私は伯爵家でも使用人用の賄いしか食べたことがないから、自分で貴族飯を食べたことは、学園入学前の大公館での食事くらいだ。
もちろん美味しいものはあった。
だけど中にはなんでこれ? と思わなくもない見栄えだけの料理も結構あった。
フローリストガーデンが爆発的に人気になったのも、インテリアは貴族風。そして他では入手できない珍しい食材。貴族たちの自尊心を傷つけず、美味しい料理が食べられるからだよね。
でも、今日は勝負なのだ。
審査員は貴族と、王城で腕を振るっている料理長2名。
装飾に重きを置くはず……。
配られたケーキを審査員たちが口に入れる様をじっと見つめる。
王城の甘味料理長が口に入れるなり、目を見開いた。
そして、眉を盛大に顰める。
ケーキの載った皿を持ち上げ、目の前に持っていき、矯めつ眇めつ見る。
しばらく見ていて、納得したのか、皿をテーブルに戻した。
今度は上のヨーグルトムースだけを掬って口に入れた。
表情は特に変わらない……。
次はパイナップルゼリーだけを掬った。
やっぱり表情は変わらない。
土台だけもたべてみている。
試食の仕方が、うん、プロだね。
それ、ウチのナスカの作ってくれた部分だからね。今や私が作るより上手だと思うよ。
最後に、全部を一緒に口に入れる。
眉がぎゅっと中央に寄る。
他の審査員たちは素直にケーキを食べ、感想を言い合っている。
「不思議な味ですわぁ。甘いのにすっぱい。でも、美味しいんですの」
「初めて食べる味だ……」
「さっきのよりはパイナップルでしったけ? このフルーツの味がダイレクトに味わえますね」
「いやぁ……美味しい!」
概ね好評のようで、ちょっと胸を撫で下ろす。
とにかく全員の皿が空になっているのを見て、安心もする。
遅れて配膳されたオシム料理長も、ケーキを小さくフォークに載せて口へ。
頷きながら食べ、こちらを見た。
「流石、お嬢様です」
オシム料理長が言ったのはこの一言だけだった。
「では、先ほど、オシム料理長がおっしゃっていた、冷めても美味しい肉料理を再度試食してください」
ペペからそう指摘され、審査員は水や少量の牛乳で口直しをしてから、残しておいた鶏胸肉のソテーを口にする。
「うむ! 冷めているのに柔らかい!」
「ソースの方は冷めるとちょっと味が落ちたかのぅ」
「それでもこの柔らかさは素晴らしいですわ!」
審査員たちの反応は上々のようだ。
オシム料理長があれだけ手間をかけて作ったのだ。まずいはずがない!
「さぁ、みなさん。いよいよ審査の時間です。スタッフが審査員にボードを配ります」
一通り試食が終わったのを確かめると、ペペが大会アシスタントたちに指示を出した。
「このボードにどちらの料理がより美味しかったか、書いてください。こちらから指名させて頂きますので、その時にボードを見せてくださいね」
ペペの手慣れた進行に、これってイベント企画だけじゃなくて、司会でも食べていけるねなんて思いつつ、審査員がボードに名前を書き入れるのを待つ。
「それでは、皆様書き終わった様ですので、感想を伺いつつ、ボードを見せてもらいましょう。まずはファルブル侯爵、お願いいたします」
ファルブル侯爵はまずオシム料理長の料理の皿を指でトントンと叩いた。
「柔らかく、何よりも冷めても美味しい肉というのは素晴らしい。ソースも美味しかったが、冷めるとソースの味は少し落ちた」
今度は私の皿の方をトントンする。
「こちらは、得も言われぬ美味しさで、どう言葉で表したらよいのか分からない。でも、口に入れた瞬間から幸せになる。一つだけ難点を挙げるとすると、飾り付けだな。せっかくの美味しいケーキなのだから、もっと装飾に拘っても良かっただろう」
言い終わると、徐にボードを上げた。
「ファルブル侯爵のジャッジはアウレリアさんの料理!」
「「「「わぁぁっぁぁ」」」」
続いてサイマル子爵夫人、ドットピース伯爵が感想を述べた。
「どちらも美味しく頂きましたが、ケーキの方がパイナップル本来の味を楽しめました」
「甘くて酸っぱい、でも、その酸っぱさがあまり主張せず、甘さと良い具合に味を形成している」
そういう感想の後、ボードには私の名前が書いてあった。
「3対0で、この時点でアウレリアさんの勝利は決まりました」
ザワザワ。ペペのアナウンスに会場が五月蠅くなってきた。
「大会優勝者が1票も取れないのか?」
「これって事実上の優勝決定戦みたいなものじゃぁ……?」
「それでも! ここまでは、食事をする側の意見を聞いてきました。ここからは、料理をする側の意見を聞いてみましょう!」
ペペの誘導、上手いなぁ~。
「それでは王城の料理長、お願いします!」
「私はケーキも美味しく頂きました。前のお三方の意見にも概ね同意します。ですが、もともと普通に調理してもパサパサになる鶏胸肉を冷めても柔らかく美味しく作れるというのは、画期的なんですよ。味も良い! 見栄えも良い! だから私は……」
料理長が掲げたボードにはオシム料理長の名前が書いてあった。
「優秀賞を選ぶ時、王城の料理長はアウレリアさんに投票したとおっしゃっていましたが、今回は、オシム料理長を選らばれました。これは、お二人の腕が拮抗しているということなのかもしれません!」
やっぱりペペ、司会向きだぁ。
「お次は同じく王城の甘味料理長ですね。お願いします」
「私は、普段甘味だけを作って、王室に提供させてもらっています。それでも、これほど美味しく、複雑な味のケーキは食べたことがありません。全てが絶妙なバランスの上に成り立っていて、同じ甘味を作る者として、悔しささえ感じますっ」
そして掲げたボードには私の名前が書いてあった。
「この特別な料理対決、勝者はアウレリアさん!」
「「「おおおお!」」」
「何度も言いますが、この勝負は大会とは関係ありません。そして!」
ペペが会場を見渡す。
「大会の優勝者であるオシム料理長、この特別対決でも票数ことは届きませんでしたが、審査員方の評価ではアウレリアさんの料理と遜色がないとおっしゃいました。お二人共、相当な実力を持つ料理人だということの証左です。今回の大会では大勢の料理人が参加してくれました。自分の得意な料理、そうでもない料理、こちらが出すお題で早々に退場してしまった料理人の中にも、本来、決勝に進出してもおかしくない料理人が五万といました!」
ペペは一回唾を飲み込み、ニコリと拡声器に向かった。
「これこそ、我がオルダル国の料理、ひいては文化水準が高いという証だと思います。みなさんはそんなオルダル国の民です。誇りましょう! オルダル国の民であることをっ! 料理人の皆さまも胸を張ってください。あなたがたの料理はすばらしかった!」
「「「「わぁぁぁっぁ」」」」
すごく盛り上がった。
でも、ペペ。最後の感想は審査員長に言わせるべきだと思うよ。
長かった大会を振り返りつつ、最後に思ったことはこれだった。




