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「お嬢様、土台はどうされますか?」

「タルト生地をお願い」

 手渡された大きな型を見ても、普段から大きいケーキを作るのに慣れているナスカは普通に受け取る。

 その手元は淀みがない。

 

 パイナップルを2つ取ってきた。

 これ、2つとも前世で食べたことのある甘酸っぱいムースケーキを作る用なのだ。

 未だにあの味は忘れられない。


 前世で食べたもので、未だに思い出す味って結構ある。

 ラーメンとかお好み焼きとか、寿司とかの一般的な料理の味だけではなく、あの時、あの一瞬に食べたあの料理。そんな味を忘れることができない料理がある。


 人生初の料亭。

 それまで嫌いだったもずくが、その料亭で出されたものは世界がひっくり返るくらいおいしかったのだ。

 思い返すと、新鮮なもずくに、丁寧に醸造されたお酢、そして料理人の腕が合わさってできた、見た目には地味な料理だった。でも、一口食べると、何故今迄もずくを嫌っていたのか不思議になるくらいに美味しかったのだ。


 パイナップルヨーグルトムースケーキ。

 この長い名前のケーキの味も、未だに思い返す味の一つだ。

 私の誕生日パーティに友達が焼いてきてくれたのだ。

 これまた見た目は地味だった。

 でも、一口食べると、その乳製品とパイナップルが合わさった時にしか味わえない、甘酸っぱい味の虜になった。

 パイナップルの爽やかさ、ヨーグルトのやさしい味、それらが合わさって初めて食べる類のおいしさだったのだ。

 だから、今日はそのケーキを再現できたらと思う。

 友達に簡単に作り方を教わったけれど、自分では一度も作ったことのないケーキ。

 大丈夫! 大体の作り方は頭に入ってる。分からないのは分量だけ……。

 上手くできると良いけど……。

 ううん。上手く作らないとだね。

 そして、審査員たちにも、私が当時受けた衝撃を味わって欲しい。


 このケーキ、大量のコンポートを作る必要があるのだ。

 なぜなら、生のパイナップルだとゼラチンが固まらなくなるので、この煮る工程は外せない。

 しかもこの世界には粉ゼラチンがない。

 フローリストガーデンでは、私がスキルで呼び出した粉ゼラチンを卸しているので問題ないが、この大会では、魚の浮袋を使ったアイシングラスしかないのだ。


 現代日本の技術で作られている粉ゼラチンなら、いつ、どれを使っても狙った効果が得られるけど、アイシングラスなら調整が必要。

 なので、その働きを左右するだろうパイナップルの持つ分解酵素が悪さをしないように下拵えは必須なのだ。

 しかも、大きな型を選んだので、使うパイナップルも大量。

 パイナップルカットマシーンとなる私。


「うわぁ。お嬢様、相変わらず仕事が早いです」

 躊躇なく、スパスパとパイナップルをカットして山を作っているのを横目に見ていたナスカが、頬を赤く染めている。

 

 オシム料理長の方の台を見ると、料理長とアシスタントが忙しなく手を動かしている。

 手にした肉は、どうやら鶏の胸肉みたい。

 白ワインに漬けているのを見ると、ウチの店の技術をふんだんに使っているみたい。


 鶏胸肉は体にはとても良いけれど、調理するとパサパサになるのが玉に瑕なんだよね。

 でも、それも調理前に料理酒に漬けておくと、焼いても、揚げてもジューシーになるのだ。

 あ、料理長はそれに舞茸に似たキノコを入れてる。

 そうなんだよね。舞茸も一緒に漬けると、味の幅も広がり、更に肉が柔らかくなるのだ。

 

 パイナップルを肉料理に使うのは、味もさることながら、肉を柔らかくするのが目的なんだけど、白ワインと舞茸で既に柔らかくジューシーになるのに、それにプラスで柔らかくなるのだから、審査員が口に入れた瞬間にさぞかしびっくりすることだろう……。

 それにしても、オシム料理長はウチの調理技術を本当に自分のものにしているんだなぁ。

 最近、私は、子供が欲しくて仕事へ行く回数を減らしていたから、気付かなかった。

 ホテルやレストランが、私無しでもちゃんと回っているのは、ランビットやダンヒルさんだけでなく、従業員のみんなの頑張りもあるんだ。

 そして彼らも日々成長しているんだと、嬉しくなり、感謝の気持ちも湧き上がってきた。


 隣で作業しているナスカだって、最初は皿洗いだったのだ。

 それがいつの間にかパティシエになってる。

 タルト生地をオーブンに入れたあとは、ヨーグルトムースを作ってくれているその手さばきが安定しているのだ。


 ああ、この料理大会に出場して良かった。

 優勝はできなかったけれど、ウチの皆がどれほど凄いかを知ることができた。


 この勝負に勝ったとしても、賞が貰えるわけじゃない。

 でも、前世の知識や技術を、この世界なりに再現したものを、しっかり身に付けて、さらに発展させている彼らに、全力でぶつかることが私にできること。

 そして、できるなら、勝ちたい!


 各工程でしつこいくらい鑑定を使う。

 分量が分からないのは、鑑定で補っちゃう!

 何でなのか分からないけれど、全力で挑んでくるオシム料理長、横で支えてくれているナスカ、オシム料理長を立派にサポートしているアシスタントを見ていると、どうしても勝ちたくなってきた。


 よーし! 勝つよ! 絶対、勝つよ!

 ムースの上に並べるパイナップルのコンポートに被せるパイナップルゼリーを、ナスカが作ってくれているヨーグルトムースの仕上がりに合わせて作り始める。

 あの味! 絶対に再現してみせる! 

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― 新着の感想 ―
もずくじゃないけど 自腹じゃ買わない値段のお弁当を出先で頂いた時に白和えって美味しいって気付かされた 実家では出てこないし給食の白和えが美味しくなかったんだよね
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