↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

583/603

49

「うわぁ。こりゃぁ、昨日来た時も思ったが、すごい建物だ」

「母さん。ここ建物の外にもテーブルがあるぞ」

「これはこんな大きなガラスってあるのかい? 初めて見たよ」

「調度品がお貴族様の館みたいだぁ」

 ゴツンと息子の頭を叩く料理長。

「オメガ、お貴族様の館へ行ったことがあるのかい?」

「ねぇよ! でも、こんなすごい椅子、見たことない。絶対にお貴族様しか使ってないぞ」


 庭園から池の横を通り、そのままレストランへ。

 まずはウッドデッキ、その後、本館のレストランを見ていた時のことだった。

「こうやって店を見せてもらえるのは本当にありがたいよ。ところで調理場は見せてもらえないのかい?」

『リスの宿』の料理長は、瞳を揺らしながら聞いてきた。


「申し訳ございません。厨房は店の者以外においそれと見せることはできません」

「ああ、まぁ、そうだよねぇ……」

 言い出しっぺの料理長さえ、自分の願いを聞き入れてもらえるとは思っていなかったようだ。


「では、お料理を出させて頂きますね。ウッドデッキと室内では、どちらの席がよろしいですか?」

「ウッドデッキで」

 慌ててそう言ってきたのは、料理長の息子の方だ。

「これ、汚したり壊したりしても到底弁償できないよ、母さん」

「そうだねぇ。落ち着いて食べれるのは外の方かもだね」


 二人にウッドデッキの席を選んもらい、席に着くのを待つ。

「色んな料理をお試しになりたいかと思うので、今日の料理は色んなものを少量ずつ用意しました。それでよろしいですか?」

 料理長は驚いた顔をした。

「ああ。便宜を図ってくれてありがたい」

 にっこり笑って一旦調理場へ引っ込んだ。


 ユーリは今日、仕事があるのに、心配なのかここに来てくれている。

 父さんも母さんも心配して調理場の端に控えてくれている。

 マルタ伯母さんとナスカと三人で調理していたものを見栄え良く皿に飾り付けると、母さんがエプロンをしながらワゴンを押してきた。

「料理を運ぶのは私がやるわね。制服を着てなくても問題はないでしょう?」

「ありがとう、母さん。うん、お願い」

 にっこり笑って色んな料理が載ったワゴンをテラスへ。


「いらっしゃいませ。ウチはコースメニューのみを扱っております。普段はこのようなメニュー表をお渡しして、お客様に選んでもらっています」

 母さんが洗練された所作でメニューを渡した。

 多色刷りの綺麗なメニュー表を矯めつ眇めつしていた料理長が一つ一つの料理名のところを指でなぞっている。


「それでは、まずはアミューズです。後に続く料理を美味しく召し上がっていただくように、食欲を刺激する料理を載せた小さな皿のことです。今日は旬の野菜のベーコン巻きです」

 母さんが料理を説明することで、ウチの店ではウエイトレスはそれも仕事の内なのだと暗に示しているのだ。

 細長い皿に4つ、適度な間隔を空けて盛られているベーコン巻き。プチトマトやグリーンアスパラガス。どちらも鶉のゆで卵が同じくベーコンで巻かれたものが刺さっている。えのきと人参。そして最後はスキルで呼び出した餅だ。


「うわぁぁ。このモチモチしたの何だろう? 旨い!」

 息子の方は単純に珍しいものが気になるようだが、料理長の方は、じっとベーコンを見ている。

「色が……欠けている色がない……」

 そして、最初にベーコンの端っこだけを切って口に入れた。

 あたかもワインのテースティングの様に、ゆっくりと咀嚼している。


「……これは肉屋で売ってるようなベーコンじゃないね」

「はい。ウチの自家製です」

「香ばしさが違う。この香ばしさを出すのは何でやっているんだろう……?」

 もちろんそんな事は教えられないので、母さんもにっこり笑って黙っている。


 今度はプチトマトのベーコン巻きを一口で。

「これはトマトだね? でも、こんなちっこいのは初めて見た。普通のトマトとは食感が違う……。このトマトはどこで手に入れられる?」

「ウチで育てている野菜で、市場には出回っていません」

 料理長は悔しそうに眉を顰めたが、まだまだ料理は残っている。

 全部を試す心算なのだろう。

 今度はアスパラガス巻きへ集中している。

 

 親子の試食はそれぞれの食べ方で進められた。

 息子はパクパクと食べるのに、料理長の試食の仕方は、本当に細かなところまで気を配って行われているのが傍目にもわかる。そして時間が掛かっている。

 試食する度、一々聞いてくるのだが、全部に答えるわけにはいかない。

 答えるのが私ではなく、料理人ではない母さんというのもあるかもしれないが、答えがなくても、がっかりするのではなく、すぐに次の料理や食材に気が向くようだ。


「こちらはガスパチョでございます。冷たいスープとなります」

「こりゃぁ良い。段々暑くなってきてるから、冷たい料理は美味しく感じるな」

「トマト……胡瓜……玉ねぎ、それにピーマン。でも、香辛料が分からない……」

 でも、料理長も今度はレシピを聞いてきたりしない。

 ワイン酢やオリーブオイル、クミンの粉が入っているのだが、どうも分からないようだ。


「続きましてスモークドサーモンのマリネでございます」

 グリーンの葉物野菜の上に、マリネされたパプリカの赤と黄色、胡瓜の濃い緑が鮮やかなサラダの上に、真ん中にはポテトサラダ、その周りにサーモンの薄切りが形良く並べられ、玉ねぎの薄切りが味のアクセントに散りばめられている。サーモンの上のディルが色どりのアクセントにもなっている。

「……彩も綺麗だ……」

「母さん、この魚も燻製にされてるよ。臭みが全然ない!」


「メインは塩釜焼きのお肉、冷しゃぶ、そして鯛のポワレを一口サイズにして一皿にまとめてみました」

「うわぁ。綺麗だ。色も綺麗だけれど、盛り付けが凄い!」

 大きな平皿の中に、同じデザインの小皿に盛りつけられた一口サイズのメインが3つ並んでいる。

 内2つの小皿と大皿の縁はウチのテーマカラーの紫のラインが入っている。

 でも、鯛のポワレの小皿はデザインは同じでも大人しい黄色のラインが入っており、皿だけでも目を遊ばせる仕掛けだ。


 塩釜焼きはその場で割り、母さんが手際よく切りだし、小皿に盛り大皿の上へ。

「肉も魚もどちらも良く調理されている。鯛はこれ以上ないタイミングで火が入っている。だから、身が自然に甘い……」


 最後に、デザートの盛り合わせ。

 これは一つの皿に盛らず、それぞれに合った小皿で出す。

 目で見て美味しく感じるように、見た目を重視して作ったデザートだからだ。

「っ!」

 料理長は運ばれて来た皿を見るなり、絶句していた。

 

 私はずっと彼らの様子を見ながら、料理長がどんな感想を述べるのか、ひたすらそれを楽しみにしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。