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 ガタッ。

 思わず席を立った。


「おばんです。ウチら『リスの宿』っちゅう店をやってるもんです」

「ほう……。で、今夜は何でウチへ?」

 ユーリが座ったまま口を開く。

 低い声だった。

 ただそれだけなのに、場の空気が僅かに張る。

 元貴族の総領息子。

 その肩書きを知らずとも、平民には抗い難い“格”のようなものが、自然と滲み出ていた。


 料理長の額に汗がツーっと細くながれた。

 けれど彼女は退かなかった。

 ここへ来るだけでも、相当な覚悟が必要だったのだろう。

 ユーリに腕を取られ、私はそっと席へ戻された。

 闖入者となった二人だけが、立ったままでいる。


「ウチらは普段王都へ来ることはない。ましてや『フローリストガーデン』さんの様な高級な店で食事することも……。でもっ、一生に一度あるかないかの機会が今なんだ」

 彼女にしたら遠回しな言い方だ。

 これまで見て来たところでは、スパッとズバッと歯に衣を着せないのが『リスの宿』の料理長だ。

「で?」

 ユーリの声は変わらない。

 だが分かる。

 これは威圧ではなく、私を守るための壁だ。


「でも、今夜も明日も満席って言われた」

 ああ。そういうことかと漸く彼女の言いたいことが分かった。

 ただ、一つ確認しておきたいことが。

「それで、ウチの料理を食べたいということですか? それとも店を見たいということですか?」

「っ! どっちもさ、どっちも。国で一番の店って聞いてる。学べるものがあるなら、学びたい……」

 満席のところ、座ってもらうならば今は亡き大公様とその関係者としての精鋭の皆さんの為に確保している一席しかない.

 母さんの方を見ると顔を横に振った。

 生憎今夜はガルフィールドさんが使っているとのこと。


「……今夜は予備の席まで満席なので……料理をお出しするとしても店内は難しいです。店をお見せするのは明日の営業時間外ならできますが……」

『リスの宿』の料理長はぎゅっと両手拳を握っている。

 彼女にしても、ここは敵地。

 それでもここまで上がってきたのだ。生半可な思いではないだろう。


「でも、明日の営業時間外なら、店は案内できます」

 ぱっと、料理長の顔が上がる。

「その時に、一口サイズで色々まとめたものを用意しましょう。もちろん、お代は頂きますけど」

「……いいのかい?」

「ええ」

 私は笑った。

「その代わり、今度ヤンモリ村へ行った時は、あなたの店の料理を食べさせてください」

 一瞬、料理長が目を見開く。

 それから、破顔した。

「もちろんさっ!」


 闖入者のお陰で飲み会も何となく早目に終わってしまった。

 でも、彼女が私をライバルと認めていること。そしてその奥底には敬意のようなものを含んでいるらしいことも分かった。

 それだけで気分はとても良い。

「お前が鼻唄を歌うなんて、料理する時だけかと思ったよ」

 ユーリにそう言われて、自分が前世の歌を口ずさんでいたことに気付いた。

 ちょっとばつが悪くなり、前髪を忙しなく整えたり、あらぬ方を見つめたり。

 照れていることが分かっているのか、ユーリはそれ以上何も言わず、お互いの手を握って歩いて帰った。


 翌朝、『フローリストガーデン 光』へ行くと、父さんたちや伯母さんたち、そしてナスカがもう調理場に居た。

「アウレリア。今日はライバルがここに来るんだって?」

 マルタ伯母さんがニヤニヤしている。

「はい」

「で、何を作って出すのさ?」

「……塩釜焼きと……そろそろ夏野菜が出回る頃だから、スープは酸味が美味しいガスパチョ、冷たいパスタも良いかも……」

「グリーンアスパラガスを使うなら、良いのが入ってるよ」

「なら、ベーコン巻き……そうですね、アミューズはいろんなベーコン巻きにしましょうかあ。プチトマトとか、人参とえのきだけとか。色合い的にゆで卵も付けたいですね」

「え? お嬢様。それってゆで卵にベーコンを巻いて、半分に切るとかですかあ?」

 ナスカはこの店ではパティシエなんだけど、料理ができないわけではないのだ。

「ええ」

「うわぁぁ。目で食べさせる皿ですね」

 皿の映像が浮かんだのだろう。

 素直に食べたそうな顔をしたナスカを見て、思わずにっこり微笑んでしまう。

「コース料理にするのかい?」

 マルタ伯母さんはもっと現実的だ。

「いえ、色んな料理をちょっとずつ」

「なるほど! じゃあ、メインも塩釜だけじゃなくて、夏野菜の冷しゃぶとかも面白いし……」

「流石、マルタ伯母さん。あっ、そうだ。スモークドサーモンって在庫あります?」

「あるよぉ。ウチの燻製小屋で定期的に作ってるからねぇ」

「じゃあ、サラダはサーモンと玉ねぎやキュウリのマリネにしましょうか。赤と黄色のパプリカも入れると綺麗ね」

「そうだね。じゃあ香草はディルあたりかねぇ」

「ええ」


 伯母さんも長年ウチで働いてくれているので、自身でメニューの組立が出来るまでになっている。

 料理を考える時、すごく頼りになる。


「じゃあ、お嬢様。今日のデザートでパイナップルのヨーグルトケーキを作りましょう。残りは今夜店で出せますので」

「いいわねぇ。あ、あと和菓子もいいかも」

「じゃあ、上生菓子は新緑色にしましょう! 透明な水ようかんに金魚も良いですね」

「う~ん。金魚はもっと夏らしくなってからの方が良いかも……」

「じゃあ、フルーツの入ったゼリーなんてどうでしょう? 和菓子ではないですけど、綺麗な色のカットフルーツなら、十分鑑賞にも耐えるし、味も良いです」

「あら、それ、おいしそうね。なら、大きめのフルーツでカービングで立体的な花を作って、ゼリーに入れましょうか。で、補色的に小さく切った色んなフルーツを散らせば可愛く仕上がると思うわ」

「流石! お嬢様。それで行きましょう」


 普段の営業ではまだ仕事が始まっていない時間なのに、来るのが私のライバルということで、調理場の皆が力を貸してくれる。

 昔に戻ったようで、調理場全体が暖かい色に照らされているように見えた。

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― 新着の感想 ―
え、王都一のレストランでゆで卵のベーコン巻とか…?
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