⑦
それからというもの、ロザリアの矛先はリリアーナだけではなくなった。
「セドリック・ハートフォード侯爵令息。貴方、婚約者の方にきちんと時間を使っていらっしゃるの?」
「え……」
「ルーカス・ウォルターズ伯爵令息も、ルシアン・クロフォード伯爵令息もですわ。聖女様のお世話をすることに熱心なのは結構ですけれど、ご自分の婚約者を蔑ろにしてよい理由にはなりませんでしょう?」
「俺たちは別に……」
「別に、何ですの?」
ロザリアの冷たい視線に、ルーカスが口を噤む。以前はリリアーナに向けられていた苦言が、今では四人にも向けられるようになっていた。
そして、その度に四人はアレクシスのもとへ集まった。
「殿下、聞いてください!」
「またロザリア様に言われたんです」
「リリアーナだけならまだしも、最近は僕たちにまで……」
「俺たちは何も悪いことなんてしてないのに!」
四人が口々に訴える。
その隣では、リリアーナも不満そうに頷いていた。
「そうなんです。ロザリア様、最近すごく怖くて……」
「…………」
アレクシスは四人とリリアーナを眺めた。
「それで?」
「え?」
「彼女は、何か間違ったことを言ったのか?」
「…………」
四人が揃って黙る。そんな四人にアレクシスは小さく息を吐いた。
「以前にも言ったと思うが、ロザリアが君たちの行動を快く思わないのは当然だろう。エドワードを除き、セドリックたちは皆、婚約者がいるのだから」
「でも……」
「それに、ベルナール嬢」
「はい!」
「君も以前から何度も注意されているはずだ。私の婚約者であるロザリアが、婚約者に近付きすぎる女性を警戒すること自体は、何もおかしくない」
「…………」
リリアーナはしょんぼりと俯く。内心では不満でいっぱいだった。どうしてアレクシスは自分の味方をしてくれないのだろう。何か失敗して、せっかく上げた好感度が下がってしまったのだろうか。
四人も不満そうな顔をしている。アレクシスはそんな彼らを見て、また一つ息を吐いた。
さらにアレクシスが口を開きかけた、その時だった。
「殿下」
傍に控えていた侍従が静かに声を掛ける。
「何だ?」
「先ほど皇女宮から知らせがございました」
アレクシスの表情が変わる。
「アリアンヌが?」
「はい。少々お加減が優れないとのことです」
「そうか、分かった」
アレクシスはすぐに立ち上がった。
「アレクシス様?」
リリアーナは驚いたように顔を上げる。
「すまないが、私はこれで失礼する」
「え、あの……。ど、どこに行くんですか?」
「アリアンヌの様子を見に行く」
それだけ告げると、アレクシスは侍従を伴って歩き出した。
「殿下!?」
ルーカスが慌てて声を掛ける。
しかし、アレクシスは振り返ることなく、さっさと帰宅してしまった。
「……行っちゃった」
「皇女殿下のこととなると、本当に早いな……」
「まあ……。殿下にとって、妹君は大切な方ですから」
エドワードが苦笑する。
その横で、リリアーナはぽつりと呟いた。
「……アレクシス様、私のことより皇女殿下の方が大事なのかな」
「それは当然でしょう」
思わずセドリックが答えた。その返答に内心むっとする。
「妹君ですからね」
「…………」
リリアーナは納得できない顔をする。妹より自分を優先してくれてもいいではないか。その思いが顔に出てしまったけれど、四人はそれ以上何も言わなかった。
それから、こういったことが頻繁に起きるようになった。
リリアーナたちが何を訴えても取り合わない。アレクシスは妹の体調が少しでも悪いと聞いただけで、あっさりと学園を後にする。
残された五人は、その背中を見送ることしか出来なかった。
◇
そんなある日のことだった。
学園内で、ある噂が流れ始めた。
――聖女リリアーナ・ベルナールは、男好きの阿婆擦れらしい。
――皇太子殿下に付きまとっているだけでは飽き足らず、側近候補たちまで侍らせている。
――婚約者のいる男たちにまで手を出しているのだとか。
それは瞬く間に学園中へ広がっていった。
「なんだよ、あの噂!」
ルーカスが怒りを露わにする。
「リリアーナがそんなことをするわけないだろ!」
「ええ。あまりにも悪質です」
エドワードも険しい顔をしている。
「誰がこんな噂を流したのか、突き止めるべきでしょう」
「僕もそう思う」
セドリックの言葉にルシアンが頷く。
「リリアーナが何をしたっていうんだよ!」
「……まあ、実際に殿下や僕たちのところへ来る頻度は多いですが」
セドリックが冷静に指摘すると、三人から睨まれた。
「セドリック!」
「すみません」
素直に謝りながらも、セドリックは考え込む。
「ですが、だからといってこのような噂を流される理由にはなりません。誰がこのようなことを言い始めたのか、調べてみましょう」
「よし!」
ルーカスが拳を握る。
「絶対に犯人を見つけてやる!」
四人は怒りに燃えていた。
アレクシスにも相談したが、彼は「そうか」と告げるだけで、対処するとは言わなかった。どうしてかと問えば、噂は噂でしかないと、答えになっていない返答をする。そのため、四人が調査してくれることになったのだ。
いつまで経っても完全な味方になってくれないアレクシスに、リリアーナは少し苛ついた。
そんな中、リリアーナは気分転換も兼ねて、教会で奉仕活動をすることになった。
向かった先は、教会が運営している孤児院だった。
「今日は来てくれてありがとうございます、聖女様」
「いえ。私も皆さんのお役に立ちたいですから!」
子供たちと遊んだり、掃除を手伝ったり。
本当ならそんなことしたくもなかったけれど、聖女という肩書がある今は、やらなければいけないことは分かっている。なので人のよさそうな笑みを浮かべ、任された仕事をこなしていた。
そして。
「それでは、私はそろそろ戻りますね」
「お気を付けてお帰りください」
エドワードは孤児院に残って、子供たちの世話を続けるとのことだった。
なのでリリアーナは一人で帰路につく。
――はあ、やっと解放された。
そう思いながら、馬車があるところまで歩いていた。
その時だった。
「……え?」
背後から気配を感じた。
だが、振り返っても誰もいない。
気のせいかと思って前を向いた、その瞬間。
「――――っ!」
突然、横手から男が飛び出してきた。全身真っ黒な衣装で、顔も黒い布で覆っており、見えるのは茶色の瞳だけだった。
その男の手に短刀のような鋭い刃が握られているのが見える。そして、その刃が振り下ろされた。
「きゃあっ!」
咄嗟に身を躱せば、刃がリリアーナの頬を掠めた。
ピリッとした痛みが頬に走る。
「な、何……!?」
男は何も言わない。
ただ、再び刃を振り上げる。
――怖い。逃げなければ。
そう思うけれど、足が竦んで動かない。
再び刃が振り上げられ、もう駄目だと思った。
けれど。
「――リリアーナ! 伏せろ!」
その声が聞こえ、ルーカスが飛び込んできた。
男に体当たりをして、体制を崩した男の腕を掴み、そのまま地面へと叩きつける。
「この野郎!」
「ルーカス!」
「大丈夫!?」
ルシアンとセドリックも駆け寄ってくる。
「怪我はありませんか、リリアーナ!」
「……っ、う、うん……」
震える声で答える。
ルーカスは男を押さえつけたまま、歯を食いしばった。
「危なかった……! あと少し遅かったら……!」
「本当に良かったよ。間に合わないところだった」
ルシアンも安堵したように息を吐く。
「でも、どうして三人が……?」
「奉仕活動をすると聞いたから、手伝いに来たんです。ですが、向かうはずの孤児院を間違えてしまったので、この時間になってしまって……」
セドリックが答える。
「……そうなんだ」
リリアーナは胸を撫で下ろす。けれど、すぐに表情が強張ってしまう。
刃が振り下ろされたときは、もう駄目だと思った。その時の恐怖を思い出して、カタカタと身体が震えてしまう。これは演技ではない。何せ自分は平和な日本にいた。こんな、誰かに殺されそうになるなんて、一度もなかったことだった。
「……私、殺されるところだったの?」
「たぶん、そうだろうな」
ルーカスが答える。
「こんなこと、絶対に許せねぇ!」
怒りに震えるルーカスを見て、リリアーナの目に涙が浮かぶ。
「……怖かった……」
「もう大丈夫だ!」
ルーカスが力強く言う。
「俺たちがいる。絶対に守ってやるから!」
「ありがとう……」
リリアーナが涙を拭う。セドリックたちを見ていたら、少しずつ落ち着きを取り戻すことができた。
その様子を見ながら、セドリックが険しい顔で考え込んでいた。
「……ここまで続くとなると、偶然とは思えませんね」
「だよね」
ルシアンも頷く。
「学園での噂。嫌がらせ。そして今回のこと」
「全部、繋がっていると考えるべきでしょう」
「だったら……」
ルーカスが顔を上げる。
「犯人は、やっぱり――」
視線が交わる。
そして、同じ人物の名前が浮かんだ。
「ロザリア様……」
リリアーナが呟く。全員が分かっている。こんなことするのは、ロザリアしかいないと。
「やっぱり、そうですよね」
セドリックが低く答えた。
「証拠はありません。ですが、これまでのことを考えれば……」
「絶対にあの女だ!」
ルーカスが拳を握る。
「絶対に証拠を見つけてやる!」
「うん。僕も協力するよ」
「私もです。これ以上、リリアーナを傷付けさせるわけにはいきません」
三人が力強く頷く。
リリアーナも、その言葉に勇気づけられた。
――やっぱり、みんな私を守ってくれるんだ!
そして後に話を聞かされたエドワードも、顔を真っ青にしてリリアーナの無事を喜んでくれた。そうして、四人はロザリアが犯人だという証拠を見つけることを誓った。




