2回目の人生 ①
アレクシス視点の話です。
「アレクシス様!」
聞き慣れた声にアレクシスは足を止める。
「ベルナール嬢。以前にも言ったと思うけれど、私を名前で呼ぶのはやめてもらえないだろうか」
「そんなことより、令嬢たちがひどいんです!」
またか。
前の人生でも何度となく聞いた言葉だった。アレクシスは小さく息を吐く。そしてリリアーナの話を最後まで聞いた。
「……それで、彼女たちが何か間違ったことを言ったのか?」
「え?」
きょとんとするリリアーナに、アレクシスは淡々と続ける。
「貴族令嬢として必要な礼儀を身につけるよう求められたのであれば、それは当然のことだ。聖女であることと、貴族社会で振る舞うことは別の話だ」
「でも、私は何も悪いことをしていません!」
「悪意がなかったとしても、相手を不快にさせることはある」
前の人生よりも、はっきりとした口調だった。
「知らないことを恥じる必要はない。だが、知らないままでいいということでもない。以前も伝えたはずだ」
リリアーナは不満そうに口を閉ざす。その様子を見て、アレクシスは視線を側近候補たちへ向けた。
「それから、お前たちにも言っておく」
「俺たちにですか?」
ルーカスが首を傾げる。
「彼女が困っているからといって、何でもかんでも味方をすればいいというものではない。ベルナール嬢が傷ついているなら、その気持ちを慰めることは構わない。だが、彼女が間違っているなら間違っていると伝えろ」
「ですが、リリアーナは――」
「セドリック」
遮るように名前を呼ぶ。
「お前たちが彼女を庇うことで、彼女自身が成長する機会を奪うことになる。それに、お前たちは彼女のためなら何をしても許されると思ってはいけない」
アレクシスは四人を順に見つめ、そして告げる。
「彼女を守ることと、彼女の望むことを何でも叶えることは違う。そこを履き違えれば、いつか取り返しのつかないことになる」
「……取り返しのつかないことですか?」
「そうだ。一度してしまえば、なかったことにはできないこともある。お前たちは側近候補だという自覚を持て。自分たちだけで判断せず、迷ったときには必ず私に相談しろ。もしくは教員か、保護者でもいい」
四人は戸惑いながらも、揃って頷いた。
「……分かりました」
「俺も」
「僕もです」
「はい」
返事を聞き、アレクシスはようやく僅かに表情を緩めた。
「ならば、それを忘れないでくれ」
そしてリリアーナへ視線を戻す。
「ベルナール嬢。君もだ。何かあれば私に相談してもいい。だが、相談することと自分の望む答えを求めることは違う」
「………………」
「私は君の味方になるために、君の言葉を肯定するつもりはない。君が間違っていると思えば、私はそう伝える。それが君のためだからだ」
そう告げると、アレクシスはその場を後にした。背を向けながら胸の内で静かに息を吐く。
――これでいい。
一度目よりも、はっきりと伝えた。彼らが同じ道を辿らないように。
まだ間に合う。そう信じたかった。
◇
それから、二回目の最終学年が始まってからしばらく経つ。
アレクシスはロザリアに避けられているような気がしていた。最初は気のせいだと思ったのだ。廊下ですれ違えば彼女はきちんと礼をする。声をかければ以前と変わらない丁寧な受け答えをする。婚約者として必要なやり取りも滞りなくこなしている。
だからこそ、余計に分からなかった。以前ならもう少し他愛のない話をしていたはずなのだ。
「この前いただいたお菓子、とても美味しかったですわ」
「そうか。それならよかった」
そんな会話をしたあと、以前ならそこから自然に話が続いていた。けれど今は違う。ロザリアは必要なことだけを告げると、すぐに話を切り上げてしまう。
今日もそうだった。
「では、私はこれで失礼いたしますわ」
「ああ……」
アレクシスが返事をするより早く、ロザリアは一礼して去っていく。その背中を見送りながらアレクシスは小さく首を傾げた。
――やはり、避けられている気がする。
何故だろう。一度目の人生では少なくともこんなことはなかった。
いや、最後には互いに何も言えなくなってしまったけれど。それまでは彼女は自分に対してもっと気安かったはずだ。自分もロザリアのことをよく見ているつもりだった。だからこそ今の彼女との距離が気になってしまう。
「……何かしただろうか」
思わず呟く。けれど考えても心当たりがない。むしろ今回は一度目よりも気をつけている。彼女が何か困っていることはないか。以前よりも注意して見ているし、学園での人間関係についてもそれとなく気を配っている。
それなのに、何故か距離を置かれていた。アレクシスは少しだけ困ったように眉を下げる。
――ロザリアとも、きちんと話し合わなければいけない。
一度目の人生では彼女が何を思い、聖女の暗殺を依頼するに至ったのか聞くことはできなかった。だから今度はそうならないようにしたい。何か不満に思っていることはないか。不安に思っていることはないか。彼女が胸の内に抱えているものがあるのなら、それをきちんと聞いておきたい。彼女が間違った道へ進んでしまう前に、今度こそきちんと話をしようと思っていた。
けれどそのために声をかけようとするたびに、何故かロザリアは先に去ってしまう。まるでアレクシスと二人きりになることを避けているように。
アレクシスは誰もいなくなった廊下を見つめた。一度目よりもずっと積極的に動いている。注意もした。警告もした。これで前と同じにはならないはずだ。そう思っていたのに、まさか今度はロザリアとの距離を縮めるところから始めなければならないとは。
中々上手くいかないものだと、アレクシスは小さく息を吐いた。
◇
そしてあれほど強く注意したにもかかわらず、リリアーナと側近候補たちの状況は何も変わらなかった。
「殿下、ベルナール嬢がまた令嬢たちに嫌がらせをされたと――」
「嫌がらせではないだろう。以前にも言ったはずだ。相手が何か間違ったことをしたのか、まず自分たちで考えろ」
「ですが、ベルナール嬢が傷ついて――」
「だからといって、何でも彼女の味方をすればいいわけではない」
何度言っても同じだった。リリアーナも、側近候補たちも、一度目の人生とほとんど変わらない。リリアーナは何かあるたびに令嬢たちを悪く言い、側近候補たちは彼女の言葉を疑いもせずに信じるのだ。
アレクシスが注意をすれば、その場では大人しくなる。けれどしばらくすればまた同じことを繰り返す。
――駄目だ。
このままでは、また同じことになる。そう判断したアレクシスは皇帝のもとへ向かった。
「陛下。僭越ながら、進言したいことがございます」
「何だ」
「聖女を、一度教会へお戻しいただけないでしょうか」
皇帝の眉が僅かに動く。
「理由は?」
「学園での生活が、聖女にとって良いものになっているとは思えません。また、側近候補たちも聖女との距離が近すぎるため、周囲との間に不要な軋轢を生んでおります」
アレクシスは慎重に言葉を選んだ。
「教会で聖女としての教育を受けながら、貴族社会で必要となる礼儀や振る舞いを学ぶほうが聖女自身のためにもなるかと」
「……つまり、お前では聖女を扱えないということか?」
「それは……」
「ならば、お前の力不足だな」
言葉を失ってしまう。
皇帝は冷ややかな目でアレクシスを見る。
「聖女の世話はお前に任せたはずだ。側近候補たちを御せぬのも、お前の責任だろう。それを教会へ戻して解決しようとは、随分と簡単な方法を考えたものだ」
「…………」
「自分の役目を果たせ」
「……承知いたしました」
それ以上、何も言えなかった。
皇帝の執務室を出て長い廊下を歩く。一人になったところで、ようやく足を止めた。
「……どうすればいいんだ」
思わず声が漏れる。一度目とは違う。リリアーナにも、側近候補たちにも、はっきりと伝えた。それでも変わらない。ならばと教会へ戻すことを提案したが、それすらも許されなかった。
これ以上、自分に何ができるというのだろう。
アレクシスは深く息を吐く。
――救えるものは、できる限り救いたい。
そう思って二度目の人生を始めた。けれど救いたいと思うだけでは、どうにもならないこともあるのかもしれない。そう思い始めていた。
それでも諦めるわけにはいかなかった。まだ何かできることがあるはずだ。そう自分に言い聞かせ、アレクシスは再び歩き始める。
そして皇帝に進言を退けられたあと、アレクシスは何度も側近候補たちと話をした。
けれど結果は同じだった。
「……お前たちは、本当にそう思っているのか?」
「はい。ベルナール嬢は何も悪くありません」
セドリックが迷いなく答える。
「彼女はただ、周囲の令嬢たちに馴染めていないだけでしょう」
「だからこそ、俺たちが支えてやらないと」
ルーカスも当然のように続けた。
「ベルナール嬢は、貴族社会のことをまだよく知らないんですから」
「だが、そのためにマナー講座を受けられるよう手配しただろう」
アレクシスが言えば、エドワードが視線を伏せながら返事をする。
「それは……、そうですが」
「それなら、間違っていることを教えてやるのも友人の役目ではないのか?」
「………………」
一瞬、四人が黙る。けれど。
「それでも、彼女を責めるのは違うと思います」
結局、返ってきた答えは変わらなかった。アレクシスは小さく息を吐く。
一度目よりも、はっきりと注意した。何度も繰り返し伝えた。それでも彼らは変わらない。
――駄目だ。
これ以上、言葉を重ねても意味がない。
そう思いながら、ふと気づく。
――いや。
全員が同じわけではない。アレクシスは少し離れた場所にいるロザリアへ視線を向けた。そういえば、彼女は一度目の人生とは違ってリリアーナにほとんど関わっていない。
何か嫌味を言ったわけでもない。公然と敵意を示したわけでもない。だから当然、学園でのロザリアの評判も悪くなっていなかった。
一度目は聖女に対する態度が問題視されるようになり、徐々に彼女を見る周囲の目も厳しくなっていった。けれど今回は違う。ロザリアはリリアーナと距離を置いている。
それなら、とアレクシスは考える。もしかするとロザリアについては、今回はこれでいいのではないだろうか。ロザリアがリリアーナに余計な干渉をしないのであれば、彼女が悪く思われる理由もない。ならば無理に二人を近づける必要もないだろう。そうすれば少なくとも、一度目のようなことにはならないのではないか。そう思った。
「…………」
けれどアレクシスの胸にはどうにも拭えない違和感があった。ロザリアが変わった理由が分からない。そして何より以前よりも自分を避けているように見える。何かを警戒しているような、まるで自分と距離を取ろうとしているような。
――私は、何かしてしまったのだろうか。
何度考えてみても、やはり心当たりはない。アレクシスはロザリアの横顔を見つめた。彼女がリリアーナと関わらないことで一度目とは違う未来へ進めるのなら、それを喜ぶべきなのだろう。
それでも、何故か素直にそう思うことができなかった。




