1回目の人生 ③
アレクシス視点の話です。
側近候補たちとリリアーナの最後。
数日後、皇城の中が騒がしくなった。聖女とその側近候補たちが皇帝への謁見を命じられたのだと侍従から聞かされた。それを聞いても驚きはない。むしろ来るべきものが来たのだと思った。
先日から胸の奥には重いものが沈んでいるような、そんな感覚を抱えていた。ロザリアが罪を犯してしまった、その元凶。そのうちの片方は自分なのだろう。けれどもう片方は聖女と自分の側近候補たち。そのことに間違いはないはずだ。
側近候補たちについては、本人たちへの処罰は免れない。だがアレクシスはその一族にまで厳罰を科すことには反対し、皇帝へ温情を求めていた。
『彼らはこれまで、陛下の忠臣として仕えてきた家の者たちです。そのことだけでも、どうか温情を賜れないでしょうか』
そう進言したアレクシスを、皇帝は睨みつけるように見ているだけだった。その場で回答は得られなかった。アレクシスとしては、せめて一族には温情を賜れるよう願うばかりだった。
そして、そんな彼らが裁かれるときがきた。
「……殿下」
声をかけられ、アレクシスは顔を上げる。気遣うように自分を見る侍従に笑みを浮かべ、謁見の間へと入っていく。玉座には皇帝が座っていた。その姿を見ても、幼い頃のように身体が強張ることはない。父の視線を恐れていた頃とは違う。それでもこの男の前に立つと、どうしても昔の記憶が蘇ってしまうことがある。
父を見ながら、小さく息を吐く。
――もっと早くに警告しておくべきだった。
側近候補たちが聖女に傾倒していったとき。何度注意しても聞き入れなかったとき。このままでは側近候補から外されることになると、もっと強く言っておけばよかったのかもしれない。それでも彼らを見捨てられなかった。まだ戻れるかもしれないと思い、だからこそ、ずるずるとここまで来てしまったのだ。その結果、彼らはしてはならないことをした。
皇帝の前へ進み、頭を下げる。その後少しして、聖女と側近候補たちが連れてこられた。彼らの手には枷が嵌められている。口元にも魔法が施され、声を発することはできないようだった。アレクシスはそれを見て僅かに目を伏せる。
卒業パーティーでの婚約破棄。自分の許可もなく、皇帝の許可もなく、皇太子の婚約を破棄すると宣言した。あの時点で彼らは自分たちが何をしたのか、理解していなかったのだろう。アレクシスは何度も注意した。それでも聞かなかった結果、今、彼らはここにいる。
「此度の件、我が愚息が大変な愚行を……!」
側近候補たちの父親たちが皇帝へ向かって深く頭を下げる。アレクシスはそれを見ても何も言わなかった。自分の側近候補だった者たち。本来なら、自分がもっと早く導くべきだった。
皇帝が片手を上げれば、父親たちは口を閉ざす。その後、皇帝がゆっくりと口を開いた。
「皇太子の婚約者に対し、何の権限も持たぬ者たちが婚約破棄を宣言した」
謁見の間に、低い声が響く。その言葉にアレクシスは目を伏せた。
――自分の婚約。
その言葉が胸に刺さる。ロザリアとの婚約は、皇帝が定めたものに違いない。けれどアレクシスにとって、それだけではなかった。交流を重ねていくうちに、自分でも大切にしたいと思えた人だった。けれどその未来は、もう失われてしまったのだ。
「余の命で定めた皇太子の婚約を、誰の許可を得て破棄すると宣言した? 貴様らは、いつから皇帝たる余を差し置き、己が判断で物事を決められるほど偉くなった?」
皇帝の言葉を聞きながら、アレクシスは黙っていた。側近候補たちの顔から血の気が引いていく。それを見ても、アレクシスにはどうしようもない。どうすることもできなかった。
「皇太子であろうと、余の臣下に過ぎぬ」
その言葉にアレクシスは静かに目を伏せる。反論するつもりはない。皇帝の言う通りだからだ。皇太子であっても、皇帝の許可なく勝手に婚約を破棄することはできない。それを側近候補たちが勝手に宣言した。罪に問われるのは当然のことなのだ。
そして。
「その皇太子の婚約を、余が決めた。にもかかわらず、貴様らは余に何の伺いも立てず、皇太子の意思であると偽って婚約を破棄しようとした」
伏せた目の下で、ロザリアのことを考えた。
――自分の意思であると、偽った。
婚約破棄の宣言がされた時、自分は何も知らなかった。そしてロザリアはそれを一人で聞かされた。ロザリアはどれほど傷ついただろう。どれほど、自分に裏切られたと思っただろう。それを考えると、胸の奥が痛んだ。
けれど、それを表情に出すことはしない。
「それは、皇太子を陥れるための行為ではないのか? それとも――、貴様らは、他国の間者か?」
皇帝の声が響く。アレクシスはただ黙って立っていた。側近候補たちを庇うことはできない。いや、庇うべきではない。彼らが罪を犯したことは事実なのだから。
それでも。
――もっと強く、彼らを諫めていたら。せめて側近候補から外していれば。
そうしたら、こんな最悪の事態になることは避けられたのではないか。その後悔だけが、消えなかった。
皇帝は淡々と告げていく。そして、罪名を彼らに突きつけた。
「皇帝たる余の命に背き、皇太子の名を騙り、皇室を混乱させた罪――、国家反逆罪を適用する」
その言葉に謁見の間の空気が凍りついた。アレクシスはほんの僅かに息を止める。それでも、表情を変えることはしなかった。
「よって、側近候補であった四名には死罪を申し渡す」
死罪。その言葉を聞いても驚きはない。むしろ皇帝ならそうするだろう。そう思っていた。
分かってはいたが、ただ、胸の奥に小さな痛みが走った。彼らを助けたいと思う気持ちは確かにある。けれど罪を犯した者を庇うことはできないのだ。
だからアレクシスは何も言わなかった。静かに立っていることしかできないでいた。
やがて皇帝が側近候補たちの一族への処分を告げる。
「三家とも爵位を二段階下げる。加えて領地の一部を没収する。教会についてはそちらで検討せよ。それをもって、一族への処罰とする」
彼ら自身の死罪を免れることはできなくとも、家族まで処刑されることは避けられた。そのことにアレクシスはほんの少しだけ安堵した。けれどそれを喜ぶ気にはなれない。視界の端に聖女の姿が映る。彼女は震えながらアレクシスを見ていた。おそらく自分に助けを求めているのだろう。しかし、皇太子という地位にいても、独裁国家の皇帝に逆らうことなど出来やしない。そんなことができるのなら、とうの昔に妹を助けるためにもっと大きく動いていた。それができないから、妹は今も皇女宮から出ることができない。皇帝の機嫌を損ねないために外出することさえできないのだ。
聖女から視線を外し、謁見の間を眺める。険しい顔をする皇帝。泣き崩れる側近候補たち。そして沈痛な面持ちで頭を下げる父親たち。
結局、自分には誰も救うことが出来なかった。静かに拳を握る。何もできない。それが、悔しかった。
けれど皇帝は、自分のことも許していないことを、アレクシスはこのあと知ることとなる。
謁見の間を出たあとも、アレクシスは何も言わなかった。皇帝の後ろを一定の距離を保って歩いて行く。側近候補たちの処分。聖女の処遇。そしてロザリアのこと。考えなければならないことはいくらでもあった。
しかし、不意に皇帝が口を開いた。
「お前とロザリア・ヴァレンティアとの婚約は解消とする。そして次のお前の婚約者だが」
アレクシスの足が僅かに止まりかける。
「……はい」
「聖女を考えている」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
「……聖女、を」
「神聖なる力を持つ聖女と婚約することは、帝国にとっても悪い話ではあるまい」
皇帝は何でもないことのように告げる。その言葉に、アレクシスはしばらく何も答えられなかった。
聖女リリアーナ・ベルナール。歴代の聖女たちと比べると、彼女の持つ聖女の力はかなり弱い。けれど聖女としての力を持っていることは確かだった。
しかし皇太子妃となるにはあまりにも足りないものが多すぎる。貴族社会における振る舞い。政治的な判断。そして何より人の言葉を聞き、自ら考えるという姿勢。これまで何度も注意してきたが、それでも彼女は変わらなかった。
そんな彼女を自分の婚約者にする。それが何を意味するのか、アレクシスは悟ってしまう。
――皇帝は、自分を皇太子として残すつもりがない。
聖女を皇太子の婚約者に据える。そして聖女を制御できない皇太子を表舞台から外す。廃嫡か、あるいはもっと直接的な方法か。
幼い頃から皇帝の傍で生きてきた。だからこそ、その可能性を考えずにはいられなかった。自分が父にとって、どの程度の価値を持つ人間なのか。それはアレクシス自身がよく知っている。使えるうちは使う。必要がなくなれば切り捨てる。それだけだ。
「……分かりました」
結局、それしか言えなかった。皇帝はそれ以上何も言わず、歩みを進める。アレクシスもその後を追った。けれど頭の中ではすでに別のことを考えていた。
自分が近いうちに皇太子でなくなるとしたら、その先はどうなるか。自分自身のことは、どうにでもなる。皇族として生きることを許されるのか。地方へ追いやられるのか。あるいは命そのものを奪われるのか。どれであっても構わない。
問題は、――アリアンヌだった。
アレクシスは妹の顔を思い浮かべる。幼い頃から自分だけを頼りにしてきた妹。母との約束。父から妹を守るという、あの日の誓い。それらは今も、自分が皇太子であるからこそ守れているに過ぎない。もし自分が皇太子でなくなったら。もし、自分がいなくなったら。
――誰がアリアンヌを守る?
その問いが、頭から離れなかった。
アレクシスは自室へ戻るなり机の前に座り、これから起こり得る未来を一つずつ考えた。
自分が廃嫡された場合。自分が皇城から追放された場合。自分が政治的に利用され続ける場合。そして、自分が死んだ場合。どの未来を選んでも、共通していることがある。
自分は、アリアンヌの傍にいられなくなる。
それだけは確かだった。ならば今のうちに、妹が生きられる方法を作っておかなければならない。
アレクシスは筆を取る。思い浮かんだのはアシュフォード伯爵の顔だった。彼とは何度もやりとりをしたことがあり、人柄は分かっている。領地を治める能力があり、皇室への忠誠も厚い。そして彼は数年前に妻を病で失っており、既に後継者がいた。もし自分がいなくなったとしても、伯爵家が皇族の血を求める必要はない。アリアンヌを後継者を産むための妻として扱う必要もない。
そして彼なら妹を守ってくれるのではないか。そう考えた。それは願望に近かったのかもしれない。けれど何もしないまま、妹を残すことだけはできなかった。だからアレクシスは便箋に筆を走らせる。内容は簡潔だ。妹の今後について相談したいことがあること。もし自分に何かあった場合、妹を支えてもらえないかということ。そして可能であれば一度、直接話をしたいということ。
書き終えた手紙を読み返す。これを渡すことが正しいのかは分からない。まだ何も決まっていない。自分が考えすぎているだけなのかもしれない。
それでも、アレクシスは封蝋を施した。
「……アリアンヌだけは」
誰もいない部屋で、ぽつりと呟く。
「私がいなくなっても、生きていけるようにしておかなければ」
自分がそこまでしなければならない状況になってしまったことが、重く胸にのしかかる。自分の未来がどうなるのかは分からない。けれど自分がどうなろうと、妹には生きていてほしい。
それだけは、何があっても変わらなかった。
それから、数日が過ぎた。
その日、皇帝から呼び出されたアレクシスは謁見の間ではなく皇帝の執務室へと通された。そこで告げられたのは、ある程度予想がついていたことだった。
「お前と聖女の婚約が決定した。すでに議会で承認も得られている」
「……はい。分かりました」
静かにその言葉を受け止める。驚きはない。ロザリアとの婚約はすでに解消されており、皇帝は聖女を婚約者に据えるつもりなのだと以前から聞かされていたからだ。
だからこの決定そのものに驚いたわけではない。
「それで、お前は何をしていた」
皇帝の低い声が響く。
「聖女の世話を任せたはずだ。なぜ側近候補たちの暴走を止められなかった」
「……申し訳ございません」
「婚約者の方も制御できぬとは。役立たずにも程があるっ」
吐き捨てるように告げられたその言葉に、アレクシスは唇を引き結んだ。反論することはできない。確かにもっと早く警告しておくべきだった。側近候補たちがリリアーナに傾倒していくことに気づいていた。それでも彼らを完全に切り捨てることができなかったのは自分だ。それに、ロザリアのことも。もっと早く何かできたのではないか。そんな後悔なら、いくらでもあった。
考えに沈んでいた、次の瞬間。
「お前は皇太子だ。それなのに、これくらいのこともできぬのか!」
怒声とともに、頬へ衝撃が走った。
「――――っ」
身体が僅かによろめく。何が起きたのか、一瞬理解できなかった。頬が熱い。痛みが遅れてやってくる。
アレクシスはゆっくりと顔を上げた。目の前には、怒りで顔を赤く染める父がいた。
父から直接、暴力を受けたのは初めてだった。苛烈な人であることは知っている。それゆえに、幼い頃から父の機嫌を損ねぬように生きてきた。皇太子として恥じぬよう、失敗しないように努めてきた。
だから、少なくとも父は、それを認めてくれている。
どこかで、そう思っていたのかもしれない。
褒められた記憶などほとんどない。優しい言葉を掛けられたこともない。それでも自分は皇太子として父の期待に応えてきた。国のために働き、与えられた役目を果たしてきた。その姿を見て、父は、少しくらい自分を息子として認めてくれているのではないか。
――そんな、幼い願望が。
自分の中に、まだ、残っていた。
このとき、アレクシスはそのことに初めて気が付いた。
熱を持つ頬に触れることもなく、ただ静かに目を伏せる。母の代用品でもなくなった時から、自分が父にとって皇太子という役目を担うための駒に過ぎないことなど、とうに理解していたはずだった。
それでも、理解していることと納得して受け入れることは違ったのだ。
――自分は、父に愛されている息子ではなかった。
ずっと前から分かっていたはずなのに。今日まで、どこかで期待してしまっていた。そのことの方が、殴られた頬よりも痛かった。
その後、婚約決定の知らせを受けたその足でアレクシスは貴賓室に軟禁されているリリアーナのもとへ向かう。本当なら会いたくなどなかった。けれど皇帝から決定を下された以上、自分から伝える必要がある。そう考えただけだった。
「アレクシス様!」
姿を見せた瞬間、リリアーナの顔がぱっと明るくなる。その表情を見ても、アレクシスは何も感じなかった。
「……え?」
リリアーナが僅かに目を瞬く。その視線が自分の頬へ向けられていることに気づいた。皇帝に殴られた場所はまだ赤く腫れている。
「アレクシス様、その頬……!」
「皇帝陛下から叱責を受けただけだ。己の側近候補たちすら制御できないのか、と」
「そんな……」
リリアーナが心配そうな声を上げる。けれどアレクシスはその言葉に反応を返さなかった。頬の痛みなどどうでもいい。それよりも、目の前にいるこの少女のことを考える方がよほど気が重かった。
アレクシスは今回の件について淡々と説明していく。側近候補たちに下された処分。ロザリアに下された処分。そして事態を収拾するために決められた自分と聖女との婚約。すべてを告げる。
「以上が、今回の件の顛末だ」
そう言って、アレクシスはリリアーナを見た。彼女が何を言うのか、それを静かに待つ。
自分の側近候補だった四人が死罪を言い渡された。婚約者だったロザリアもまた、聖女暗殺未遂という罪を犯し、処刑されることになった。その結果として、自分と聖女の婚約が決まった。
……少なくとも、ロザリアは別としても、側近候補であった彼らの死を悼むくらいの言葉はあるだろう。そう思っていた。
けれど。
「分かりました!」
リリアーナは嬉しそうに笑った。その顔を見た瞬間、アレクシスの表情が強張る。
あれほど仲が良かった四人が死んだというのに、彼らを悼むこともなく、その死を悲しむこともない。ただ、自分と婚約できることを喜んでいる。
すべての責任がリリアーナにあるわけではない。側近候補たちは自分自身の意思で動いた。ロザリアもまた、自らの意思で罪を犯した。アレクシス自身にも、彼らの暴走を止められなかった責任がある。それでも、彼らがここまでの罪を犯すようになったそのきっかけの一つがこの少女だった。結果として、側近候補だった四人の若者が死んだ。アレクシスの長年の婚約者だった女性も処刑された。
それなのに。
「………………」
目の前の少女は、嬉しそうに、幸せそうに笑っている。その光景を見ているだけで、胸の奥に冷たいものが広がっていく。
――理解できない。
悲しいと思わないのか。寂しいとは思わないのか。本当に、何も感じていないのだろうか。
もしかするとそういったことも思っているのかもしれない。それでも、少なくとも今、リリアーナの顔に浮かんでいるのは悲しみには見えなかった。喜んでいるようにしか、見えなかった。
アレクシスは静かにリリアーナを見つめる。その目から温度が消えていく。以前ならば、彼女を見捨てることはできなかった。自分が女神に願い、聖女となってしまった女性。その少女を守ることも、自分に与えられた役目だと思っていた。だからこそ何度も注意し、何度も側近候補たちを諭し、それでも彼らを切り捨てることができなかった。
けれど、今はもう違う。目の前にいる少女を婚約者として迎える。もしかしたら本当に結婚することになるのかもしれない。その未来を想像しただけで、ひどい嫌悪感が込み上げてきた。
――こんな人を、妻にするのか。
そう考えた瞬間、アレクシスは自分の中に生まれた感情をはっきりと理解した。
軽蔑。それ以外の言葉が思いつかない。それでもリリアーナは、そんなアレクシスの視線に気づくことなく、嬉しそうに微笑んでいた。
それから、しばらくして。
皇帝から聖女を巡礼の旅へ出すことが決まったと告げられた。
「……そうですか」
アレクシスはそれだけを答える。胸の奥にはほんの僅かな安堵があった。
聖女とは婚約をしただけで、まだ結婚したわけではない。このまま聖女を皇太子妃として迎えなければならないのだと思っていた。けれど聖女が巡礼の旅に出るのなら、自分の妻として迎えずに済む。そのことにアレクシスは心の底から安堵した。
そしてこの日から聖女が巡礼へ出る日までの間、何度も彼女から面会の申し出が届く。アレクシスはそのすべてを断った。
「殿下、聖女様より面会のご希望が――」
「忙しいと伝えてくれ」
「かしこまりました」
それだけだった。何度、申し出が届いても。
「忙しい」
その一言ですべてを退けた。会いたくなかったのだ。リリアーナの顔を見るたびに思い出してしまうから。
処刑された四人の側近候補たち。処刑されたロザリア。それらすべてを理解していながら、嬉しそうに笑っていたリリアーナの顔を。あの時の悍ましさを、できるならもう、思い出したくない。だから会わずにいた。会う必要も感じなかった。
そうしているうちに、聖女が礼の旅へ出る日がやってきた。
最後までアレクシスはリリアーナに会いに行くことをしなかった。
やがてリリアーナは帝都を発った。その姿を見送ることもなく、アレクシスはただ執務を続けていた。
きっと、もう二度と会うことはない。
そのことを理解しているのは、おそらく皇帝とアレクシスの二人だけだっただろう。




