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【完結保証】女神の愛し子はだぁれ?  作者: 月瀬小春
第四章 女神の愛し子とは

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1回目の人生 ①

アレクシス視点の話です。


 学園へ通うようになり、最終学年が始まる直前、皇帝から呼び出しを受けたアレクシスは皇帝の執務室を訪れていた。


「今年、学園へ聖女が編入してくることになった」


 そう切り出した父の言葉に、アレクシスは目を瞬く。


「聖女ですか」

「お前には学園にいる間、聖女の世話を任せる」


 父の言葉にアレクシスは一瞬だけ目を伏せた。

 まさかあのときの願いが本当に叶うとは思わなかった。しかもこれから自分がその聖女の面倒を見ることになるとは。

 複雑な思いが胸の中に渦巻くが、皇帝の命令に逆らうことは許されない。今の自分には妹を守るために必要なことなのだと、そう考えるしかない。


「……分かりました」


 静かに答える。それ以上の返事をすることは許されていない。アレクシスはそう返事をして皇帝の執務室を後にした。


 ――まさか、本当に現れるとは思わなかった。


 かつて自分が女神に願った偽りの聖女。

 あのときはそれが叶うとは思っていなかった。それなのに実際に妹以外の聖女が現れた。

 本来の聖女とは、勇者が愛した女性に女神の御心によって力が与えられた存在のことをいう。その力は本物であり、歴代の聖女たちは強大な力を振るってきた。

 だが、今回現れた聖女は違う。彼女はアレクシス自身が女神に願ったことで現れた偽りの聖女だ。聖女の力を使えることに変わりはない。けれどその力は歴代の聖女と比べ、最も弱いものだと聞く。それもまた本物と偽物の違いなのだろう。

 偽りの聖女をと女神に願ったのはアレクシスだ。だからこそアレクシスは自分が最も罪深いことも分かっている。アレクシスとしては、現れた聖女を本物の聖女として認めることはできなかった。そのことを誰にも口にすることはできない。けれどアレクシスにとって、現れた聖女は紛れもなく偽りの聖女だった。

 その聖女とこれから同じ学年で過ごすことになる。彼女はアレクシスが願ったから聖女として祀り上げられてしまった存在だ。ならば彼女の存在を守る義務も、アレクシスにはある。そう考えていた。


 こうして、婚約者も、側近候補たちも、そして件の偽聖女も。全員が最終学年の同じ場所に集うことになるのだった。



 ◇



 聖女が学園へ編入してきて、しばらく経つ。


 皇帝から命じられた通り、アレクシスは彼女の世話係を務めている。

 聖女として必要な教育を受けていることは聞いていた。だが、彼女は貴族社会における振る舞いについてはまだ十分な知識を持っていないらしい。そのため、アレクシスは何か問題が起きるたびに彼女へ説明し、必要があれば教師や教会関係者にも相談するよう伝えていた。


 ――説明していた、のだが……。


「アレクシス様!」

「……ベルナール嬢」


 名前を呼ばれ、思わず溜め息を吐いてしまう。


「はい?」

「以前にも何度も告げたと思うけれど、私のことを名前で呼ぶのはやめてほしい」

「え?」

「私は君のことをベルナール嬢と呼んでいる。君も私のことは殿下と呼んでくれないだろうか」

「でも、アレクシス様って呼んだ方が親しみがあっていいじゃないですか!」

「……そういう問題ではない」


 アレクシスは思わず眉を寄せてしまう。彼女に名前で呼ばれるたびに説明した。もう、これが何度目になるのかアレクシスにも分からない。

 最初にきちんと注意した。その後も何度も注意した。それでも翌日には、また「アレクシス様」と呼ばれる。側近候補たちでさえ自分のことを名前では呼ばない。ルーカスも、セドリックも、エドワードも、ルシアンも、皆「殿下」と呼ぶ。それはアレクシスが彼らに名前を呼ぶ許しを与えていないからだ。

 そして婚約者であるロザリアだけが、自分を名前で呼んでいる。そのことを自分が許したから。彼女はこの学園で唯一、自分の名前を呼べる人なのだ。

 だからこそリリアーナが気軽に自分の名を口にすることには、どうしても違和感があった。


「ベルナール嬢。もう一度言うけれど――」

「はい、アレクシス様!」

「…………」


 アレクシスは言葉を失った。

 今、注意したばかりなのだが。


「……私の話を聞いていたかい?」

「もちろんです!」


 にこやかに返される。

 アレクシスはしばらく彼女を見つめた。そして、静かに息を吐く。


 ――本当に、どうすればいいのだろう。


 何度言っても、自分の名前を呼ぶ。何度説明しても、話を聞いていない。

 それでも皇帝陛下から命じられた以上、彼女を放り出すわけにもいかなかった。




「アレクシス様!」

「……ベルナール嬢。どうしたんだい?」


 今日もまた、彼女が自分のもとへ駆けてくる。


「聞いてください! 今日、また令嬢たちに嫌なことを言われたんです!」


 その言葉に、アレクシスは小さく息を吐く。


「……そうか。それで、今度は何を言われたんだい?」

「私が、殿方と話すときに距離が近すぎるって」

「以前も同じことを言われていたと思うが」

「でも、そんなの酷いと思いませんか?」


 どうやら、以前説明したことが彼女の中には残っていないらしい。


「ベルナール嬢。君が聖女であることと、貴族令嬢としてどう振る舞うかは別の話だ。何度も言っていると思うけれど――」

「だって、私はそんなつもりじゃないんです!」


 話の途中で遮られる。アレクシスは、黙って彼女を見た。

 正直なところ、今まで自分の言葉を遮られた経験はない。父である皇帝でさえ、きちんとアレクシスの話には耳を傾けてくれていた。だからこそ、こんなときはどうすれば良いのかアレクシスには分からなかった。


「……そういうつもりがなかったとしても、相手がどう受け取るかを考える必要はある」

「でも、私は悪くないです」

「悪いと言っているわけではない」


 そこまで告げたところで、彼女は不満そうに唇を尖らせた。以前の自分なら、もう少し根気よく説明していただろう。けれどこれで何度目だろうか。同じことを説明しても翌日にはまた同じ問題を起こす。注意すれば「どうして私ばかり」と言われ、理由を説明すれば「そんなつもりはない」と返される。

 そして最後には、自分に「それは酷いな」と言ってほしいらしい。そのことに気が付いたのは、つい最近のことだった。それほど同じことを繰り返しているのだ。


 ……正直に言えば、少し疲れていた。


「ベルナール嬢」

「はい?」

「私は君を責めたいわけではない。君が困らないように伝えているだけだ」

「……はい」

「だから、まずは私の話を最後まで聞いてほしい」


 そう告げれば、彼女は素直に頷いた。


「分かりました」


 ようやく話を聞く気になってくれたらしい。

 そう思ったのだけれど。


「でもやっぱり、私は悪くないと思うんです!」


 次の瞬間には、また同じ話を始めていた。


「…………」


 アレクシスはそっと目を閉じた。


 ――先ほどの話は、もう諦めた方がいいのかもしれない。


 最終学年が始まって、まだそれほど経っていない。

 それなのに、すでに学園の一年、二年の頃が随分と平和な日々だったように思えていた。



 そんな日々を過ごすアレクシスには、やはりどうしても理解できなかった。リリアーナ・ベルナールという少女が、なぜここまで人の話を聞かないのかということが。

 幼い頃、確かに自分は女神に願った。


 ――自分の良心が痛まないような女性を、聖女として与えてほしい。


 あのときのアレクシスが想像していたのは、もっと別の人間だった。例えば、ずる賢い人間。自分の利益のためなら他人を利用することに躊躇しない人間。あるいは権力や名誉に貪欲で、聖女という立場さえ自分のために利用しようとするような人間。そういう人間であればいいと思っていた。

 妹を守るために利用するのだとしても、相手にも相応の利益がある。そういう関係ならば、自分の良心が痛むこともないだろうと。

 けれど実際に現れた聖女は、アレクシスが想像していたものとはあまりにも違っていた。

 悪人というわけではない。むしろ自分が悪いことをしているという自覚すらないように見える。自分の言動が周囲にどう受け取られるのかを考えず、注意されても「そんなつもりはない」と言う。何度説明しても同じことを繰り返す。そして自分が困ったときには、当然のように周囲が助けてくれると思っている。

 それを見ていると、アレクシスはどうしたらいいのか分からなくなってしまう。ずる賢く、自分の利益を求める人間ならばまだ分かりやすかった。こちらが何を与えれば、何を要求してくるのか。どこまでなら利用しても怒らないのか。そういう打算の上で付き合うことができる。

 けれどリリアーナにはその打算すらない。ただ自分の思うままに行動して、その結果周囲と衝突すれば自分は悪くないと訴える。そんな彼女を前にして、アレクシスは途方に暮れていた。

 そんなアレクシスには、どうしても思いつかないことがあった。

 それは。


 女神に、偽りの聖女から力を取り上げてほしいと願うこと。


 幼い頃、アレクシスは女神に祈った。妹を守るために別の聖女を与えてほしいと。そしてその願いは叶えられた。

 女神が自分の願いを聞き届けてくれたのだ。それをやはり違いました、だから聖女の力を取り上げてください。そんなことを願うのは、あまりにも女神に対して失礼ではないだろうか。偽りの聖女が自分が考えていた少女と違っていたからと言って、女神に後始末をさせるわけにはいかない。

 そう考えるアレクシスだからこそ、リリアーナから聖女の力を取り上げてもらうという選択肢を一度たりとも考えたことがない。考えつかなかった。それがたとえ、自分の想像していた聖女とはまったく違う少女だったとしても。責任を取るのは自分だと、アレクシスはそう思っていた。



 ◇



 それから、最終学年が始まってしばらく経った頃。

 アレクシスは皇城の一室で隣国の王太子を迎えていた。アストリア王国の王太子、クロード・レオニス・アストリア。黒い髪を後ろで一つに束ね、赤い瞳を持つ青年だ。

 そして自分の隣にはロザリアがいる。今回、彼女がこの場に呼ばれたのはクロードが身分を隠して学園に通うことを伝え、事情を説明するためだった。


「遠路はるばる、よくお越しくださいました。アストリア王国王太子、クロード・レオニス・アストリア殿下」

「こちらこそ、出迎えに感謝します。神聖ルミナリア帝国皇太子、アレクシス・ルミナリア殿下」


 互いに礼を交わす。形式上は何の問題もない挨拶だ。

 ただ、アレクシスはどうにも妙な違和感を覚えていた。クロードの赤い瞳が自分を見るたびに険しくなるのだ。敵意。そう表現するのが一番近い。初対面の相手から向けられるには、あまりにも露骨な感情だった。


 ――何か、失礼なことをしただろうか。


 そう思うけれど、思い当たる節はない。そもそもクロードとはこれが初対面だ。アレクシスには彼から敵意を向けられる理由がまるで分からなかった。


「それで、学園でのことですが」


 アレクシスは気にしないことにして、話を進める。


「クロード殿下は、身分を隠して学園に通うことを希望なさっているとお聞きしております。ですので、既に手筈は整えてあります。レオ・サラザールという名の子爵家子息として、登録いたしました」

「ええ、聞いています」

「私の方からも、学園内でクロード殿下が王太子であることを知る者は必要最低限に留めるよう手配してあります」

「分かりました。ご配慮に感謝します」


 クロードは短く答える。その態度は素っ気ない。けれどそれ自体は問題ではない。自分の身分を隠して異国の学園に通うのだ。警戒するのも当然だろう。


「そして、こちらにいる私の婚約者であるヴァレンティア公爵令嬢にも事情を説明してあります」


 アレクシスがそう告げれば、クロードの視線がロザリアへ向く。


「学園では、事情を知らない者の前で彼女と親しくしている姿を見られるのは避けた方がよいでしょう。ですが、何かあれば彼女を通して私に伝えていただいて構いません」

「……ええ、分かりました」


 クロードは短く返す。それから、何かを思い出したようにアレクシスを見る。


「ところで」

「はい」

「聖女は紹介してくれないのですか?」


 その言葉に、アレクシスは僅かに目を瞬いた。そして無意識にロザリアへ視線を向ける。ロザリアも困ったようにアレクシスを見つめていた。たぶん、考えていることは同じだろう。

 クロードへ視線を戻す。

 聖女リリアーナ・ベルナール。彼女については、できる限りクロードに近付けないつもりだった。あの性格だ。近付けたら国際問題にもなりかねない。


「……聖女には、関わらない方がいいでしょう」

「ほう?」


 クロードの眉が上がる。


「随分と妙な言い方をしますね」

「事情がありますので」


 それ以上は説明しなかった。聖女の言動について、隣国の王太子にまで話す必要はない。ましてアレクシス自身が彼女の世話係を命じられている以上、その立場から不用意に彼女を悪く言うことも避けたかった。


「学園には様々な生徒がいます。クロード殿下が不要な騒動に巻き込まれないためにも、できるだけ距離を置くことをお勧めします」

「……なるほど」


 クロードはそう呟いたものの、納得した様子ではなかった。むしろ先ほどよりも赤い瞳が険しくなったように見える。アレクシスは内心で首を傾げた。


 ――やはり、何か気に障ることを言っただろうか。


 しかし考えても分からない。

 まさか幼い頃から自分の存在を比較対象にされ続けてきたことで、クロードに初対面から敵意を抱かれていることなど、アレクシスには知る由もないことであった。

 幼い頃から神聖ルミナリア帝国の皇太子は神童だと噂されていた。同じ年に生まれたクロードは、何かにつけてアレクシスと比較されていたのだ。


 ――神聖ルミナリア帝国の皇太子は、もうこんなことができるらしい。同じ年なのだから、クロード殿下も負けてはいけません。


 そんな言葉をクロードは幼い頃から幾度となく聞かされてきた。それが積み重なった結果、クロードの中にはアレクシスに対する強い対抗意識が根付いていた。けれどそんな事情をアレクシスが知るはずもない。


「では、学園で何か困ったことがあれば遠慮なく申し出てください」


 アレクシスは穏やかに微笑む。


「クロード殿下が学園で有意義な時間を過ごせるよう、こちらもできる限り尽くします」

「……ええ、ありがとうございます」


 クロードはアレクシスを見つめたまま短く答えた。その赤い瞳には、やはり隠しきれない敵意が宿っている。それを見ても、アレクシスには理由が分からない。

 ただ、隣国の王太子が何か問題を起こさないことを願うばかりだった。


女神自身の意思で力を与えられ、聖女となった女性。それが本来の聖女であり、その女性はアレクシスが願わずとも女神が自らの意思で力を与えた存在です。

一方、アレクシスが「偽りの聖女を」と願ったことで力を与えられた女性は、女神自身が選んだ存在ではありません。アレクシスの願いがなければ現れることもなかった聖女であり、だからこそアレクシスはその女性を本当の聖女とは呼べないと考えています。


力を使えることが聖女なのではなく、女神の意思によって力を与えられたかどうか。それを基準に本物の聖女、偽物の聖女とアレクシスは呼んでいます。

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