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【完結保証】女神の愛し子はだぁれ?  作者: 月瀬小春
第三章 本物の聖女の話

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2回目の人生 ③

アリアンヌ視点の話です。


 アリアンヌが目を覚まして、最初に尋ねたのは兄のことだった。


「お兄様は……?」


 案の定、アリアンヌは熱を出していた。

 身体には重い疲労が残っている。それでも、自分のことよりも兄のことが気になって仕方がない。そんなアリアンヌに、ヘレネは穏やかに微笑んだ。


「ご安心くださいませ。まだ意識は戻られておりませんが、治療が間に合い、一命を取り留められました」

「……よかった」


 その言葉を聞いて、アリアンヌはようやく胸を撫で下ろす。

 兄の治療は、皇太子宮の専属医だった医師に診てもらうことが決まっていた。ヘレネは以前、皇太子宮で侍女を務めていたことがある。そこで兄に恩義を感じている医師がいることを知っており、そのことを思い出したのだ。

 かつて重い病に罹った子供を救うために、兄がその薬を用意してやったことがあったのだという。薬のお陰で子供は回復し、今では元気に暮らしているらしい。そしてそのことへの恩を、医師は今も忘れていなかった。

 だからこそ、ヘレネはこの計画を実行する前にその医師のことをアリアンヌに伝えてきた。何をするにしても、医師の力は必要になるだろうと。話を聞いて、アリアンヌはその医師にも協力を求めることにした。

 そして事情を話した上で協力を求めたところ、医師は迷うことなく頷いてくれたのだ。


『必要とあらば、魔法契約で縛ってくださって構いません!』


 そうまで言い切った医師を、アリアンヌも信頼することにした。何より、その医師は兄が長年、専属医として傍に置いていた人物だ。それだけでも、アリアンヌにとっては十分に信頼する理由になった。

 そして事前に協力を求めていた医師を皇女宮に待機させ、あらゆる毒に備えて数多の解毒剤を用意していたことで、治療は間に合ったらしい。

 準備しておいてよかった。

 そのことに、アリアンヌは心の底から安堵した。


「ヘレネ。お兄様に会いに行きたいのですが……」

「まずはアリアンヌ様が回復されてからです」


 即座に返され、アリアンヌは思わず眉を下げた。


「……どうしても、駄目ですか?」

「駄目です」


 きっぱりと言い切られ、さらにヘレネは首を横に振る。


「……そうですか」


 思わず項垂れてしまう。

 すると、ヘレネがくすりと笑った。


「こうして私が駄目だと申し上げられるのは、殿下のご容体が落ち着いているからですよ」

「え?」

「もし殿下のご容体が厳しいものでしたら、私もアリアンヌ様をお止めしたりはいたしません」


 穏やかに微笑むヘレネの言葉に、アリアンヌは目を瞬く。

 そして、その言葉の意味を理解すると、目の奥が熱くなる。


「……そうですね」


 涙を浮かべながら、それでもアリアンヌは笑みを浮かべた。


「まずは、わたくしが元気にならなければいけませんね」


 兄は生きている。ならば焦る必要はない。

 今は自分の身体を回復させること。それが兄のもとへ行くために、自分ができることなのだから。


「それから、お兄様に会いに行きます」

「はい。きっと殿下も、そのころにはお目覚めになられているはずです」


 その言葉にアリアンヌは小さく頷く。

 今度こそ、兄を失わずに済んだ。喜びを胸に、アリアンヌはまず自分の身体を休めることにした。

 なお、皇女宮にも別の専属医がいる。ただし、その医師は皇帝の息がかかった者だった。皇女宮に宛がわれている理由も、アリアンヌの健康を気遣うためではない。

 本当に身体が弱いのか。皇族として利用できる存在なのか。それとも、使える駒にすらならないのか。それを定期的に皇帝へ報告するためだった。

 だからこそ、アリアンヌたちはその医師に頼ることはできなかったのだ。



 それから。

 アリアンヌが高熱にうなされている間に、兄は目を覚ましたという。

 熱に苦しむアリアンヌを看病しながら、ヘレネが嬉しそうに教えてくれた。


「アレクシス様が、お目覚めになられました」

「……本当、ですか?」

「はい。ですから、アリアンヌ様も早くお身体を治しましょうね」


 そう言って、ヘレネは優しく微笑む。

 兄が、目を覚ました。

 その事実が嬉しくて、アリアンヌの目に涙が浮かぶ。


「……はい」


 嬉しさを噛み締めながら、アリアンヌは頷いた。


 そして、数日後。


 ようやく熱が下がり、動いても良いという許可が出た。もっとも、アリアンヌの身体を診察したのは、皇帝の息のかかった皇女宮付きの医師だ。医師から告げられたのは、これならば起き上がって動いても問題ない、という程度のものだった。以前からこの医師が余計なことをしないよう注意していたため、医師が皇女宮へ入ってから出ていくまで、ヘレネが付き添っているのはいつものことである。

 そのため、医師も今さら不審に思う様子はない。


「医師が皇女宮を出ました」


 ヘレネからそう報告を受けて、アリアンヌはようやく立ち上がった。

 念には念を入れなければならない。皇帝に見つかるわけにはいかないのだから。

 そして部屋を出て歩いて行く。


 向かう場所は皇女宮の奥。


 人目につかない場所に、その部屋はあった。

 以前、兄から教えられた秘密の部屋。何か異変があった時には、ここに隠れるように。幼い頃にそう教えられたその場所を、今は兄を匿うための部屋として使っている。


「こちらです、アリアンヌ様」


 ヘレネが扉を開ける。

 アリアンヌは、その扉の向こうへと足を踏み入れた。


 そして――。


「……お兄様」


 そこには、ベッドの上で上半身を起こした兄がいた。

 兄はアリアンヌの姿を見つけると、少し困ったように笑う。

 その顔を見た瞬間、胸がいっぱいになった。


 ――兄が、生きている。


 もう二度と会えないと思っていた兄が、今、目の前にいる。それだけで、アリアンヌの目には再び涙が浮かんだ。

 アリアンヌは、ただ兄が生きていることが嬉しかった。


「お兄様……!」


 思わず笑みがこぼれる。

 けれど、そんなアリアンヌとは対照的に、兄はどこか複雑そうな表情を浮かべていた。アリアンヌには、兄がどうしてそのような表情を浮かべるのか、理由が分からなかった。


「……すまない。アリアと二人にしてくれ」


 兄にそう告げられ、皇太子宮の専属医とデイル、そしてヘレネは顔を見合わせる。


「かしこまりました」


 三人が一礼し、静かに部屋を出ていく。

 扉が閉まり、部屋に二人きりになる。その途端、兄は苦しそうに眉を寄せた。

 そして、アリアンヌに問いかける。


「アリア。……どうして、聖女の力を使ったんだい?」

「お兄様を助けたかったからです」


 アリアンヌは迷うことなく答えた。


「生きていてほしかったのです」

「……聖女の力は、使ってはいけないと言っただろう」


 兄の表情は、少し怒っているように見えた。けれど、それだけはでなく、悲しんでいるようにも見えた。

 そして兄の言葉からは、アリアンヌを咎めているような響きもあった。そのことが、アリアンヌは納得できないでいた。


「ですが……、お兄様を助けるためでした。それの、何がいけないのですか?」

「……アリア」

「わたくしは、お兄様に生きていてほしかった。それだけです」


 そう告げると、兄はしばらく何も言わなかった。

 やがて、辛そうな表情をして視線を伏せる。


「……私を助けるために、お前の命を削ったのか」


 その声は、今にも泣き出してしまいそうだった。

 アリアンヌは兄を見つめる。

 そして、静かに答えた。


「……お兄様のいらっしゃらない世界に、わたくしは、意味を見出せません」


 兄の表情が悲しげに歪む。

 しかし、それはアリアンヌの紛れもない本心だった。

 自分を愛してくれるのは兄しかいなかった。自分を守ってくれるのも、兄しかいなかった。だから、その兄がいなくなってしまったら、どう生きて良いのか分からない。

 もっと言ってしまうと。


 ――兄のいない世界は、……怖かった。


「そうか……」


 それだけを呟いて、兄は俯いてしまう。

 しばらくの間、何も言葉はなかった。


 けれど、数十秒後。


 兄は顔を上げる。

 そこには、いつものような、優しい笑みが浮かんでいた。


「……ありがとう、アリア」

「お兄様……?」


 優しい声だった。

 けれど。


 その笑顔は、アリアンヌにはどこか泣いているように見えた。


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