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【完結保証】女神の愛し子はだぁれ?  作者: 月瀬小春
第三章 本物の聖女の話

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2回目の人生 ②

アリアンヌ視点の話です。


 兄が処刑される日が来た。


 アリアンヌは皇女宮を出て、兄が処刑される場所へと向かっていた。

 動きやすい服に身を包み、認識阻害の魔法具を身につけている。けれど、目的の場所に辿り着く直前にその魔法具を外していた。皇族しか持たない金色の髪も、青い瞳も、そのままにして歩いて行く。それは、アリアンヌが皇女であることを隠さないためだった。

 処刑場となる部屋の前まで辿り着くと、デイルが扉の前に立つ騎士へと声を掛ける。


「皇女殿下がお見えです」

「皇女殿下……?」


 騎士が驚いたように目を見開く。当然だった。皇女宮からほとんど出ることのないアリアンヌが、よりにもよって兄の処刑の日に、こんな場所へ現れるなど誰が想像するだろう。

 けれどアリアンヌは、そんな騎士に構わず扉の前へ進み出た。


「……兄に、最後の挨拶をさせてください」


 涙を浮かべたアリアンヌが、そう告げる。


「し、しかし……」


 騎士は言葉を詰まらせた。


「殿下は、もう……」

「分かっています」


 震える声で、それでもアリアンヌははっきりと答えた。


「それでも、最後にお兄様にお会いしたいのです」


 その言葉に、騎士は何も言えなくなった。

 やがて、困惑したように扉へ視線を向ける。


「……少々、お待ちください」


 騎士が扉を開く。


「皇女殿下がお見えです。皇太子殿下に、最後のご挨拶をされたいと……」


 室内にいた者たちが、一斉にアリアンヌへと視線を向けた。

 処刑を見届けるために集められた立会人たち。そして、アレクシスの死亡を確認している医師。

 誰もが驚きに目を見開いている。


「皇女殿下……」

「……お兄様に、最後の挨拶をさせてください」


 アリアンヌはもう一度、同じ言葉を繰り返した。

 医師が困ったように眉を下げる。


「ですが、すでに刑は執行されております」

「承知しております」

「でしたら……」

「それでも、お願いします」


 震える声で告げ、深く頭を下げる。


「わたくしに、少しだけ時間をください」


 十二歳の皇女が、兄のために頭を下げている。その姿に、誰もが言葉を失った。

 やがて立会人の一人が小さく息を吐く。


「……分かりました。皇女殿下に、最後のお時間を」

「ありがとうございます」


 そう告げると、立会人たちは部屋を出ていく。医師もまた一礼して、その後に続いた。

 扉が閉じる。

 その音を聞いた瞬間、アリアンヌは小さく息を吐いた。


「……ヘレネ、デイル」

「はい」

「承知しております」


 二人が頷く。

 アリアンヌは寝台へと駆け寄った。

 そこには、兄が横たわっていた。


「お兄様……」


 頬に触れる。

 冷たい。


 けれど――。


「まだ、間に合います」


 アリアンヌは両手を兄の身体へと添えた。

 祈るように目を閉じる。


「女神様……、どうか」


 聖女として授かった力が、アレクシスの身体へと流れ込んでいく。

 毒に蝕まれた身体。弱り切った生命。

 それでも、まだ完全に可能性がないわけではない。心臓が止まっていても、呼吸が止まっていても、それでも幼い時は兄を治すことができた。だから、まだ大丈夫。アリアンヌはそう信じている。


「お兄様をお助けください」


 祈りとともに、光がアレクシスを包み込む。

 やがて、アレクシスの頬に僅かだが赤みが戻って来た。


「…………っ」


 アリアンヌは息を呑んだ。


「お兄様……」


 掠れた声で兄を呼ぶ。

 反応はない。それに呼吸も止まっている。けれど、弱々しくも心臓は動き始めていた。

 それだけで涙が溢れた。


「よかった……!」


 だけど、まだ安心することはできない。

 アリアンヌの力だけでは、毒を完全に消し去ることはできなかった。

 今はただ、兄の命を繋ぎ止めているだけ。


「デイル」

「はい」

「お願いします」


 デイルが頷く。

 そして、空間魔法を展開した。そこから取り出されたのは、一人の男の遺体だった。兄と体格の近い男を、事前に整形魔法でアレクシスに似せた顔にしておいたのだ。


「アリアンヌ様、ヘレネ。殿下のお召し物を変えますので……」


 兄の衣服を男の遺体に急いで着せ、兄の身には別に用意していた衣服を着せる。その間、アリアンヌは男の遺体の顔を、より兄に近づけるために聖女の魔法を使った。

 身体の輪郭が変わっていく。髪の色が自分たち皇族だけが持つ金へと変わり、顔立ちも少しずつ変化していく。やがてそこに横たわっていたのは、誰が見ても兄であるアレクシスにしか見えない姿だった。

 兄の治療に続いて、男の遺体にも聖女の魔法を使ったことで、アリアンヌの身体が悲鳴を上げている。けれど、今は何としても、この企みを成功させなければならない。 


「アリアンヌ様、殿下を……」

「ええ、お願いします」


 デイルが再び空間魔法を開く。

 本来、そこには生きた人間を収納することはできない。けれど今の兄は、毒によって仮死状態に近くなっている。さらに聖女の保護魔法をかけておいた。そのため、特殊な状態として空間魔法に収めることができるのだ。


「お兄様……」


 アリアンヌは兄を見つめる。


「必ず、助けますから」


 デイルが兄の身体を空間へと収める。

 その直後、アリアンヌは横たわる遺体へと視線を向けた。金色の髪。自分のよく知る兄と同じ姿。これならば、誰も疑わない。


「……アリアンヌ様、完了いたしました」


 ヘレネが小さく呟く。


「はい」


 アリアンヌは頷き、デイルとヘレネを連れて扉へと向かう。

 デイルが目配せをしてくるので、それに再び頷く。

 そして、デイルが扉を開いた。


「お別れは、済みました。ありがとうございました」


 アリアンヌは立会人たちへ頭を下げた。


「兄との最後の時間をくださった皆様に、感謝いたします」


 そう告げたアリアンヌの目は真っ赤だった。目の淵も赤く腫れ上がっており痛々しい。このアリアンヌを見て、誰もが兄との別れを悲しみ、泣いていたのだろうと思うだろう。

 アリアンヌは感謝を告げ、皇女宮へ戻っていく。その背中を、立会人たちは痛ましそうに見送った。

 やがて扉が閉じられる。

 室内に残されたのは、皇太子アレクシスの遺体だけ。誰も、その遺体が偽物だとは気付かなかった。

 こうして。


 皇太子アレクシスは、正式に死亡した。


 部屋を出て、皇女宮へ戻る。

 その途中で、アリアンヌは認識阻害の魔法具を身につけた。金色の髪も、青い瞳も、皇族であることを示すものを、今は隠さなければならない。皇帝やその側近たちに見つかれば、ただでは済まないだろうからだ。

 けれど、そこまで考えたところで、アリアンヌの身体から力が抜けた。


「アリアンヌ様!」


 倒れそうになった身体を、デイルが咄嗟に支える。


「……ごめんなさい、デイル」

「謝られる必要はございません」


 そう言って、デイルは失礼しますと告げてから、アリアンヌを抱き上げる。

 伝わる温もりに、アリアンヌは申し訳なさを覚える。


「……ヘレネ、デイル。あとは、お願いします」

「はい」

「お任せください」

「お兄様のことも……」


 兄は今、デイルの空間魔法の中にいる。

 まだ、完全に安心できる状態ではない。


「わたくしの力が必要になったら……、いつでも、わたくしを呼んでください」


 自分の身体の事だから分かる。

 ……もう、限界にきている。身体の節々が痛い。あの時と、聖女の力を初めて使った時と同じ感覚がする。

 ヘレネとデイルには、この計画を立てた時に自分が聖女であることを告げていた。けれど二人から返ってきたのは、「存じておりました」という言葉だった。

 兄が何かあった時のためにと、二人にはすでに伝えていたらしい。

 そのことを思い返し、アリアンヌは兄がどこまでも自分のことを考え、守ろうとしてくれていたのだと改めて実感した。


「承知いたしました」


 ヘレネの返事を聞いて、アリアンヌは小さく頷く。

 もう限界だった。

 身体が重い。瞼を開けていることすら、辛かった。


「……ごめんなさい。少しだけ、休みます」

「はい。どうぞお休みください、アリアンヌ様」


 優しいヘレネの声を聞きながら、アリアンヌはゆっくりと目を閉じた。

 そして、そのまま意識を手放す。


 次にアリアンヌが目を覚ましたのは、それから一日後のことだった。


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