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【完結保証】女神の愛し子はだぁれ?  作者: 月瀬小春
第三章 本物の聖女の話

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1回目からの回帰

アリアンヌ視点の話です。


 アリアンヌはゆっくりと目を開けた。


「…………」


 ぼんやりとした視界に映ったのは、見慣れた天井だった。

 そのまましばらく天井を見つめていたが、やがてゆっくりと身体を起こす。

 見慣れた寝台。見慣れた部屋。窓から差し込む朝の光も、壁に飾られた調度品も、何一つ変わっていない。

 ここは、間違いなく自分の部屋だった。

 けれど。


「…………?」


 何かがおかしい。


 どうしてだろう。

 アリアンヌは首を傾げながら、もう一度、部屋の中を見回した。何も変わっていない。それなのに、妙な違和感がある。その理由を探すように視線を巡らせていた、その時だった。

 ふと、自分の手が視界に入る。


「……え?」


 思わず目を見開く。

 目の前にあるのは、ひどく小さな手だった。細くて、柔らかな指。見慣れた自分の手ではない。

 アリアンヌは慌てて両手を持ち上げ、自分の手を見つめる。


「……これは」


 幼い子供のような、小さな手。


 どうして。

 どうして、こんなに小さいのだろう。困惑しながら手を握ったり開いたりする。何度確かめても、それは間違いなく自分の手だった。

 それに、どことなく声も幼いような気がした。

 そこでようやく、胸の奥に奇妙な感覚が込み上げてくる。


 ――何かを忘れている。


 いや、忘れているのではない。

 思い出せないだけだ。


「……わたくし」


 自分は、いったい……。

 それを考えようとしたその時、扉の向こうから控えめな声が聞こえてきた。


「アリアンヌ様。入室してもよろしいでしょうか」

「……はい。どうぞ」


 返事をすると、ほどなくして扉が開く。


「おはようございます、アリアンヌ様」

「おはよう、ヘレネ」


 いつもと変わらない、穏やかな笑顔。

 けれど、アリアンヌの胸の内は穏やかではなかった。


「あの、ヘレネ」

「はい、何でしょうか」

「手鏡を持ってきてもらえますか?」

「かしこまりました」


 ヘレネはすぐに部屋を出ると、ほどなくして手鏡を持って戻ってきた。


「こちらでよろしいでしょうか」

「ありがとう」


 受け取った手鏡を、恐る恐る覗き込む。


「…………」


 そこに映っていたのは、幼い顔をした自分だった。

 見慣れた顔。けれど、十四歳の自分とは明らかに違う。まだ幼さの残る頬。少しあどけない瞳。そして、昨日までとは違う、小さな身体。


「わたくし……」


 鏡の中の自分を見つめながら、アリアンヌは呆然と呟いた。

 やはり、おかしい。これは夢なのだろうか。

 けれど、夢にしてはあまりにもはっきりとしている。


「ヘレネ」

「はい」

「……今は、何年の何月何日ですか?」


 突然の問いにも、ヘレネは不思議そうな顔をしながら答えてくれた。

 そして日付を聞いた瞬間、アリアンヌの心臓が大きく跳ねる。


 自分が死んだ時より、三年前の日付だった。


「もうすぐアレクシス様は、学園の最終学年に上がられますね。月日が経つのは早いものです」

「……そうですね」


 アリアンヌは、表面上は何でもないように微笑んだ。

 けれど。


 ――そんなはずがない。


 兄が最終学年に上がる。その言葉が、頭の中で何度も繰り返された。それは、一度目の人生で兄が死へ向かい始めた頃と同じだった。

 アリアンヌは手鏡を握り締める。幼い自分の顔が、鏡の中からこちらを見つめていた。



 それから、何日かが過ぎた。


 けれど、夢は一向に覚めなかった。

 朝になれば目を覚まし、夜になれば眠る。何度眠って、何度目を覚ましても、アリアンヌの身体は十一歳のままだった。

 もしかしたらこちらが現実で、十四歳まで生きたあの日々のほうが夢だったのではないか。ふと、そんな考えが頭を過ぎる。けれど、あれが夢だったとは思えない。

 兄を失った悲しみ。もう二度と会えないという寂しさ。そして、兄が死んだと知らされた時に感じた、胸が引き裂かれるような絶望。

 あの感情が、夢だったはずがない。あれほど鮮明な記憶を、ただの夢だと思うことはできなかった。

 ならばこれは、いったい何なのだろう。

 そう考えた時、アリアンヌの胸に一つの答えが浮かんだ。


 ――女神様が、慈悲をくださったのではないか。


 一度目の人生で兄を失い、そして自分もその後を追うように命を落とした。

 それでも、もう一度だけ。兄と生きる機会を女神様が与えてくださったのではないか。

 そう思えば、この奇跡にも納得がいく。


「……女神様」


 アリアンヌは胸の前で両手を組む。

 そして、静かに目を閉じた。


 自分にもう一度、生きる機会を与えてくださったこと。

 兄と過ごせる時間を、もう一度与えてくださったこと。


 そのすべてに感謝を込めて、祈りを捧げる。

 祈りを終えたアリアンヌは、ゆっくりと目を開いた。


 ――お兄様を失いたくない。離れたくない。生きていて欲しい。


 どうすれば兄を守れるのか。

 どうすれば、あの未来を変えられるのか。

 何も分からない。

 けれど、何も分からないからこそ、探さなければならない。


「……お兄様を、失わない方法を探さなくては」


 小さな手を、ぎゅっと握り締める。

 アリアンヌは、そう心に決めた。


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