2回目の人生 ⑥
ロザリア視点の話です。
聖女が巡礼の旅へ出されてから、二年が過ぎた頃だった。
辺境の地で聖女リリアーナ・ベルナールが死亡した。死因は、流行り病。聖女であっても病には勝てなかったのだという。
その知らせを聞いたロザリアは。
「……そう」
ただそれだけを呟いた。
かつて自分が憎んだ女。自分の人生を奪った女。けれど、今となっては、もう何も感じない。リリアーナは死んだ。それを聞いても、無関心でいることができた。
問題が起きたのは、その亡骸をどこへ埋葬するかという話になってからだった。
歴代の聖女の中には生涯独身を貫いた者たちもいる。彼女たちは清らかな乙女として、特別な墓所へ葬られることになっていた。
けれど、リリアーナは違う。皇太子と関係を持った。
そう、誰もが思っていた。
だからこそ、彼女をその墓所へ入れるべきではない。そんな声が上がったのだ。けれど念のためにと、亡骸を調べることになった。
――その結果。
教会関係者たちは言葉を失った。
聖女リリアーナ・ベルナールは、清らかな乙女だったのだ。誰とも肉体関係を持っていなかった。それが明らかになったのである。
「……は?」
その報せを聞いた瞬間、ロザリアは思わず声を漏らしまった。何度も聞き間違いではないかと確認した。けれど何度聞いても、答えは変わらなかった。
聖女リリアーナ・ベルナールは、清らかな乙女であったと証明された。
つまり、あの日。
アレクシスはリリアーナと関係を持っていなかった。
「………………」
ロザリアの思考が完全に停止した。
――本当に無実でしたの?
あの時、アレクシスは何もしていないと言っていた。罠に嵌められたのだと。何度も何度も、そう主張していた。
けれど、信じなかった。信じることが出来なかった。もっと言えば、聖女と関係を持ったうえ、その責任を聖女のせいにしようとするアレクシスに、幻滅さえしていた。
「無責任ですわ」と告げ、さらに「前々から聖女様と浮気をしていたではありませんか」とまで告げた。ロザリアがそう告げたことで、アレクシスと聖女の不貞に信憑性が増したのか、ロザリアたちに有利な流れとなっていた。
そして、その結果、アレクシスは死んだ。
「………………」
ロザリアはゆっくりと両手で顔を覆った。
――本当に、無実でしたの!?
心の中で絶叫する。
さらにもう一つ気付いてしまった。聖女を焚きつけたのは自分。媚薬がリリアーナの手に渡るよう手配したのはクロード。そして最初にあの現場を発見し、悲鳴をあげたのは。
――自分たちだった。
「………………」
ロザリアはゆっくりと顔を上げる。隣にいたクロードを見た。クロードもこちらを見ていた。
しばらく、二人の間に沈黙が落ちる。
「………………」
「………………」
やがてロザリアは静かに口を開いた。
「……本当に、無実だったようですわね」
「……そうのようだな」
クロードも短く答えた。そして二人は再び沈黙した。
その後。
事実を知った帝国は、当然黙ってはいなかった。
リリアーナの亡骸を調べた際、その場には帝国の騎士も立ち会っていた。魔法で診断をするので、男性がいても問題ない。だからこそ騎士の立ち会いが許されていた。
そしてその騎士は、聖女が清らかな乙女であるという事実を知ると、すぐさま皇帝へ報告した。
報告を受けた皇帝はすぐに理解する。
――皇太子アレクシスは、本当に罠に嵌められていたのだと。
そしてあの日、隣国の王太子クロードと、皇太子の婚約者だったロザリアが、あまりにも都合よく現場へ現れたこと。さらにクロードが異様なほど処罰を急がせた理由。婚約者だったロザリアが、アレクシスは前々から聖女と不貞をしていたと告げたことで、アレクシスが聖女と関係を持ったという疑惑は、より確かなものとして受け止められた。だからこそ、クロードは一刻も早くアレクシスを処罰するよう求めたのだろう。
――すべて、最初から仕組まれていたのだ。
それを知り、怒り狂った皇帝は事実を世界中へ向けて発信した。皇太子アレクシスは無実だった。隣国の王太子とかつて皇太子の婚約者だった女によって、罠に嵌められたのだと。
そして、さらに。
皇帝はアストリア王国へ、正式に宣戦を布告した。
◇
その知らせを受けた時、ロザリアは再び言葉を失った。
「……戦争?」
「そうだ」
クロードが平然と答える。
「帝国が、我が国へ宣戦を布告した」
「…………」
ロザリアはゆっくりと目を閉じた。
確かに自分たちはアレクシスを罠に嵌めた。結果として彼は死んだ。
――けれど。
ゆっくりと目を開いて自分の目の前にいる夫を見る。
クロード。ロザリアが選んだ男。自分をこの国へ連れて来てくれ、自分に愛を与えてくれた人。今のロザリアには愛する夫がいる。守りたい生活がある。ようやく手に入れた、幸せがあるのだ。
それを失いたくはない。
「……仕方がありませんわね」
ロザリアは静かに微笑んだ。
「ロザリア?」
「帝国のことについてでしたら」
ロザリアはゆっくりと口を開いた。
「わたくしが知っていることを、すべてお話しいたしますわ」
クロードの眉が僅かに上がる。
「……いいのか?」
「もちろんですわ」
ロザリアはにっこりと、美しい笑みを浮かべた。
「確かに、アレクシス様は本当に無実だったのかもしれません」
自分で告げていて、胸の奥が少しだけ痛む。
けれど、それは過去のことだ。過去のことは、全て帝国に置いてきた。
だから。
「ですが、今さら何だというのです」
ロザリアの瞳がゆっくりと細められる。
「せっかく手に入れた幸せを、今さら壊されてなるものですか」
こうして、積み重なった疑念と怒りはついに戦火となり、アストリア王国と神聖ルミナリア帝国の戦争が始まった。
◇
戦争は、二年後に終結した。
結果はアストリア王国の勝利。神聖ルミナリア帝国の敗北だった。
帝国が敗北した理由は、決してロザリアが帝国の情報をアストリア王国へ渡したことだけではない。その敗北は、戦争が始まるよりも前からすでに決定づけられていたのかもしれない。
アレクシスを処刑した際に、皇帝は皇太子の側近候補であった者たちと、その一族にも連座の罪を適用した。その結果、多くの貴族たちが処刑されたのだ。
その中には帝国の宰相、騎士団長、魔導士団長。
帝国を支える、そうそうたる者たちの名があった。
騎士団は優秀な人材を失った。魔導士団も同じだ。新たな人材を補充し、失われた穴を埋めようとしても、一度崩れた組織をすぐに元へ戻すことは出来ない。その影響は大きかった。
そんな状態で帝国はアストリア王国との戦争へ突入したのである。
長く、苛烈な戦いが続いた。
けれど弱体化していた帝国軍は次第にアストリア王国に押されていった。そして戦争の最中、皇帝が命を落とす。その死が、帝国へ決定的な混乱をもたらした。
皇帝を失った帝国は、もはや戦争を続けることが出来なかった。そして帝国は敗北を認めたのだ。
――戦争は、終わった。
二年に及んだ戦いは、アストリア王国の勝利で幕を下ろす。神聖ルミナリア帝国は敗北し、アストリア王国は勝利した。ロザリアは遠い地にあった祖国を思い浮かべる。かつて自分が生まれ育った国。自分が皇太子妃となるはずだった国。
けれどもう、そこは自分の帰る場所ではない。
すべて、終わったことなのだ。
そうして、戦争が終結した後。
アストリア王国では、神聖ルミナリア帝国を属国とする案も持ち上がった。敗戦国となった帝国を支配下に置く。勝者としては、決して不自然な話ではない。しかし、その案が実現することはなかった。
そもそも、今回の戦争の発端となったのは何だったのか。世界中がそれを知っていたからだ。
神聖ルミナリア帝国のアレクシス皇太子は、アストリア王国の王太子と、当時の婚約者によって罠に嵌められた。その結果、皇太子は処刑されたのだ。
真実が明らかになったことで神聖ルミナリア帝国はアストリア王国へ宣戦を布告したが、戦争を始める原因を作ったのは、間違いなくアストリア王国側だった。
そのため、帝国を属国とする案が持ち上がると、世界各国から厳しい非難の声が上がったのだ。罠に嵌め、皇太子を死に追いやった。その結果として始まった戦争に勝利したからといって、さらに敗戦国を支配するつもりなのか。そう非難されたのである。
さらに教会も、神聖ルミナリア帝国を属国とするなら、アストリア王国から教会は撤退する。そう宣言したのだ。国から教会が消えるということは、実質的に女神から見放されること。――すなわち、破門に等しかった。
その宣言を受け、アストリア王国は最終的に、帝国を属国とすることを断念するほかなかった。
その後、属国となることをまぬがれた帝国では。
戦争を終えた神聖ルミナリア帝国には、新たな皇帝が必要だった。皇位に就いたのは、十四歳のアリアンヌ皇女。幼い少女の肩に、あまりにも大きな責任がのしかかった。
ロザリアはその報せを聞いた時、複雑な気持ちになる。アリアンヌに対して悪い感情を抱いたことはない。むしろ前の人生でも今回の人生でも、アリアンヌはいつだってロザリアを慕ってくれていた。
まだ幼い少女だった。そんなアリアンヌが、兄を失い、父を失い、戦争に敗れた国を背負うことになる。そのことにロザリアは深い同情を覚えた。
だからロザリアはアリアンヌへ約束をした。神聖ルミナリア帝国が再び立ち上がるため、出来る限りその復興を支援すると。アストリア王国の王太子妃として、そしてかつて帝国で生まれ育った者として。出来ることをすると約束したのである。
それから、戦争終結から一年が過ぎた頃。
アリアンヌは皇位を退いた。
復興への道筋がある程度立ったからというのが理由だった。そして、その他にも身体が弱いこと、前皇帝の実の娘として、帝国が招いた戦争の責任を取ること。
それが十五歳の少女が下した決断である。
皇位は前皇帝の実弟である大公へと譲ることとなった。
こうして、幼い少女の皇帝としての日々は、短い時間で終わりを迎えたのである。
丁度アリアンヌが皇位を退く、少し前。
ロザリアのお腹には新たな命が宿っていた。その事実を知った時、ロザリアは心から幸せだと思った。愛する夫がいる。守りたい国がある。そして、これから生まれてくる子供がいる。
もう、失うものなどない。これから先もこの幸せは続いていく。
そう、信じて疑わなかった。
――けれど。
ある日。
ロザリアはヴァレンティア公爵家の自室で目を覚ました。
「………………」
見慣れた天井。見慣れた部屋。そして見慣れた家具。
ロザリアはゆっくりと瞬きをする。
何かがおかしい。けれど何がおかしいのか、すぐには分からなかった。
ぼんやりとした頭で、室内を見回す。
そして机の上に置かれているものを見つけた。
――帝立学園の予定表。
「………………」
ロザリアはじっとそれを見る。
もう一度目を瞬く。
それでも、その予定表は机の上にあった。
「……は?」
ロザリアの声が静かな部屋に響く。
けれど、その声を聞く者は誰もいない。
こうして、二度目の世界は閉じ、三度目の世界が始まるのであった。
これでロザリア編は終了です。
次から違う人物視点の話となります。
よろしければ、そちらもお付き合いくださいますと嬉しいです。




