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【完結保証】女神の愛し子はだぁれ?  作者: 月瀬小春
第二章 悪役令嬢は悪役令嬢だった話

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2回目の人生 ⑤

ロザリア視点の話です。


 アレクシスは、自分は罠に嵌められたのだと主張していた。

 聖女に何もしていない。自分は聖女の魔法によって意識を失わされ、気が付いた時には貴賓用休養室の寝台にいたのだと。

 けれど、リリアーナの証言はまったく異なるものだった。彼女はアレクシスと熱いひと時を過ごしたのだと主張する。そしてその言葉を裏付けるように、寝台に残されていたシーツには赤い血の痕があった。

 さらに、その場には皇太子の婚約者であるロザリアと、隣国アストリア王国の王太子であるクロードもいた。他にもロザリアの悲鳴を聞きつけて駆け付けた警備の者や教師たちが、現場の様子を目撃している。

 アレクシスが本当に聖女と不貞を働いたのか。そう疑問を抱いた者がいなかったわけではない。むしろ皇太子であるアレクシスがそのように軽率な行動を取るだろうか。そう内心で首を傾げた者も少なくなかった。アレクシスはこれまで一度たりとも問題を起こしたことがない。それどころか、皇太子として常に模範的な振る舞いをしてきた人物だ。

 だからこそ。


 ――本当に、あの皇太子殿下が?


 そう思った者も大勢いた。けれど、現場にはあまりにも多くの証拠が揃っていた。

 寝台の上で裸体をシーツで隠していた聖女。上半身はシャツ一枚だけを身につけ、前を大きくはだけた格好で眠っていた皇太子。そして聖女自身による証言と、寝台のシーツに残された血の痕。

 さらにその現場を目撃した隣国アストリア王国の王太子であるクロードまでいた。彼は皇太子への処罰を求め、厳しく追及したのである。

 そのクロードの前で、アレクシスを庇うことが出来る者はいなかった。


 ――本当に、罠ではないのか?


 そう思っても、その疑問を口にすることは出来なかったのだ。クロードの追及が激しかったせいで。


「婚約者でもない女性を、ましてや世界で唯一の聖女をこのような形で扱ったのですか!」


 神聖ルミナリア帝国の皇帝の前で、クロードは怒りを隠そうともせず声を荒げた。


「これは帝国の皇太子として許される行為なのですか!?」


 隣国の王太子からの厳しい追及。それだけではない。ヴァレンティア公爵家からも、皇室へ正式な抗議が届けられた。

 長年、皇太子妃となるために教育を受けてきた娘。その皇太子が、よりにもよって聖女と不貞を働いた。それは筆頭公爵家としても、到底看過出来るものではなかったのだ。

 アレクシスは繰り返し、何もしていない、自分は罠に嵌められた。調査をすれば分かるはずだと主張した。

 しかし、クロードは調査を行うべきだという声を許さなかった。


「何のための調査ですか」


 冷たい声だった。


「現場を目撃した者がこれほどいます。聖女本人も認めていらっしゃる。さらに、その証拠まで残されているのですよ」


 クロードの赤い瞳が皇帝を真っ直ぐに見据える。


「それでもなお、皇太子殿下だからだという理由で、時間を稼ぐおつもりですか?」


 皇帝は、もはやアレクシスを庇うことも、時間をかけて調査すると言うこともできなかった。

 ここで判断を引き延ばせば、帝国が皇太子を庇っていると受け取られる。それは国内だけの問題では済まされない。隣国の王太子がこの件を見ていた。そして、世界で唯一の聖女が当事者なのだ。その当事者が、アレクシスとの件を認めている。もはや皇太子を庇うことは出来なかった。

 結果として、皇帝は判断を下した。


 ――皇太子アレクシスの廃嫡。それに伴い、ロザリア・ヴァレンティア公爵令嬢との婚約を解消。


 皇太子有責。その形でアレクシスは皇太子の地位を失い、長年続いた二人の婚約も正式に解消された。

 その知らせを受けた時、ロザリアはようやく胸の奥にあったものが一つ消えていくのを感じた。まさかアレクシスが廃嫡されるとは思わなかったが、これでアレクシスとの関係は終わった。

 けれど、ここからが本番だ。


 婚約の解消が決まった後。


「……しかし」


 クロードがふと口を開く。


「彼女があまりにも不憫ではないですか」


 ロザリアはちらりと彼を見た。


 ――始まりましたわね。


 内心でそう思いながらも、表情には何も出さなかった。


「長年、皇太子妃となるための教育を受けてきたのでしょう」


 クロードは皇帝へ向けて言う。


「それにもかかわらず、婚約者に裏切られた。しかも、その相手は聖女様です」


 その声にはわずかな怒りが含まれていた。


「これほどの仕打ちを受けた彼女が、このまま帝国に留まるのですか?」

「……クロード殿」

「帝国にいる限り、彼女は今回の件を何度も思い出させられることになるでしょう」


 赤い瞳がゆっくりと細められる。


「それならば。もし、ロザリア嬢さえ望むのであれば、我がアストリア王国で受け入れたく思います」


 その言葉に周囲の空気が僅かに変わる。

 皇帝はすぐには答えなかった。ロザリアは静かに目を伏せる。


「……ロザリア嬢」


 やがてクロードがこちらを見た。


「君は、どうしたい?」


 その問いに、ロザリアはゆっくりと顔を上げた。


「……わたくしは」


 一度だけ言葉を止める。

 そして、静かな声で告げた。


「この国にいることが、辛うございます」


 その言葉に皇帝の表情が僅かに動いた。


「これまでわたくしは、アレクシス様の婚約者として生きてまいりました」


 嘘ではない。だからこそ、その声には自然と寂しさが混じった。


「けれど、その未来は失われました」


 長い沈黙が落ちる。


「……これからも、この国に留まり続けることは、わたくしには少々辛うございます」


 しばらく誰も何も言わなかった。

 そして皇帝は深く息を吐く。


「……分かった」


 その声には、諦めが滲んでいた。


「ロザリア・ヴァレンティア嬢が望むのであれば、アストリア王国への移住を許可する」


 その瞬間、ロザリアは喜びで胸が満たされる。それを悟らせないよう、表情はあくまでも寂し気に。

 そうして。


「ありがとうございます、陛下」


 深く、優雅に頭を下げる。けれど、頭を下げたロザリアの口元は緩んでいた。

 ロザリアの瞳にはもう迷いはない。

 こうしてロザリアは、神聖ルミナリア帝国を去ることとなり、アストリア王国へ渡ることが決まった。

 


 ◇



 そして、アストリア王国へ渡ってから、しばらくの時が過ぎた。


 ロザリアとクロードの婚約は、両国の間でも正式に認められた。神聖ルミナリア帝国の筆頭公爵家の令嬢と、アストリア王国の王太子。その婚約は、両国にとって決して小さな意味を持つものではなかった。

 婚約者に不貞を働かれ、長年の婚約を解消することとなった令嬢。そして、それを陰ながら支え続けた自国の王太子との恋。そんな悲劇の物語のヒロインとして、ロザリアはアストリア王国の国民に迎え入れられた。

 もう、皇帝の気分一つで何かを奪われることはない。クロードとの婚約も正式なものとなったので、これでようやく一安心出来る。ロザリアにとっては、アストリア王国に来たことで、ようやく自分の足元が固まったような気がしていた。

 そう思っていた、矢先のことだった。

 ロザリアのもとへ一通の報せが届いた。


 ――神聖ルミナリア帝国アレクシス元皇太子殿下が、処刑された、と。


「…………え?」


 その報せを聞いた瞬間、ロザリアはしばらくその意味を理解出来なかった。


「……処刑、された?」

「はい」


 侍女が沈痛な面持ちで頷く。


「婚約者でもない女性。それも、世界で唯一の聖女の身を汚した罪により、毒杯を賜ったと……」


 ロザリアは言葉を失った。

 アレクシスが死んだ。あのアレクシスが、もう、この世にはいない。

 胸の奥が僅かに痛んだ。


「……そんな」


 小さく声が漏れた。

 ロザリアはアレクシスに裏切られたと思っている。だから彼との婚約を解消したかった。もう彼のそばにはいたくないと、そう思っていたから。

 しかし、死んで欲しかったわけではない。そんなことを望んだことは、一度もなかった。


 けれど。


 よく考えてみれば、あの皇帝のことだ。自分の息子であろうと、皇太子として許されない罪を犯したのであれば、容赦はしない気がした。まして相手は世界で唯一の聖女。そしてその現場を隣国の王太子にまで見られているのだ。

 あの苛烈な皇帝なら、こうなることも仕方がなかったのかもしれない。そう考えて、ロザリアはゆっくりと目を伏せる。

 胸が痛まないわけではない。長い間、一緒にいたのだから。

 それでも。


「……アレクシス様が、悪いのですもの」


 そう、呟く。自分に言い聞かせるように。

 だって、悪いのはアレクシスではないか。婚約者がいるにもかかわらず、聖女と関係を持ったのだから。たとえ仕組まれたものだとしても、聖女に手を出したのはアレクシスなのだ。

 そして、その結果、自らの立場を失い、最後には命まで失った。


 ――あの時と。わたくしの前の人生と、同じになっただけですわ。


 そう思うことにした。

 罪を犯したのだから、償うのは当然だ。

 だから。


 ――わたくしは、間違えていない。


 そう、胸の奥でもう一度だけ自分に言い聞かせた。



 ◇



 それから、しばらくして。

 

 神聖ルミナリア帝国から、また一つの噂が届いた。

 聖女リリアーナが、巡礼の旅へ出されたという。不貞という罪を犯した聖女に対する処罰として、各地の教会を巡り、人々のために祈りを捧げる。その名目でリリアーナは帝都から遠く離れた地へ送られたらしい。

 世界で唯一の聖女といっても、神話時代のように世界が瘴気に侵されているわけではない。聖女が絶対に必要というわけではないのだ。治癒能力は優れているが、能力そのものよりも、聖女が存在することで女神の威光を感じられる。今ではもう、それだけの存在に過ぎない。最も、信者たちにとっては聖女が誕生した証こそ、女神がこの世界を見守ってくださっているという証なのだ。だからこそ、大切に扱われるのである。

 

 ロザリアはリリアーナが巡礼の旅に出されたと聞いても、特に何も思わなかった。もう自分には関係のないことだと感じていた。

 あの国を去り、クロードと婚約し、そして正式に夫婦となった。今のロザリアにはアストリア王国での生活がある。だから神聖ルミナリア帝国で何が起ころうとも、それはもう、遠い国の出来事だった。


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アレクシス様かわいそす…
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