①
「ロザリア・ヴァレンティア公爵令嬢。皇太子殿下との婚約は、本日この場をもって破棄していただきます。これ以上、殿下をお縛りすることは、我々には看過できません!」
高らかな声が広間に響き渡る。
その瞬間、リリアーナは胸の奥が高鳴るのを感じていた。ついにこの時が来たのだ。
リリアーナが前世で夢中になっていた乙女ゲームや恋愛小説で、何度も見てきたこの展開。
――断罪イベントが、ついに来た!
卒業パーティーで皆に聞こえるよう宣言しているのは宰相子息であるセドリック・ハートフォード。彼は侯爵令息であり、紺色の長髪にアイスブルーの瞳、眼鏡をかけたインテリ系の美男子だ。
そんな彼が自分の為に、とリリアーナはうっとりした気持ちでセドリックを見詰めていた。しかし、セドリックばかり見ていては大事な場面を見逃してしまう。名残惜しく思いながら、視線を前方に移す。
視線の先にいるのは、燃えるような赤い髪を持つ美しい令嬢。ロザリア・ヴァレンティアが凛とした姿で立っていた。
皇太子アレクシスの婚約者にして、帝国でもっとも高位な公爵家の令嬢。見る者を射抜くような紫の瞳。背筋は真っ直ぐに伸び、扇を手にした姿は少しの隙もない。まさに完璧な淑女の姿である。
しかし、リリアーナにとっては。
ロザリア・ヴァレンティアは、悪役令嬢そのものだった。
「……婚約破棄?」
ロザリアが不思議そうな表情でセドリックを見る。その口元には薄く笑みが浮かんでいた。ゆっくりとセドリックやリリアーナたちを見回し、口を開く。
「それは、どなたのご意思かしら?」
「決まっている! アレクシス皇太子殿下のご意思だ!」
「まあ」
ロザリアの問いに答えたのは騎士団長子息のルーカス・ウォルターズ。彼は伯爵家の次男で、深緑の短髪に緑色の瞳をした俺様系イケメンだ。
ルーカスの返答に、ロザリアは薄く笑みを浮かべる。
「それでは、アレクシス様ご本人から伺いますわ」
「……なに?」
「ここにはアレクシス様はいらっしゃらないでしょう?」
そう言われて、リリアーナは初めてアレクシスがいないことに気が付いた。
婚約者であるロザリアに婚約破棄を告げているのに、当人である皇太子がこの場に姿を見せていない。そのことに他の貴族たちも気付いたのか、ひそひそと話す声が聞こえ始める。
「え、ええ。殿下はお忙しい身です! ですから我々が代わりに――」
「代わりに?」
会場の雰囲気に慌てた様子でセドリックが口を開く。けれど、セドリックが言い終わる前にロザリアが眉を上げ、言葉を被せてきた。
「貴方たちが、皇太子殿下に代わってわたくしへ婚約破棄を告げると?」
「そうですよ! 殿下のお手を煩わせるわけにはいきませんからね!」
ロザリアを睨みつけながら言葉を発したのは、魔導士団長子息ルシアン・クロフォード。彼は伯爵家三男で、栗色のくるくるとした癖の強い髪に琥珀色の瞳をした、わんこ系美少年である。
胸を張って告げたルシアンに、ロザリアは可笑しそうに目を細めて笑みを浮かべた。
「……そうですの。でしたら、なおさら不可解ですわね」
「何がですか!」
「アレクシス様は、卒業式が終わったあとに行われるこのパーティーを欠席なさると、わたくしには事前にお伝えくださっておりますもの」
「え……?」
リリアーナは思わず声を漏らす。
「殿下は、今日この場にいらっしゃらないことを決めておられたのですか?」
「ええ。ですから、わたくしも存じておりましたわ」
困惑したようにロザリアに尋ねたのは、神聖ルミナリア帝国教会支部の大司教子息エドワード・ハミルトン。水色の髪を肩口で切り揃え、紺色の瞳をした神秘的で儚い系の美青年。
皇太子の側近候補である彼ら四人に、守られるようにしてリリアーナは立っていた。そんなリリアーナたちを前にしても、ロザリアに動揺は見られない。
「それなのに、貴方たちは殿下のご意思だと仰るのですね?」
「そ、それは……!」
ルーカスが言葉に詰まる。
「殿下は我々にそう仰ったのです!」
「いつ?」
「……それは」
「殿下が、貴方たちに婚約破棄を命じたと?」
「そうだ!」
「では、その証拠は?」
「我々が証人です!」
自信満々に告げるセドリックに他三人も頷く。ここで、リリアーナは思わず首を傾げた。
――あれ? ……そういえば、断罪イベントって普通は王子様本人がするんじゃなかったっけ?
何だか思っていた断罪イベントと違う。そう思った。
けれど、まあ。
「……まあ、いいか」
そう、小さく呟く。だってせっかくここまで来たのだ。ここまで来るのに大変な思いをした。だから、きっと大丈夫。細かいことなんて、どうとでもなるに違いない。
なぜなら、リリアーナは知っている。
ロザリア・ヴァレンティアは、皇太子に婚約を破棄される悪役令嬢なのだから。
そして、リリアーナは。
――私は、皇太子殿下に愛される聖女なんだから!
そう。
だから少しくらい違っていても、きっと何とかなる。
リリアーナはそう信じて、微笑んだ。




