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【完結保証】女神の愛し子はだぁれ?  作者: 月瀬小春
第二章 悪役令嬢は悪役令嬢だった話

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1回目の人生 ③

ロザリア視点の話です。


 それから、月日は流れ。


 セドリックたちによる突然の婚約破棄。

 卒業パーティーであのような騒ぎを起こした以上、皇城へ連れて行かれることは覚悟していた。あまりにも身勝手な宣言ではあったけれど、場所が場所だった。帝立学園の卒業パーティーには多くの貴族が集まっていた。その会場で皇太子と婚約者との婚約破棄を宣言したとなれば、このまま何事もなく終われるはずがない。

 皇太子であるアレクシスの判断を仰ぐため、皇城へ連れて行かれる。ロザリアはそう考えていた。

 だから皇城へ到着した時も特に驚きはしなかった。


 けれど。


 皇城へ入ったところで、ロザリアはふと違和感を覚えた。四人の令息とリリアーナが、別の方向へ案内されていったのだ。

 ロザリアは思わずそちらへ視線を向ける。セドリックたちも何が起きているのか分からないようだった。リリアーナは不安そうな表情を浮かべている。

 その様子を見ていたら、ロザリアは別の場所へ行くよう促された。


「……わたくしは、皆様とは別なのですか?」


 問いかけても、案内をしている者は答えない。


「こちらへ」


 ただ、それだけを告げられる。そのことに眉を寄せた。

 何かがおかしい。そう思った。

 婚約破棄の件について話を聞かれるのなら、同じ区画の部屋に関係者全員いた方が話を聞きやすいのではないだろうか。別々の部屋に案内されることは分かる。けれど、全く違う方向に案内されることに違和感を拭えなかった。

 進むにつれて周囲の景色が変わっていく。普段、ロザリアが足を踏み入れることのない場所だ。華やかな皇城の中央部から離れ、次第に人の気配も少なくなっていく。


 そして。


「……ここは」


 ロザリアは足を止めた。目の前にある建物を見て、言葉を失う。

 空中回廊の先にある建物。


 ――西塔。


 皇城の中でも限られた者しか近づくことを許されない場所であり、厳重な警備の敷かれた場所。

 そこにあるのは。


「まさか……」


 呟いたロザリアへ、案内役は何も答えなかった。

 空中回廊を進み、西塔の階段を登っていく。そして最上階に辿り着き、案内役は静かに扉を開けた。


「どうぞ」


 一瞬、ロザリアは動けなかった。

 卒業パーティーで起きた騒動について、話を聞かれるのだと思っていた。婚約破棄の件について、事情を確認されるのだと。


 ――どうして、わたくしが。


 胸の奥に、嫌な予感が広がっていく。

 それでも、この場で騒ぎ立てることは出来なかった。

 ゆっくりと息を吐く。そして、貴人牢の中へ足を踏み入れた。



 ◇ 



 それから、三日が過ぎた。


 その間、ロザリアは何度も考えた。

 なぜ自分が貴人牢へ連れて来られたのか。卒業パーティーで起きた騒動とは別に、自分には何か罪があると判断されたのか。けれど、何を疑われているのかが分からない。

 考えれば考えるほど、答えは見つからなかった。


 そして三日目。


 部屋の扉が開いた。ロザリアが顔を上げる。


「アレクシス様」


 そこに立っていたのは、アレクシスだった。けれど、いつものように穏やかな表情を浮かべてはいない。その表情は、とても静かだった。


「座ってくれ」


 静かな声で告げられ、僅かに眉を寄せる。促されるまま部屋に置かれたソファへ腰を下ろす。アレクシスも向かい側へ座った。

 沈黙が落ちる。ロザリアは静かにアレクシスを見つめていた。


「……卒業パーティーでの件について、お話があるのでしょうか」

「いや」


 短い返答だった。


「では、なぜわたくしはここへ?」


 問いかけると、アレクシスがロザリアを真っ直ぐに見る。青い瞳には、悲しみの色が浮かんでいるように見えた。けれど、瞬きをして再び目を開いた時には、その瞳からは何の感情も読み取れなかった。


「ロザリア・ヴァレンティア公爵令嬢。貴女を、聖女リリアーナ・ベルナール暗殺未遂の容疑者として断定する」


 一瞬、ロザリアはその言葉が理解出来なかった。


「……何ですって?」

「聖女暗殺未遂の容疑だ」


 淡々と、もう一度告げられる。

 ロザリアの目が大きく見開かれた。


「……わたくしが?」

「ああ」

「まさか」


 思わず、笑いそうになった。何を言っているのだろう、この人は。そう思ってしまう。


「アレクシス様。何かの間違いではありませんの?」

「間違いではない」


 あまりにも静かな声だった。


「では、証拠はございますの?」


 ロザリアはアレクシスを見据えた。


「まさか皇室は、筆頭公爵家の娘に罪を被せるおつもりですの?」

「そのようなことをする必要はない」


 アレクシスは表情を変えなかった。


「君を容疑者とするに足る根拠が揃っている」


 ロザリアの表情から、笑みが消える。


「……根拠?」

「ああ」


 アレクシスは淡々と語り始めた。


「暗殺未遂犯に、過去視の魔法を使用した」


 その言葉に、ロザリアの指先が僅かに強張る。


「そこで、犯人が裏ギルドと繋がっていることが判明した。その後、裏ギルドの摘発を行った」


 静かな声が続く。


「調査の結果、聖女暗殺の依頼が、裏ギルドの正式な経路を通して行われたことが分かった」


 ロザリアは黙って聞いていた。


「依頼経路を一つずつ辿った。その結果、聖女暗殺へ繋がった経路が、大聖堂の告解室に行き着いた」


 ロザリアの心臓が跳ねる。けれど、表情に出すことはない。

 アレクシスはロザリアから視線を逸らすことなく、話を続けた。


「裏ギルドと繋がっていた神父にも、過去視の魔法を使用した」


 ロザリアは、ゆっくりと息を吸う。


「そこに、君がいた」


 沈黙が落ちた。


「……それだけですの?」


 ロザリアは静かに問い返す。


「わたくしが大聖堂で告解をした。それだけではありませんか」

「告解をしただけなら、そうだろう」

「でしたら」


 ロザリアは僅かに首を傾げる。


「単なる偶然にすぎませんわ」

「そうかもしれない」


 アレクシスは否定しなかった。そのことが、かえってロザリアを警戒させる。


「けれど、君は裏ギルドに関する情報を知り得る立場にあった。筆頭公爵家の娘として、皇太子の婚約者として。君には、一般の貴族令嬢よりも多くの情報へ触れる機会があった」


 ロザリアは何も答えない。


「そして、君が告解室で行った行動を経て、聖女暗殺の依頼が実行された」

「だから、それは偶然ですわ」

「……そうかもしれない」


 アレクシスの声色は変わらない。


「君が何も知らず、偶然その行動を取った可能性はある」


 ロザリアは、僅かに眉を寄せた。


「けれど」


 アレクシスの青い瞳が、真っ直ぐにロザリアを捉える。


「裏ギルドの情報を知り得る立場にあった君が、その方法を取った直後に聖女暗殺が実行された。それを単なる偶然として扱うことは出来ない」


 ロザリアは何も言わなかった。ただ、目の前にいるアレクシスを見つめていた。


「……それでも」


 ゆっくりと口を開く。


「わたくしが告解を行ったことと、聖女様の暗殺未遂に何の関係があるとおっしゃいますの?」


 アレクシスは答えなかった。ただ静かに、ロザリアを見ていた。


「……君は、大聖堂を訪れる数日前に、花屋へ侍女を遣わせている」


 ロザリアの表情が僅かに強張る。


「スノードロップを五本。黄色のフリージアを三本。ユーカリとかすみ草を添え、ワインレッドのリボンで結んだ花束だ」


 淡々と告げられる。

 ロザリアは、黙っていた。


「そして、その五日後。君は大聖堂を訪れた」

「……それが、何だとおっしゃいますの?」

「その時、君のハンドバッグにはワインレッドのリボンが結ばれていた」


 ロザリアの指先が、ぴくりと動く。


「さらに、告解を終えた君はお布施を置いている。その袋にも、同じリボンが結ばれていた」


 ゆっくりとアレクシスは話す。ロザリアは、沈黙することしか出来なかった。


「……ロザリア。なぜだ? 公爵令嬢である君が、花束に使われていたリボンを自分の持ち物に結び付ける」


 アレクシスの声は、どこまでも静かだった。


「常識的に考えて、あり得ない」

「…………」

「まして、そのリボンをわざわざお布施の袋へ結び付ける理由は何だ」


 ロザリアの唇が僅かに開く。けれど、言葉は出てこなかった。


「なぜ、そうした?」


 もう一度、問いかけられる。

 ロザリアは何も答えられなかった。答えられるはずがない。偶然だと言うことは出来る。気まぐれだったと誤魔化すことも出来る。

 けれど。


 ――それなら、なぜ花束のリボンだったのか。


 なぜ、わざわざそれをハンドバッグへ結び付けたのか。なぜ、その同じリボンを、お布施の袋へ結び付けたのか。それらすべてに、意味がなかったと説明することは出来ない。

 黙り込むロザリアにアレクシスは淡々と告げる。


「スノードロップは暗殺依頼。五本で、五日後」

「…………」

「黄色のフリージアは午後。三本で、午後三時」


 アレクシスの声は、どこまでも静かだった。


「ユーカリは依頼場所を示す。そして、そのユーカリの示す場所は大聖堂の告解室」


 ロザリアは指先を強く握る。


「裏ギルドへの依頼は、花屋でワインレッドのリボンを指定する。合言葉は『きゅっと結んで』。そうして花束を受け取った依頼人は、そのリボンを身につける」


 ロザリアは理解した。……すべて、調べは済んでいるのだと。


「その後、同じリボンを依頼金の袋へ結び付ける」


 アレクシスは、静かに問いかけた。


「これらの行動を、君はすべて満たしている。……ロザリア。釈明はあるか?」


 アレクシスの言葉に。

 ロザリアは、ただ黙り込むしかなかった。

 こうして、ロザリア・ヴァレンティアは聖女暗殺未遂の容疑者として裁かれることとなった。


 

 ◇

 


 ロザリアは死罪を言い渡された。

 聖女暗殺未遂という大罪を考えれば、妥当である。

 

 そして、処刑を翌日に控えた日。


 その日もアレクシスはロザリアの元を訪れた。これまでにも何度か彼はここへ来ていた。けれど、ロザリアは一度として口を開かなかった。

 何を問われても答えない。ただ、黙って窓の外を眺めていた。もう、何も告げることがなかったからだ。

 だから、その日もアレクシスが部屋へ入って来ても何の反応も示さなかった。


「……最後の食事に、何か希望はあるか」


 静かな声が響く。ロザリアは何も言わない。

 しばらく沈黙が続き、やがてアレクシスが小さく息を吐いた。


「分かった。では、こちらで用意しよう」


 ロザリアは窓の外を見たままだった。

 アレクシスの声にも、何の反応も示さないでいた。


「デザートには桃のコンポートを付けておく。……好きだっただろう?」


 その瞬間、ロザリアの眉が僅かに動く。思わずゆっくりとアレクシスを振り返った。

 桃のコンポート。

 それは。


 ――アリアンヌ様が、お好きなデザートではございませんか。


 確かに、アリアンヌが嬉しそうに食べている姿を見たことがある。一緒に食べて美味しいと笑い合ったこともあった。

 けれど。


 ――わたくしは、一度も好きだと言ったことはありませんわ。


 桃のコンポートが嫌いなわけではない。ただ、特別好きなわけでもなかった。

 どうして、それを自分の好物だと思ったのか。

 呆れと、怒り。そして、どうしようもない感情が胸の奥に湧き上がってくる。


 ――最後まで、わたくしを見ていなかったのね。


 あまりの惨めさに、俯いて唇を噛み締めた。


「……一つ、お伺いしてもよろしくて?」

「ああ」


 久しぶりに聞いたロザリアの声に、アレクシスが僅かに目を見開く。

 ロザリアは、静かに問いかけた。


「わたくしが処刑された後。……アレクシス様の婚約者は、どなたがなりますの?」


 ロザリアが問いかけた瞬間、アレクシスから表情が消えた。穏やかに話していた様子から一転、無表情となる。ロザリアはその変化を見逃さなかった。

 アレクシスは沈黙する。


 あまりにも、長い沈黙だった。


「……アレクシス様?」


 ロザリアが問いかけるように名を呼べば、目を伏せたアレクシスは諦めたように告げる。


「……聖女リリアーナ・ベルナールだ」


 静かな答えだった。

 その瞬間。


 ロザリアの中で、何かが完全に壊れた。


 ――やっぱり。


 瞬時に浮かんだのはそれだった。

 やっぱり、そうだったのだ、と。

 あの少女が。アレクシスの側にまとわりつき、何度拒絶されてもその名を呼び続けた、あの少女が。最後には自分の場所を奪うのだと。そう思った。

 胸の奥から、怒りが込み上げてくる。憎悪、嫉妬、失望。それらの負の感情が、とめどなく溢れてきた。


 ――やっぱり、あの女がお好きだったのね。


 七歳の頃から共に過ごしてきた自分ではなく、最後に選んだのはあの少女だった。そのことが、どうしようもないほど悲しくて、どうしようもないほど、悔しかった。


「……ロザリア?」


 アレクシスの声が聞こえる。

 ロザリアは顔を上げた。


「……出て行ってくださいまし」

「何?」

「出て行って、と申し上げましたわ」


 アレクシスが僅かに眉を寄せる。


「ロザリア」

「出て行ってくださいまし!」


 突然響いた声に、アレクシスが動きを止める。ロザリアが、声を荒げた。それは、アレクシスが知るロザリアとはまるで違っていたのだろう。戸惑った表情をしていた。


「……ロザリア?」

「いいから、出て行って!」


 もう一度、叫ぶ。

 アレクシスはしばらくロザリアを見つめていた。困惑しているように見える。その顔を見て、ロザリアはさらに苛立った。


「……分かった」


 やがて、アレクシスはそう答えた。静かに立ち上がる。扉の前まで歩き、そこで一度だけアレクシスは振り返った。アレクシスは悲し気な表情をしていた。けれど、ロザリアはもう、アレクシスを見ていなかった。

 扉が閉じる。

 部屋には再び静寂が戻ってきた。

 ロザリアはゆっくりと俯いた。胸の奥には、怒りが渦巻いていた。


 ――わたくしは、何のために。


 七歳の頃から婚約者として、友人として、家族のような存在として、ずっと彼の側にいた。

 それなのに、最後に選ばれたのは自分ではなかった。そのことに、ポロリと一粒、涙が零れた。それを知る者は、誰もいなかった。



 翌日。


 ロザリア・ヴァレンティアは処刑された。


 処刑台へ向かうその胸の中には、聖女への憎悪だけではなく、アレクシスへの怒りもあった。

 そして、どうしようもないほどの虚しさも、深く残っていた。


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