⑨
迎えに来た皇城の兵士たちによって、リリアーナたちは学園を後にした。その間、馬車が別だったため、ロザリアとは顔を合わせなかった。
皇城へ着くとリリアーナたちはそこで二手に分けられる。ロザリアが連れて行かれた方向とは反対へ、リリアーナたちは案内されていく。
そのことに思わず戸惑った声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってください! ロザリア様とは別なんですか?」
リリアーナが尋ねても兵士は答えない。
四人の側近候補たちも同じように戸惑っていた。
「おい、俺たちはどこへ連れていかれるんだ?」
「殿下にお会いできるのではないのですか?」
「……なんだか、おかしくありませんか?」
セドリックまで不安そうに周囲を見回している。
やがて辿り着いたのは、東塔の階段をずいぶんと登った先にある、重厚な扉の前だった。兵士が鍵を取り出し、扉を開ける。
入れと言うように手で合図をされた。
「ここは……?」
「……え?」
エドワードの呟きに釣られ、部屋の中を見たリリアーナも驚いた。
そこは窓に鉄格子が嵌められ、逃亡用の魔法が掛けられた場所だった。リリアーナの前世の感覚でいうなら、ビジネスホテルのツインルームに無理やりベッドを増設したような狭さだろうか。ベッドが四つ並び、あとは必要最低限の家具しかない。そんな場所だった。
「お待ちください。ここは……」
セドリックが絶句した。ルーカスも、ルシアンも、エドワードも言葉を失っている。
「貴族牢です」
兵士が淡々と告げた。
「貴族牢……?」
その言葉の意味を理解するまでに、少し時間がかかった。
「ま、待ってください!」
「俺たちは皇太子殿下の側近候補だぞ! 何かの間違いじゃないのか!?」
セドリックが焦ったように言い、ルーカスも声を上げる。
しかし、兵士は何も答えない。
「殿下にお会いすれば、きっと――」
ルシアンが言いかけたところで、兵士たちは四人を牢の中へ押し込んだ。
「えっ!?」
「ちょ、ちょっと!」
四人が入ったところで扉を閉め、鍵をかける重い金属音が響いた。
「な、なんで……?」
リリアーナは目の前の光景を理解できず、呆然としてしまう。
けれど、ついて来いと兵士に促され、再び歩き出す。どうやら自分だけは違う場所へ連れていかれるらしい。
「私は……?」
兵士たちは答えず、リリアーナをさらに奥へと連れていく。何を聞いても答えてくれず、不安になりつつもついて行くしかない。
やがて辿り着いた先は、先ほどの貴族牢よりもさらに階段を登ったところにある、厳重な場所だった。
「ここは……」
窓には鉄格子が嵌められているが、無駄に広すぎるリビングに、ふかふかの絨毯、猫脚のソファ、しかも天蓋付きベッドまである。
先ほどセドリックたちが押し込められた部屋がビジネスホテルだとすれば、さしずめこの部屋は高級ホテルのスイートルームだろうか。
あまりの豪華さに呆気にとられてしまう。
「貴族牢より上位の貴人を幽閉するための区画です」
そう告げると、兵士はリリアーナを中へ入れた。
「えっ?! ま、待ってください! 私は聖女ですよ!? どうしてこんなところに――」
こんな豪華な部屋が牢?!
そう思ったけれど、なぜ自分が牢に入れられなければいけないのか、さっぱり分からない。しかし訴える声も虚しく扉が閉じられる。その後まもなく鍵が掛けられる音がした。
「………………」
一人になった部屋で、リリアーナは立ち尽くす。
どうして、と思う。何が起きているのか分からない。ただ、いつもなら助けてくれるはずの四人もいない。そのことが不安で仕方がなかった。
皇太子自ら婚約破棄を告げるのではないのだろうか。考えていた予想が外れ、急に心細くなる。
――アレクシス様が来てくれたら、今の状況を説明してくれるのに!
そう思ったけれど、アレクシスに会うことは出来なかった。彼が会いに来てくれることは、なかったのだ。
その日も。
次の日も。
アレクシスがリリアーナの前に姿を見せることはなかった。
何日が過ぎたのか分からなくなった頃。
「出ろ」
突然、兵士がやって来た。
「え……?」
言われるまま連れていかれた先で、リリアーナは久しぶりに四人の姿を見た。
けれど。
「………………」
四人とも、まるで別人のようだった。
手には枷が嵌められ、口元には魔法が施されているのか、言葉を発することすらできない。それだけではない。彼らを囲む兵士たちの扱いは、明らかに罪人に対するものだった。
「どうして……?」
リリアーナは呆然とした。
やがて、重い扉の向こうへ通される。
そこにいたのは、――皇帝だった。
そして。
「………………っ」
玉座に座る皇帝の傍らに立つ人物を見て、リリアーナは息を呑む。
アレクシスがいた。皇太子である彼は、確かにそこにいた。けれど、リリアーナを見ても何の反応も示さない。ただ、感情を失ったような顔で、静かにこちらを見ているだけだった。
何日も待っていた。会いに来てくれると信じていた。それなのに、アレクシスは一度もリリアーナのもとへ来なかった。
なぜなのか。
その答えを聞くこともできないまま、リリアーナたちは皇帝の前へと並ばされる。
四人の父親たちもそこにいた。
セドリックの父である宰相。
ルーカスの父である騎士団長。
ルシアンの父である魔導士団長。
そしてエドワードの父である大司教。
四人とも、深く頭を下げている。顔を青ざめさせ、何度も頭を下げていた。
「此度の件、我が愚息が大変な愚行を……!」
「申し訳ございません、陛下!」
「いかなる処分も受け入れます!」
その声を聞きながらも、四人は何も言えないでいた。
――いや。
言わせてもらえなかった。魔法で口を塞がれているからだ。
皇帝は玉座から静かに彼らを見下ろしている。
片手を上げれば、父親たちは口を閉ざす。その後、皇帝が告げた言葉は。
「皇太子の婚約者に対し、何の権限も持たぬ者たちが婚約破棄を宣言した」
低い声が謁見の間に響く。
あまりの重苦しい雰囲気に、唾を呑むことさえ躊躇われた。
「余の命で定めた皇太子の婚約を、誰の許可を得て破棄すると宣言した?」
言われているのは、あの卒業パーティーでのことだろう。あれは自分のためでもあったが、悪役令嬢から解放するという、アレクシスのためでもあった。しかし、皇帝が定めた婚約という言葉に嫌な予感が過ぎる。
緊張で手が震えた。
「貴様らは、いつから皇帝たる余を差し置き、己が判断で物事を決められるほど偉くなった?」
皇帝のその言葉に、セドリックたち四人も真っ青になる。事ここに至って、ようやく自分たちが不味いことを仕出かしたと認識したのである。
リリアーナとしては皇帝が何を言っているのか理解出来ず、呆然と見ることしか出来なかった。
「皇太子であろうと、余の臣下に過ぎぬ」
皇帝の声が謁見の間に冷たく響く。その言葉に、アレクシスは静かに目を伏せるだけだった。
「その皇太子の婚約を、余が決めた。にもかかわらず、貴様らは余に何の伺いも立てず、皇太子の意思であると偽って婚約を破棄しようとした」
皇帝の瞳が四人を射抜く。
「それは、皇太子を陥れるための行為ではないのか?」
誰も答えられない。セドリックたちは物理的に答えられないのだが、喋れる状況にあったとしても、答えることは出来なかっただろう。
「それとも――」
皇帝の声がさらに低くなる。
「貴様らは、他国の間者か?」
謁見の間に、凍りついたような沈黙が落ちた。
何を言っているのか。
――どうして。なんで、こんなことになってるの?
なぜ自分たちが他国のスパイと疑われているのか、リリアーナには理解できなかった。
そうして、重苦しい沈黙のあと、口を開いた皇帝は淡々と告げる。
「……まあ、よい。貴様らが他国の間者ではないことは、すでに調べがついている」
皇帝は冷ややかな視線を四人へ向けた。
「だが、間者でなければ許されると思うな。貴様らは、余の許可なく皇太子の婚約を破棄しようとした。それだけではない。余が定めた婚約を、皇太子の意思であると偽り、公の場で宣言した」
皇帝の声は静かだった。
ただ、押し殺された怒りが、聞く者を竦ませるほどの威圧感を帯びていた。
「その行為によって皇太子の権威を傷つけ、皇室の秩序を乱し、帝国の政を混乱させた」
そこで皇帝は、ゆっくりと四人を見渡す。
「他国の間者ではない。ならばこそ、これは貴様ら自身の意思で為した罪ということになる。皇帝たる余の命に背き、皇太子の名を騙り、皇室を混乱させた罪――」
誰も身動きできず、沙汰を待つ。
皇帝の声が、謁見の間に響き渡った。
「国家反逆罪を適用する」
その言葉に、リリアーナの身体がびくりと震えた。
「よって、側近候補であった四名には死罪を申し渡す」
「…………!」
大きく目を見開いた。
――死罪。つまり、処刑される。
その言葉が頭の中をぐるぐると回る。
――人が、死ぬ。セドリックたち、四人が。
「そん……な……」
声にならない声が漏れた。隣にいる四人を見る。彼らは皆、一様に顔を青ざめさせ、絶望したように項垂れていた。
いつも自分を守ってくれた。いつも優しくしてくれた。困ったときには助けてくれた。
そんな四人が、殺される。
――怖い。
身体が震えた。
――どうして?
婚約破棄を宣言しただけなのに。
――どうして処刑されるの? だって、ここは私のための世界でしょ? 私、ヒロインなんじゃないの?!
どうしてこんなことになったのか、本当に理解できなかった。
けれど、恐怖と混乱で固まっているリリアーナを置いて話は進んでいく。
「本来であれば、一族郎党に至るまで処罰すべきところだ」
皇帝の言葉に、四人の父親たちがさらに深く頭を下げた。はっとしたようにセドリックたちは顔を上げ、涙を流しながら必死に首を横に振る。
自分たちが罪を犯したことは分かった。どのような処罰を受けようとも、もはや逃れられないことも理解した。
けれど。
――父は、母は、弟や妹たちは。
自分たちの罪で、家族まで罰せられる。その事実に、四人は魔法で縛られているせいで声を上げることもできず、ただ涙を流すしかなかった。
彼らはただ、リリアーナとアレクシスが結ばれることを望んでいただけだった。リリアーナ自身がアレクシスとの結婚を望んでいたこともある。けれど、自分たちもまた、仕えるのであればロザリアではなくリリアーナに仕えたいと思った。だからこそ、アレクシスがリリアーナを選ぶようにと、彼女を皇太子妃にできるようにと動いた。その結果、自分たちだけではなく、一族まで処罰されることになるなどとは、考えてもいなかったのだ。
そんな彼らの様子を、皇帝はじっと眺めていた。
「しかし、これまで余に尽くしてきた家でもある。教会との関係もある」
一拍置いて、皇帝は告げた。
「よって、三家とも爵位を二段階下げる。加えて領地の一部を没収する。教会についてはそちらで検討せよ。それをもって、一族への処罰とする」
「は……!」
父親たちが震える声で答えた。
「溢れんばかりのご慈悲、深恩の極みにございます!」
大司教も深々と頭を下げる。
「教会につきましても、他の三家と同等の罪を負うことで話はついております。エドワードの父である私も相応の処分を受け入れ、位を下げ、資産は全て教会に寄付致します。今後は一介の神官として、これまで以上に教会と帝国に尽くしてまいります」
皇帝の処罰を聞き、セドリックたち四人は揃って力が抜けたように息を吐く。自分たちの命は失われる。けれど、それでも家族が生きていけるのなら。そう思えば、わずかに胸を撫で下ろすことができた。
リリアーナは頭を下げる父親たちと、泣き崩れる四人を見ても何も言うことができないでいた。何を言えばいいのか分からなかった。
ただ、震えながらアレクシスを見る。
彼なら。
アレクシスなら、きっと何か言ってくれる。何とかしてくれるのではないか。
そう、思ったけれど。
「………………」
アレクシスは、ただ静かに立っているだけだった。その表情には何の感情も浮かんでいない。
リリアーナには、それが少し怖かった。




