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3. 小さい町と二人

 目の前で(はしゃ)ぐ少女を、わたしは呆然(ぼうぜん)と見下ろしていた。


 さっきまで見上げるしかなかった、あの途方もない存在。それが今は、目線を少し落とすだけで視界に収まってしまう。彼女の背丈は……70メートル前後だったはず。だとすれば、今のわたしは、それよりももう一回り大きいということになる。80メートルくらいだろうか。視界に入るものの中で、自分より高いのは、遠くに連なる山の稜線(りょうせん)くらいのものだ。


 風の音が、さっきまでとはまるで違って聞こえる。地上にいた時は頬を()でる程度だったはずの風が、今は体全体を包み込むように吹き抜けていく。


 さっきまで少女が通ってきた道のりが、今ならはっきりと見渡せる。商店街のアーケードは無残に潰れ、川にかかっていた橋も、粉々に砕けている。海沿いの灯台は倒れたまま、波間に沈みかけていた。さっき少女が放り投げた車が引き起こした爆発の跡だろうか、道の端からはまだうっすらと黒い煙が立ち上っていた。


 さっきまであんなに恐ろしく、悲惨に見えていた光景。それが今こうして見下ろすと、壊れた町も、逃げ惑う小さな人影も、まるで作り物のように現実感を失っていくのがわかった。


 「え、えっと……」


 試しに声を出してみる。


 「あの、わたしの声聞こえる……?」


 少女はこくんと(うなず)いた。さっきまでは何度呼びかけても届かなかった声が、今はちゃんと相手に届いている。それだけのことが、妙に嬉しかった。


 うまく言葉が出てこない。混乱したままの頭で、なんとか声を絞り出す。


 「これはどういうことなの? 今何が起きているの? 君は何者なの?」


 さっきは怖くてつい敬語を使っていたが、今はタメ口で話しかけることにした。サイズが同じだったらただ普通の子供だと感じて、かしこまった態度は必要なくなったと思うから。


 少女はきょとんとした顔をした後、あっけらかんと答えた。


 「紫菜奈(しなな)は紫菜奈だよ」

 「し、しなな……?」


 思わず名前をそのまま繰り返してしまう。それが彼女の名前なのか、それとも意味を持つ別の何かを指しているのか、判断がつかない。


 「もしかして、『身長70メートル』だから略して『しなな』……とか?」


 つい思いついたことをそのまま口にしてしまった。でも、少女……紫菜奈は、むっと頬を膨らませる。


 「違うの。紫菜奈は名前なの。身長関係ないの。漢字でこう書くの」


 そう言って彼女はしゃがんで地面に指で自分の名前を漢字で書いた。「紫菜奈」か。確かに「七」ではない。普通の日本人の女の子の名前に見えるね。


 「それにまだ成長期だから、もっともっと大きくなるの」

 「も、もっと……?」


 想像するだけで目眩(めまい)がする。今でさえこんなに大きいのに、これ以上大きくなったら、いったいどうなってしまうのだろう。


 「どれくらい大きくなるの?」

 「わかんない。でも、もっともっとおっきくなったら、もっと楽しく遊べるかもなの」


 これだけでも十分すぎるくらい大きいのに、まだ大きくなるだなんて。そうツッコミを入れたくなったけれど、今の自分だって似たようなものだと気づいて、口をつぐんだ。


 「な、なんでこんなに大きいの?」

 「紫菜奈は大きくないの。お姉ちゃんの方が大きいの」


 紫菜奈ちゃんはそう言って、くすくすと笑った。質問の答えになっていない気がしたけれど、確かに間違ってはいない。


 「そうだけど……。さっきまでわたし、ほら、こんなにちっちゃかったよね?」


 親指と人差し指で、小さな隙間を作ってみせる。普通の人間くらいの大きさ……さっきまでの自分は、本当にこのくらいだったのだろうか。あの指の間に、あの頃の自分が挟まっているところを想像したら、なんだか妙な心地がした。


 あんなに小さかったはずなのに、紫菜奈ちゃんの指先で頭を撫でられた時の感触は、今もはっきりと覚えている。あの優しさと、あの恐怖と。今のこの体では、もう二度と味わえない感覚なのかもしれない。


 「そうだね。お姉ちゃん、ちっちゃくて可愛かったの」

 「か、可愛いって、わたしが!?」


 こんな可愛い子に可愛いと言われるのなんて、嬉しくて思わず頬が熱くなる。でもすぐに、あ、と思い当たった。


 「……小さかったから、そう見えただけだよね」


 どうせ、手のひらに乗るくらい小さな生き物を愛でるのと同じ感覚だったのだろう。勝手にそう納得する。


 「ううん。今の大きいお姉ちゃんも可愛いの!」


 紫菜奈ちゃんはそう言うなり、勢いよく抱きついてきた。もう指一本で潰される側じゃない。とはいえ、こうして並ぶと紫菜奈ちゃんはわたしより頭ひとつぶん小さくて、抱きつかれるとちょうど胸のあたりに顔をうずめる格好になる。その重みと体温を、今度はまともに全身で受け止めた。


挿絵(By みてみん)


 「紫菜奈ちゃんこそ、超可愛いよ!」


 気づけば、わたしもテンション高くそう返して、抱き返していた。柔らかい感触と甘い匂いに包まれて、さっきまでの恐怖なんてどこかへ飛んでいってしまう。


 同じくらいの背丈同士で抱き合うのは、なんだか不思議な感覚だった。今はこうして、対等に体温を分け合っている。それだけのことが、たまらなく嬉しかった。


 「そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったね。わたしは小見潟(こみがた)彩莉さいり。高校一年生。15歳。この町に住んでる」


 紫菜奈ちゃんの名前が書いてある地面の近くに、自分の名前を指で書きながら自己紹介をした。


 「紫菜奈だよ。よろしくね、彩莉姉ちゃん」


 紫菜奈ちゃんは名前以外何も言わなかった。名字もわからない。年齢もはっきりとわからないね。でもわたしのことを「お姉ちゃん」と呼んでいるから、きっと見た目通り小学生だと思う。


 「うん、よろしくね、紫菜奈ちゃん」


 こうして、わたしたちはお互いを「彩莉姉ちゃん」「紫菜奈ちゃん」と呼び合うことになった。


 「彩莉姉ちゃん、一緒に町で遊ぼう」

 「遊びって……何をするの?」


 尋ねると、紫菜奈ちゃんは無邪気な笑顔のまま、近くに建っていた家に軽く手を触れた。それだけで、屋根も壁もあっけなく崩れ落ちる。崩れた家の破片が、砂粒みたいに小さく地面に散らばっていった。さっきまで、あの一つ一つの破片ほどの大きさしかなかったのが自分自身だったなんて、今更ながら実感が湧かなかった。


 「こういうの! 楽しいよ!」


 ああ、なるほど。彼女の言う「遊ぶ」は、町を壊して回ることなのだ。最近の小学生の女の子はこういう遊びが流行っているのかな? いや、それは違う気がする。


 一瞬、頭の片隅で冷静な考えがよぎった。今のわたしなら、紫菜奈ちゃんと同じくらいの力を持っているはず。もしかしたら、彼女を止められるかもしれない。町を、これ以上壊させないように。


 紫菜奈ちゃんに掴みかかって、地面に押し倒す。そんな光景を一瞬想像してみたけれど、すぐに馬鹿げていると気づいた。相手を傷つける未来なんて、これっぽっちも望んでいない。それに、そんなことをしてしまったら、この楽しそうな笑顔は二度と見られなくなってしまうだろう。


 それに、もう町を壊さないでと言った方がいいんじゃないか、とも思った。でも、無邪気に笑いながら燥ぐ紫菜奈ちゃんを見ていたら、そんな言葉はどうしても出てこなかった。


 妹が欲しいと、ずっと思っていた。まさかこんな形で、それらしい相手が現れるとは想像もしていなかったけれど、こうして紫菜奈ちゃんと呼び合っていると、本当の妹ができたみたいな、くすぐったい気持ちになる。


 可愛い妹みたいな子の、たっての願いだ。仕方ない……そう自分に言い聞かせて、わたしは紫菜奈ちゃんと一緒に「遊ぶ」ことに決めた。


 崩れかけた町並みが、これから遊ぶための箱庭のように広がっている。差し出された紫菜奈ちゃんの手のひらは、思っていたよりずっと温かかった。


 紫菜奈ちゃんの手を取って、わたしたちは並んで町へと足を踏み出す。この先、いったい何をして遊ぶことになるのか? その時のわたしは、まだ何もわかっていなかった。


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― 新着の感想 ―
巨大美少女同士のキャッキャウフフはいいものなのですーw 街がこれから壊されるのですねーw
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