第5話「海の王」
歌が戻った翌日。
レヴィは静かにアウルへ言った。
「行くぞ。」
「どこへ?」
「王のところだ。」
その一言だけで、アウルの背筋がぴんと伸びた。
「……王?」
「父上だ。」
「え。」
思わず動きが止まる。
「お、お前のお父さん?」
「ああ。」
「……。」
急に緊張してきた。
「待ってくれ。」
「俺、何か失礼なこと言わないかな。」
「大丈夫だ。」
「本当に?」
「多分。」
「多分!?」
レヴィは少しだけ口元を緩めた。
その顔を見て、アウルも苦笑する。
二人はゆっくりと王宮へ向かった。
深海のさらに奥。
蒼い光に包まれた大きな宮殿。
珊瑚で編まれた柱。
静かに揺れる海草。
その中央に、一人の人魚が座っていた。
銀色の長い髪。
レヴィによく似た海色の瞳。
ただ、その眼差しはもっと穏やかだった。
「戻ったか。」
低く静かな声が響く。
レヴィは深く頭を下げた。
「父上。」
隣でアウルも慌てて頭を下げる。
「は、初めまして……。」
「俺……。」
言葉が止まる。
名前。
そうだ。
もう碧ではない。
「……アウルです。」
海の王はゆっくり頷いた。
「そうか。」
それだけだった。
思っていたより、ずっと静かだった。
怒られない。
責められない。
あまりにも自然で、アウルの方が戸惑ってしまう。
「えっと……。」
「俺、人間でした。」
「知っている。」
「その……。」
「レヴィと一緒に生きたくて。」
「知っている。」
「え。」
また頷く。
「海は全て見ている。」
静かな声だった。
責める響きはない。
「伴侶となったことも。」
「歌が戻ったことも。」
「全て。」
アウルは思わずレヴィを見る。
レヴィも少し驚いていた。
「レヴィ。」
「はい。」
「よく帰ってきた。」
短い言葉。
それだけなのに。
長い年月を埋めるには十分だった。
レヴィは静かに目を伏せる。
「……ありがとうございます。」
海の王は今度はアウルを見る。
その瞳は、王ではなく父親のものだった。
「レヴィは不器用だ。」
「知っています。」
思わず笑ってしまう。
「だが、優しい。」
「はい。」
「よろしく頼む。」
「もちろんです。」
アウルは迷わず頷いた。
その返事が嬉しかったのか。
海の王は初めて柔らかく笑う。
「今日はもう下がりなさい。」
「はい。」
二人は頭を下げ、王宮をあとにした。
静かな海流が二人の間を流れていく。
少し歩いたところで、アウルが大きく息を吐いた。
「はあぁ……。」
「緊張した。」
「そうか。」
「でも優しい人だった。」
「ああ。」
レヴィもどこか安心したように笑う。
二人の姿が見えなくなるまで。
海の王はその背中を見送っていた。
そして誰にも聞こえないほど小さく。
父親として。
ぽつりと呟く。
「……ありがとう。」
レヴィを。
再び笑わせてくれて。
その一言は海流へ溶け、静かな深海だけが優しく受け止めていた。
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ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
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▼ もうひとつの人魚BL
『夜凪に溶ける』




