第4話「2人の歌」
伴侶となってから数日。
アウルは毎日のように歌の練習をしていた。
人魚たちは皆歌う。
挨拶のように。
祈るように。
海流へ想いを溶かすように。
アウルもその文化が好きだった。
青い珊瑚の上へ腰を下ろす。
目を閉じる。
静かに息を吸った。
やわらかな歌声が深海へ広がっていく。
光が揺れる。
泡が踊る。
魚たちが歌へ導かれるように集まってくる。
レヴィは少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
綺麗な歌だった。
透き通るような声。
海へ還ってきた命が、そのまま音になったようだった。
思わず目を閉じる。
懐かしい。
温かい。
胸の奥で、何かがゆっくりほどけていく。
その時だった。
ふと。
自然に息を吸っていた。
歌うつもりはなかった。
歌えないはずだった。
それなのに。
声が零れた。
静かな低い歌声。
アウルの歌へ寄り添うように重なる。
二つの歌はぶつからない。
互いを包み込みながら、一つの旋律になって深海を満たしていく。
海流が揺れた。
珊瑚が淡く光る。
魚たちは二人の周りを楽しそうに泳ぎ始めた。
歌が終わる。
静寂。
最初に口を開いたのはアウルだった。
「……レヴィ?」
目を丸くしている。
「今……」
レヴィも言葉が出なかった。
自分の喉へそっと触れる。
歌えた。
確かに。
歌えた。
何十年も。
もう二度と歌えないと思っていた。
失ったままだと思っていた。
アウルは嬉しそうに笑う。
「すごく綺麗だった。」
「……そうか」
「一緒に歌えて嬉しかった。」
その一言で、胸が熱くなる。
歌は戻った。
誰かに取り戻してもらったわけではない。
伴侶となったアウルと。
心が重なった、その瞬間に。
自然と戻ってきた。
レヴィは静かにアウルを見る。
光を受けて笑うその姿は、もう失った誰かではない。
目の前にいるのは、アウルだった。
自分の伴侶。
アウルは照れたように笑う。
「また一緒に歌おう。」
「ああ。」
短く返す。
それだけで十分だった。
二人はもう一度顔を見合わせる。
そして。
どちらからともなく、小さく歌い始めた。
二つの歌声は海流へ溶ける。
深海は優しくそれを受け止めるように、静かに揺れていた。
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ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
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