第2話「うた」
泳ぎの練習を終えた帰り道。
アウルは一人で海流に身を任せながらゆっくり泳いでいた。
以前より少しだけ上手くなった。
まだ時々沈みそうになるが、それでも楽しい。
深海は広かった。
どこまでも青く。
どこまでも自由だった。
その時だった。
遠くから不思議な音が聞こえた。
アウルは足を止める。
違う。
足ではないな、と少し考える。
尾びれだった。
そんなことを思いながら耳を澄ませる。
綺麗な声だった。
言葉ではない。
けれど確かに何かを伝えている。
海流そのものが歌っているような。
光が音になったような。
不思議な響きだった。
「なんだ?」
思わず呟く。
気になった。
とても気になった。
アウルは歌声のする方へ泳いでいく。
珊瑚の群生地を抜けると、数人の若い人魚たちが集まっていた。
皆で歌っている。
アウルが近づくと、その場の空気が少しだけ揺れた。
「あ……」
「人間だった人だ」
「本当にいたんだな」
「レヴィ様が連れてきた……」
小さな声が聞こえる。
緊張しているらしい。
けれど中にはアウルを見て言葉を失っている人魚もいた。
深海の青を溶かしたような尾びれ。
青みがかった黒髪。
白い肌。
海色の瞳。
人魚になったばかりとは思えないほど美しかった。
アウル本人だけが気付いていない。
「何してるんだ?」
アウルが素直に尋ねる。
一人の人魚が答えた。
「歌の練習です」
「歌?」
「はい」
アウルは目を輝かせた。
「面白そうだな」
そのまま輪の中へ入る。
若い人魚たちは戸惑いながらも場所を空けた。
「人魚は皆歌えるんです」
「そうなのか」
「歌は会話にもなりますし、祈りにもなります」
「祈り?」
「海へ感謝したり、願いを伝えたり」
別の人魚が続ける。
「求婚にも使います」
「求婚?」
「伴侶へ歌を贈るんです」
アウルは少し驚いた。
知らないことばかりだった。
「面白いな」
素直にそう思う。
するとふと疑問が浮かんだ。
「俺も歌えるのか?」
周囲がきょとんとする。
「歌えますよ」
「人魚ですから」
「そうなのか」
アウルは少し考えた。
そして。
試しに声を出してみた。
ただ自然に。
思うままに。
海流に乗せるように。
その瞬間。
その場の空気が静まり返った。
歌声が深海へ広がる。
柔らかく。
透明で。
どこまでも澄んだ声だった。
まるで朝の海みたいだった。
歌い終わる。
沈黙。
アウルは首を傾げた。
「どうした?」
誰も答えない。
しばらくして。
一人が小さく呟いた。
「え……」
別の人魚も続く。
「上手……」
「綺麗……」
アウルはぱちぱちと瞬きをした。
「そうなのか?」
本人が一番驚いていた。
その反応に皆が思わず笑う。
アウルもつられて笑った。
その歌声はさらに海の奥へ広がっていく。
遠く。
少し離れた場所。
レヴィは静かにその歌を聞いていた。
アウルの歌だった。
初めて聞く歌だった。
けれど。
どこか懐かしい。
昔。
碧が海を泳いでいた時。
陽の光を受けて笑っていた時。
あの頃の景色を思い出す。
違う存在だ。
分かっている。
それでも。
歌声だけは不思議と胸の奥へ届いた。
海流が静かに揺れる。
レヴィは目を細める。
綺麗だな。
誰にも聞こえないほど小さく。
そう思った。
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『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『夜凪に溶ける』




