第1話「泳げない」
人魚になってからしばらく経った頃。
アウルはようやく王族区画の外へ出ることを許された。
今まで過ごしていた場所も十分広かったが、それでも深海は広い。
見たことのない珊瑚。
知らない魚たち。
青く光る海草。
海流に乗って漂う泡。
何もかもが新鮮だった。
「綺麗だな」
思わず声が漏れる。
レヴィは隣を泳ぎながら小さく頷いた。
「そうか」
「そうかじゃないだろ」
アウルは笑う。
もっと先へ行きたい。
もっと見てみたい。
そんな気持ちが自然と湧いてくる。
海流に乗って少し前へ出る。
その瞬間だった。
「あ」
身体が傾いた。
尾びれの動かし方を間違えたらしい。
くるりと一回転する。
さらに回る。
泡がぶわっと舞い上がる。
「レヴィ」
「なんだ」
「沈む」
「人魚なのにか?」
「人魚なのにだ!」
次の瞬間。
アウルは本当に沈み始めた。
慌てて尾びれを動かす。
余計に沈む。
さらに沈む。
「なんでだ!?」
「落ち着け」
「無理だ!」
レヴィが額を押さえた。
完全に呆れている。
それでも見捨てることはない。
沈んでいくアウルの腕を掴み、軽く引き上げる。
身体がふわりと浮く。
「助かった……」
「泳ぐ時に力を入れすぎだ」
「そうなのか?」
「海流に逆らうな」
「難しいな」
アウルは真面目に頷く。
そして数分後。
また沈んだ。
「レヴィ」
「今度はなんだ」
「沈む」
「見れば分かる」
再び引き上げられる。
少し進む。
また沈む。
「レヴィ」
「……」
「助けてくれ」
「断る」
「ひどい」
結局助けてもらった。
何度も。
何度も。
そのたびにアウルは笑う。
失敗しているはずなのに、不思議と楽しかった。
人魚なのに泳げない。
それは少し情けない。
けれど。
少しずつ分かってきた。
海流の流れ。
尾びれの使い方。
身体の重心。
深海の水の動き。
海は力で泳ぐものではなかった。
身を任せるものだった。
もう一度ゆっくり尾びれを動かす。
今度は沈まない。
海流が身体を運ぶ。
光が揺れる。
泡が流れる。
アウルは目を輝かせた。
「レヴィ!」
「なんだ」
「泳げた!」
まるで子供みたいな笑顔だった。
レヴィは少しだけ目を細める。
「そうか」
それだけ言う。
けれど声は少し柔らかかった。
アウルは気付かない。
気付かないまま、嬉しそうに海流へ乗っていく。
自由な海はまだ遠い。
けれど。
その第一歩だけは、確かに踏み出していた。
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『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『夜凪に溶ける』




