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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第10章:「人魚」
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第6話「アウル」

深海の朝は静かだった。


青い光が海底へ降り注ぎ、珊瑚の隙間を小さな魚たちが行き交っている。


王族の住まう場所は今日も穏やかだった。


少し離れた場所では、彼が珍しそうに周囲を見回している。


人魚になってまだ日が浅い。


見るものすべてが新しいのだろう。


珊瑚に触れてみたり。


光を追いかけたり。


小魚の群れを眺めたり。


その横顔には、好奇心と喜びが素直に浮かんでいた。


碧ならしなかった表情だった。


レヴィは静かに目を伏せる。


失ったものは多い。


それでも。


視線の先にいる彼は確かに生きていた。


海で。


この世界で。


レヴィは小さく息を吐く。


そしてその名を呼んだ。


「アウル」


彼が振り返る。


迷いなく。


自然に。


「なんだ?」


レヴィがこちらへ泳いでくる。


相変わらず表情は薄い。


けれど最近は少しだけ分かるようになってきた。


今は機嫌が悪いわけではない。


たぶん普通だ。


アウルは嬉しくなって笑った。


「どうした?」


「別に」


「なんだそれ」


思わず吹き出す。


レヴィは少しだけ眉を寄せた。


その反応が面白くて、アウルはまた笑った。


海流がゆっくり二人の間を通り過ぎる。


青い光が尾びれを照らし、泡が静かに浮かんでいった。


レヴィはその様子を見つめていた。


アウル。


その名を呼ぶたびに思う。


碧ではない。


笑い方も違う。


表情も違う。


言葉も違う。


まるで別の誰かみたいだった。


本来なら喪失だったのだろう。


失ったものの方が多い。


名前も。


記憶も。


人間だった頃の人生も。


それなのに。


嫌ではなかった。


不思議なくらい。


胸の奥に残る痛みはある。


けれどそれとは別に、海流に乗るような穏やかな感情があった。


アウルは突然こちらを見た。


「レヴィ」


「なんだ」


「呼んでみただけだ」


嬉しそうに笑う。


まるで子供みたいな笑顔だった。


レヴィは小さく息を吐く。


「そうか」


それだけ返す。


けれど。


少しだけ口元が緩んだ。


アウルは気付かない。


気付かないまま、また楽しそうに泳ぎ始める。


青い尾びれが光を受けて揺れる。


新しい命だった。


新しい人生だった。


海流は静かに流れていく。


名前もまた、その流れに溶けるように馴染んでいく。


アウル。


その名はもう、


彼のものだった。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』


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