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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第10章:「人魚」
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第5話「そばに」

名前を得てからというもの、アウルは上機嫌だった。


自分の名前を何度も口にしては嬉しそうに笑う。


「アウル」


「アウルか」


「いい名前だな」


そう言って尾びれを揺らす姿は楽しそうで、見ているこちらまで不思議な気分になる。


その時だった。


ふいに。


息が詰まる。


「っ……」


アウルの顔色が変わった。


胸を押さえる。


呼吸がうまくできない。


海の中にいるのに。


苦しい。


「アウル」


レヴィはすぐに異変に気付いた。


アウルの身体を支える。


苦しそうに肩が震えている。


「レ……ヴィ……」


声も途切れ途切れだった。


レヴィは迷わなかった。


そのまま顔を近付ける。


そして。


口づける。


柔らかな感触。


海流が二人の間を静かに流れていく。


青い光が揺れる。


しばらくして。


胸を締め付けていた苦しさが少しずつ消えていった。


呼吸が戻る。


身体の力が抜ける。


アウルは大きく息を吐いた。


「はぁ……」


ようやく楽になる。


レヴィは安心したように目を閉じた。


「大丈夫か」


「うん……」


まだ少しぼんやりしている。


だが先ほどより顔色は良かった。


「ありがとう」


アウルは素直に礼を言った。


「助かった」


レヴィは小さく頷く。


「まだ身体が人魚になじんでいないらしい」


静かに説明する。


「あと数日か、数週間か」


「完全になじめば今のような息苦しさはなくなるはずだ」


アウルは真面目に聞いている。


「それまでは」


レヴィは少しだけ視線を逸らした。


「口づけさせてくれ」


アウルは瞬きをする。


それから柔らかく笑った。


「そうか」


「それはありがとう」


素直に頷く。


「お願いする」


レヴィは少しだけ安心した。


説明は伝わったらしい。


そう思った瞬間。


アウルが首を傾げる。


「ただ」


「?」


「口づけだけじゃ寂しいな」


レヴィは固まった。


アウルは全く気付いていない。


続ける。


「だって」


「せっかく会えたのに」


青い瞳が真っ直ぐこちらを見る。


「口づけの時しか近付いてくれないんだろ?」


不満そうだった。


本当に少しだけ。


「それは寂しい」


レヴィは言葉を失う。


アウルは気付かない。


「俺はレヴィと話すの好きだぞ」


さらりと言う。


「一緒にいるのも好きだ」


海流みたいに自然だった。


何の迷いもない。


何の計算もない。


だから余計に質が悪い。


レヴィは目を逸らした。


「……そうか」


それしか言えない。


するとアウルは笑った。


朝の海みたいな笑顔だった。


「だから」


尾びれを揺らす。


「口づけ以外でも近くにいてくれ」


静かな沈黙が落ちる。


レヴィはしばらく答えられなかった。


碧なら。


こんなことは言わなかった。


絶対に。


だが。


目の前のアウルは違う。


自由で。


真っ直ぐで。


無邪気で。


「……分かった」


ようやくそう答える。


するとアウルは嬉しそうに笑った。


「よかった」


その笑顔を見ながら。


レヴィは胸の奥を押さえた。


海流に流されるみたいに。


少しずつ。


少しずつ。


振り回されている気がした。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』


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