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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第10章:「人魚」
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第4話「名づけ」

名前を失ったと分かってからも、彼は思ったより落ち込まなかった。


むしろ新しい身体に興味津々で、尾びれを眺めたり、珊瑚に触れたりして過ごしている。


だが不便なこともあった。


「そういえば」


彼はふと思い出したように振り返った。


「俺、名前ないんだな」


レヴィは小さく頷く。


「そうだな」


「それって結構困るな」


彼は苦笑した。


「呼ぶ時も困るだろうし」


少し考えて。


そして自然に言った。


「レヴィ」


「何だ」


「名前、付けてくれないか」


レヴィは目を瞬く。


「私が?」


「うん」


当たり前みたいに頷く。


「人間の名前はなくなったんだろ?」


「だったら新しい名前が欲しい」


彼は楽しそうに笑った。


「せっかくだからレヴィに付けてほしい」


その言葉に、レヴィは少しだけ黙り込む。


名前。


それは人魚にとっても特別なものだった。


しばらく考える。


青い光が静かに揺れる。


海流が二人の間を流れていく。


人間だった頃の名。


碧。


もう本人は覚えていない。


だが。


完全に失くしてしまうのは違う気がした。


レヴィは静かに口を開く。


「アウル」


彼が目を瞬く。


「アウル?」


「お前の名前だ」


しばらく沈黙が落ちる。


レヴィは少し不安になった。


気に入らなかっただろうか。


そう思った瞬間。


「アウル」


彼は嬉しそうに繰り返した。


「アウル」


もう一度。


まるで歌うみたいに。


「いいな」


ぱっと顔が明るくなる。


「すごく好きだ」


尾びれが大きく揺れる。


青い光が周囲へ散った。


「ありがとう」


「……そうか」


「ありがとう、レヴィ」


また言う。


「本当にありがとう」


何度も。


何度も。


心の底から嬉しそうに。


レヴィは少し困った。


そこまで喜ばれるとは思わなかった。


「気に入ったなら良かった」


そう言うと。


アウルは楽しそうに笑った。


「たくさん呼んでくれ」


「何?」


「嬉しいから」


あまりにも真っ直ぐな言葉だった。


「呼ばれるたびに、自分の名前なんだって思えるだろ」


そう言って笑う。


海流に乗る泡みたいに軽やかだった。


「だからたくさん呼んでほしい」


レヴィは返事に困る。


碧ならこんなことは言わなかった。


照れ臭そうに笑うことも。


嬉しいと真っ直ぐ伝えることも。


なかった。


それなのに。


「……分かった」


気付けばそう答えていた。


するとアウルはまた笑う。


本当に嬉しそうに。


「ありがとう」


その笑顔を見ながら、レヴィは小さく目を伏せた。


碧はもういない。


そう思う。


それでも。


アウルという名前は、不思議と胸に馴染んだ。


まるでずっと前から知っていたように。


「アウル」


試しに呼んでみる。


すると彼はすぐ振り返った。


「ん?」


その顔が嬉しそうで。


レヴィは少しだけ照れた。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』


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