第2話「目覚め」
静かな水音が響いていた。
王族の居住区の奥。
誰にも邪魔されない場所で、レヴィは眠る人魚を見つめていた。
一週間。
海の魔女の元から戻ってから、もうそれだけの時間が過ぎている。
尾びれは確かに人魚のものへ変わっていた。
青みがかった黒髪は海流に揺れ、白い肌には淡い青い光が溶けている。
深海の青から透明へと移ろう尾びれは、まるで朝の海を閉じ込めたようだった。
綺麗だと思う。
そう思うたび、不安になる。
代償は何だったのか。
何を失ったのか。
それがまだ分からない。
その時だった。
閉じられていた瞼が、わずかに動いた。
レヴィはすぐに身を乗り出す。
「碧」
呼びかけると、ゆっくり瞳が開いた。
海色の瞳だった。
少しだけ焦点が揺れ、やがてレヴィを映す。
「……レヴィ……?」
掠れた声だった。
レヴィは息を吐く。
良かった。
自分のことは覚えているらしい。
胸の奥で張りつめていたものが少しだけ緩んだ。
「大丈夫か。どこか変なところはないか」
「ん……」
ぼんやりしていた瞳が瞬きを繰り返す。
そして次の瞬間。
「はっ!?」
勢いよく身体を起こした。
「俺、人魚になれたのか!?」
「おい」
慌てて起き上がったせいで身体がふらつき、そのまま前へ倒れそうになる。
レヴィはすぐに腕を伸ばした。
支えられた碧――いや、彼は目を丸くする。
「危ない」
「悪い」
そう言いながらも全く反省した様子はなく、視線は自分の身体へ向いていた。
そして尾びれを見つける。
一瞬。
息を呑む。
深海の青。
先端へ向かうほど淡く透けていく透明な色。
光を受けるたび、青い粒が尾びれの上を流れていく。
「すごい……」
小さく呟く。
「本当に人魚になってる」
そっと尾びれへ触れる。
深海の青。
先端へ向かうほど淡く透けていく透明な色。
光を受けるたび、青い粒が尾びれの上を流れていく。
「綺麗な色だな」
嬉しそうに笑う。
心の底から。
ただ純粋に。
嬉しそうに。
レヴィはその顔を見つめた。
碧は笑うこともあった。
だが。
こんなふうには笑わなかった。
何の迷いもなく。
何の重さもなく。
海流に身を任せる泡みたいに。
軽やかに。
「碧」
ふと名前を呼ぶ。
「ん?」
「自分の名前を言えるか」
彼は不思議そうに首を傾げた。
「名前?」
少し考える。
そして。
「あれ?」
青い瞳が揺れる。
「……何だっけ」
レヴィの胸が静かに沈んだ。
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『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『夜凪に溶ける』




