第6話「願い」
海底遺跡のさらに奥。
光はもう届かない。
深海の底。
静寂だけが沈んでいる場所だった。
人魚たちの気配も消え、碧はただレヴィに手を引かれるまま進む。
不思議と恐怖はなかった。
レヴィがいる。
それだけで十分だった。
やがて視界の先に黒い影が現れる。
巨大な岩にも見えた。
朽ちた神殿にも見えた。
何なのか分からない。
けれど。
そこだけ海流が違う。
海そのものが息を潜めているようだった。
レヴィが足を止める。
碧も自然と立ち止まった。
その瞬間。
どこからともなく声が響く。
男とも女ともつかない。
若くも老いてもいない。
深海そのものが話しているような声だった。
「──何を望む」
碧は目を閉じる。
迷いはなかった。
もう決めている。
家族の顔が浮かぶ。
凪の笑顔が浮かぶ。
子供の頃の海。
競技。
仲間。
大学。
これまで生きてきた時間。
全部。
全部大切だった。
だからこそ。
自分で選びたかった。
ゆっくり目を開く。
隣にはレヴィがいる。
ずっと会いたかった相手がいる。
碧は静かに口を開いた。
「人魚になりたい」
声は不思議なくらい震えなかった。
「レヴィとともに生きたい」
深海が静かになる。
海流が止まったような沈黙。
やがて。
遠い場所で波が揺れる音がした。
まるで海が息を吐くみたいに。
「願いを聞き届けよう」
その瞬間。
足元から光が溢れた。
碧は思わず目を見開く。
海の色だった。
青く。
淡く。
夜明け前の海みたいな光。
身体の奥へ流れ込んでくる。
冷たいはずなのに温かい。
波に抱かれているみたいだった。
レヴィが何かを言った気がする。
けれど聞こえない。
意識が少しずつ遠くなる。
視界が滲む。
何かが胸の奥から離れていく。
大切な何か。
けれど。
悲しくはなかった。
不思議だった。
海へ沈むように。
眠りへ落ちるように。
静かだった。
最後に見えたのは。
こちらへ手を伸ばすレヴィの姿だった。
その表情だけが。
やけにはっきり見えた。
そして。
碧の意識は深海へ沈んだ。
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『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『夜凪に溶ける』




