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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第9章:「深海へ」
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第2話「返事」

海は荒れていた。


黒い波が何度もぶつかり合い、

夜の海を揺らしている。


レヴィは碧を抱えたまま海面へ浮かんでいた。


腕の中の体温が確かにある。


呼吸もある。


生きている。


それだけで胸の奥が痛かった。


失わずに済んだ。


その安堵が、

今さら波のように押し寄せてくる。


けれど。


それ以上に理解できなかった。


どうして来た。


どうしてこんな海へ飛び込んだ。


死んでもおかしくなかった。


実際。


あと少し見つけるのが遅ければ。


考えたくもなかった。


レヴィは碧の肩を掴む。


波が二人を揺らす。


「どうして」


声が震える。


自分でも気付いていた。


怒っているわけではない。


怖かったのだ。


「どうして来た」


碧はしばらく黙っていた。


海水で濡れた前髪が額へ張り付いている。


呼吸もまだ苦しそうだった。


それでも。


その瞳はまっすぐレヴィを見ていた。


逃げることなく。


逸らすことなく。


「どうしてって」


小さく笑う。


どこか呆れたみたいに。


「お前が言ったんだろ」


レヴィは息を止める。


碧は続ける。


静かに。


けれど迷いなく。


「人魚にならないかって」


波が揺れる。


胸の奥も揺れる。


レヴィは何も言えない。


あの言葉を思い出す。


忘れてくれと言った。


忘れてほしかった。


忘れなければならなかった。


それなのに。


碧は覚えていた。


ずっと。


大事なものみたいに。


碧は海を見る。


荒れる波を。


その向こうを。


そして。


ゆっくり言った。


「人魚になりに来た」


レヴィの呼吸が止まる。


碧は笑わない。


冗談でもない。


本気だった。


「レヴィと生きたいと思った」


その言葉が胸へ落ちる。


静かに。


深く。


深海の底まで沈むみたいに。


レヴィは言葉を失う。


理解できない。


理解したくない。


理解してしまうのが怖い。


碧は続ける。


「だから教えてくれ」


波が揺れる。


夜の海が揺れる。


「どうしたら人魚になれる」


静寂が落ちた。


海だけが荒れている。


風だけが鳴っている。


それなのに。


レヴィの世界だけが止まった。


人魚になりたい。


そう言った。


碧が。


自分と生きたいと。


そう言った。


耳がおかしくなったのかと思った。


夢でも見ているのかと思った。


そんなはずがない。


ありえない。


人間が。


自ら海を選ぶなんて。


まして。


自分を選ぶなんて。


レヴィは碧を見つめる。


言葉が出ない。


胸の奥がひどく痛む。


嬉しいのか。


苦しいのか。


分からない。


ただ。


信じられなかった。


蒼士郎の時は違った。


蒼士郎は最後まで人間だった。


海を愛していた。


けれど。


海へ来ることは選ばなかった。


それが当たり前だった。


それが自然だった。


だから。


碧の言葉は理解を超えていた。


レヴィはしばらく何も言えなかった。


波だけが揺れる。


荒れる海の中で。


ただ碧だけが静かだった。


覚悟を決めた人間の目をしていた。


レヴィはゆっくり目を閉じる。


胸の奥で何かが震えている。


長い年月をかけて沈めたはずの感情が。


再び浮かび上がってくる。


違う。


分かっている。


それでも。


どうしても。


嬉しかった。


碧が。


自分を選んでくれたことが。


どうしようもなく。


嬉しかった。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』


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