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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第8章:「選ぶ」
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第4話「凪」

夕方だった。


窓の外では海風が揺れている。


久しぶりに予定のない日だった。


碧は自室の椅子へ座ったまま、

スマホを見つめている。


画面には凪の名前があった。


何度も開いて。


何度も閉じる。


指が動かない。


言うべきなのか分からなかった。


言ってどうなる。


信じてもらえる保証なんてない。


むしろ。


頭がおかしくなったと思われる方が自然だ。


人魚がいる。


好きになった。


人魚になりたいと思っている。


そんな話。


自分だって少し前なら信じなかった。


碧は目を閉じる。


それでも。


誰にも言わないまま決めるのは違う気がした。


家族だから。


弟だから。


凪だけには。


伝えたかった。


碧は小さく息を吐く。


そして通話ボタンを押した。



夜。


二人は海の見える防波堤へ座っていた。


昔からよく来た場所だった。


子供の頃。


釣りをしたこともある。


二人で海へ飛び込んだこともある。


思い出がたくさん残っている場所だった。


凪は缶コーヒーを片手に笑う。


「で?」


「珍しいな」


「兄貴から呼び出すなんて」


碧は苦笑した。


確かにそうだった。


最近はろくに話していない。


お互い忙しかった。


それでも。


こうして並ぶと不思議と落ち着く。


兄弟だった。


長い沈黙が落ちる。


波の音だけが聞こえる。


凪は急かさない。


昔からそうだった。


待ってくれる。


だから余計に言いづらい。


碧は海を見る。


暗い海だった。


その向こうに。


レヴィがいる気がした。


「なあ」


声が少し掠れる。


「俺さ」


凪が見る。


碧は苦笑した。


今さら引き返せない。


「変な話するぞ」


「うん」


「めちゃくちゃ変な話」


「うん」


凪は笑う。


それだけだった。


その反応に少しだけ救われる。


碧は静かに息を吐いた。


そして。


全部話した。


人魚のこと。


レヴィのこと。


海のこと。


求婚のこと。


自分の気持ち。


苦しくなった理由。


期待。


重圧。


競技。


疲れてしまったこと。


全部。


全部。


波へ吐き出すみたいに。


言葉が止まらなかった。


途中で何度も思う。


終わったな。


絶対引かれた。


怒られる。


呆れられる。


そんな考えが頭をよぎる。


けれど。


凪は何も言わなかった。


最後まで。


本当に最後まで。


黙って聞いていた。


碧の声だけが夜へ溶けていく。


気付けば話し終わっていた。


海風が吹く。


波が揺れる。


静かな夜だった。


碧は俯く。


「……頭おかしいよな」


小さく笑う。


笑ったつもりだった。


上手く笑えなかった。


「俺もそう思う」


「人魚だぞ」


「何言ってんだろうな」


返事はない。


凪は黙っている。


それが怖かった。


やっぱり引いたのかもしれない。


当然だ。


そう思った。


その時だった。


凪がゆっくり口を開く。


「兄貴」


碧が顔を上げる。


凪は海を見ていた。


夜の海を。


静かに。


「苦しかったんだな」


その一言だった。


碧は息を呑む。


責められなかった。


否定もされなかった。


馬鹿だとも言われなかった。


最初に出てきたのは。


その言葉だった。


苦しかったんだな。


それだけだった。


胸の奥で何かが揺れる。


波みたいに。


静かに。


大きく。


碧は目を伏せる。


言葉が出なかった。


ただ。


少しだけ泣きそうだった。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』


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