表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第8章:「選ぶ」
PR
51/59

第2話「それでも」


その夜は眠れなかった。


窓の外では風が鳴っている。


海も荒れているのだろう。


カーテンの隙間から見える夜空は曇っていて、

月も見えなかった。


碧はベッドへ横になったまま天井を見つめる。


目を閉じても。


浮かぶのはあの瞬間だった。


「……人魚にならないか」


低い声。


静かな海の底みたいな声。


耳から離れない。


碧は小さく息を吐いた。


意味が分からなかった。


突然だった。


冗談には聞こえなかった。


レヴィはあんなことを言う奴じゃない。


だから余計に分からない。


碧は腕で目を隠す。


思い出す。


言葉のあと。


海が荒れた。


波が変わった。


風が変わった。


まるで海そのものが怒ったみたいだった。


そしてレヴィは消えた。


「忘れてくれ」


そう言い残して。


碧は唇を噛む。


忘れられるわけがない。


そんなもの。


忘れられるはずがない。


静かな部屋だった。


けれど胸の奥だけが落ち着かない。


波が揺れるみたいにざわついている。


どうしてだろう。


普通なら。


断るとか。


困るとか。


そういう話じゃないのか。


人魚になる。


人間じゃなくなる。


海へ行く。


全部おかしい。


全部現実離れしている。


なのに。


碧はゆっくり目を閉じた。


あの時。


驚いた。


もちろん驚いた。


でも。


それだけじゃなかった。


海へ行く。


レヴィと生きる。


その言葉を聞いた瞬間。


胸の奥が少しだけ軽くなった。


苦しさが。


消えた気がした。


碧は目を開く。


違う。


そんなはずない。


分かっている。


人魚になるなんて。


人間を捨てるなんて。


普通なら考えもしない。


家族もいる。


大学もある。


競技もある。


今まで生きてきた人生がある。


全部捨てることになる。


それなのに。


どうしてだろう。


嫌だとは思わなかった。


むしろ。


一瞬だけ。


本当に一瞬だけ。


行きたいと思った。


海へ。


レヴィのいる場所へ。


その事実が何より恐ろしかった。


碧は身体を起こす。


呼吸が浅い。


胸が苦しい。


けれど。


それは拒絶じゃない。


分かってしまった。


自分は。


レヴィといたいと思った。


海へ行きたいと思った。


人魚になれるなら。


なってもいいと思ってしまった。


そのことに。


自分自身が一番驚いていた。


「……馬鹿だろ」


小さく呟く。


返事はない。


当たり前だ。


部屋には自分しかいない。


それでも。


言わずにはいられなかった。


伴侶は一人だけ。


人魚は生涯一人しか選ばない。


レヴィから聞いた。


忘れるはずがない。


なのに。


二度目はないはずなのに。


レヴィは自分へ言った。


あの言葉を。


胸の奥が痛む。


嬉しかったのか。


苦しかったのか。


自分でも分からない。


ただ。


あの時のレヴィは。


とても辛そうだった。


海が荒れた瞬間。


レヴィは怯えていた。


まるで。


何か取り返しのつかないことをしてしまったみたいに。


碧は窓へ近付く。


夜の海は見えない。


けれど。


荒れている気がした。


不思議なほど確信があった。


レヴィは大丈夫だろうか。


そんなことを考える。


自分のことより先に。


レヴィのことを。


気付けば考えている。


波の音が聞こえた気がした。


遠く。


深い場所から。


呼ばれているみたいに。


碧は静かに目を閉じる。


忘れられない。


忘れたくない。


それが答えだった。


海へ行きたい。


レヴィに会いたい。


それでも。


まだ答えは出せない。


出してはいけない気がした。


だから碧はただ一人、

荒れる夜を見つめ続けていた。


胸の奥で揺れる波だけを抱えながら。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ