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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第8章:「選ぶ」
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第1話「忘れてくれ」


海は荒れていた。


さっきまで穏やかだったはずなのに。


波が何度も岩へぶつかる。


白い飛沫が夜空へ散った。


碧は砂浜へ膝をつく。


全身が濡れていた。


呼吸が整わない。


何が起きたのか分からない。


ただ。


レヴィの様子がおかしかった。


それだけは分かった。


海も。


レヴィも。


全部おかしかった。


波が砕ける。


レヴィは少し離れた場所へ立っていた。


黒髪が風に揺れる。


月明かりの中。


その姿はどこか苦しそうだった。


碧は立ち上がる。


「レヴィ」


呼ぶ。


返事はない。


海風だけが吹いていた。


「何だったんだよ」


レヴィは振り返らない。


碧は眉をひそめる。


今まで見たことがない。


こんなレヴィは。


海が荒れ始めた瞬間。


レヴィも何かに耐えるみたいな顔をしていた。


まるで。


自分自身を抑えているみたいに。


「おい」


レヴィの肩が僅かに動く。


沈黙。


長い沈黙。


そして。


低い声が落ちた。


「忘れてくれ」


碧は固まった。


波音が響く。


意味が分からない。


本当に。


何を言われたのか分からなかった。


「……は?」


レヴィは海を見る。


荒れた水面を。


暗い深海を。


そのまま続けた。


「今のことも」


少し間が空く。


「俺のことも」


碧は言葉を失った。


冗談ではない。


そんなことは分かる。


レヴィは冗談を言わない。


だから。


余計に意味が分からない。


「何だよそれ」


思わず声が強くなる。


レヴィは答えない。


波だけが荒れている。


「忘れろって」


碧は笑いそうになる。


無理だ。


そんなの。


無理に決まっている。


会いたかった。


やっと会えた。


顔を見たかった。


声が聞きたかった。


それだけだったのに。


どうして。


こんなことになる。


「忘れられるわけないだろ」


レヴィが目を閉じる。


一瞬だけ。


本当に一瞬だけ。


苦しそうな顔をした。


けれど。


次の瞬間には消えていた。


「お前は人間だ」


静かな声だった。


「だから忘れろ」


波が砕ける。


海はまだ荒れている。


まるで。


何かを拒絶するみたいに。


碧は拳を握った。


胸の奥がざわつく。


波に飲まれたみたいに。


苦しい。


レヴィはもう振り返らない。


月明かりが海へ落ちる。


その背中は遠かった。


手を伸ばしても届かないほど。


遠く。


深い海の向こうにいるようだった。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』


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