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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第7章:「溺れる」
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第6話「人魚にならないか」


海は静かだった。


波が寄せては返し、

二人の身体をゆっくり揺らしている。


碧は海面へ浮かびながら空を見ていた。


レヴィは少し離れた場所で、

黙って隣にいる。


何も聞かない。


無理に話させようともしない。


ただそこにいる。


その沈黙が心地良かった。


ずっと張り詰めていたものが、

少しずつほどけていく。


波へ身を預けながら、

碧は小さく笑った。


「何かさ」


レヴィが視線を向ける。


碧は空を見たまま続けた。


「疲れた」


その言葉は驚くほど自然に零れた。


言うつもりなんてなかった。


誰にも言ったことがなかった。


それなのに。


レヴィには言えてしまった。


「別に嫌いじゃないんだ」


波が揺れる。


碧はゆっくり目を閉じた。


「泳ぐのも好きだし」


「勝ちたいし」


「期待されるのも本当は嬉しい」


全部本音だった。


嫌だったわけじゃない。


逃げたいわけでもない。


努力もしてきた。


結果も出してきた。


だからこそ。


苦しかった。


「でもさ」


声が掠れる。


「ずっと応えなきゃいけないんだ」


波が揺れる。


胸の奥も揺れる。


「次も」


「その次も」


「もっと速く」


「もっと勝て」


「もっと期待してる」


碧は笑おうとした。


上手く笑えなかった。


「もう何が好きで泳いでたのか分かんなくなってさ」


その瞬間。


涙が落ちた。


海へ溶ける。


どこまでが海水で、

どこからが涙なのか分からない。


それでも。


止まらなかった。


「俺」


声が震える。


「ちゃんと頑張ってたんだけどな」


碧は顔を覆う。


情けない。


格好悪い。


そう思うのに。


止まらない。


「応えようとしてたんだ」


「ずっと」


「ずっと」


言葉が崩れていく。


涙と一緒に。


波が揺れる。


レヴィは何も言わない。


慰めない。


励まさない。


ただ聞いている。


それが嬉しかった。


初めてだった。


何も求められずに話せるのは。


だから。


止まらなくなった。


苦しかったこと。


怖かったこと。


逃げたいと思ったこと。


全部。


全部。


海へ吐き出すみたいに零れていく。


どれくらい話しただろう。


気付けば涙も止まっていた。


空は少し赤くなり始めている。


碧は目元を擦った。


「悪い」


小さく笑う。


「こんな話して」


少し間を置く。


「しかも泣くとか」


情けなくて笑ってしまう。


「格好悪いな」


波が揺れる。


沈黙が落ちる。


レヴィは碧を見ていた。


静かに。


ずっと。


その瞳の奥にある感情を、

碧は知らない。


レヴィの胸の奥では、

別の波が荒れていた。


苦しそうだった。


痛そうだった。


今にも沈みそうだった。


碧が。


目の前の人間が。


どうしようもなく。


苦しそうだった。


助けたいと思った。


楽にしてやりたいと思った。


昔と同じだった。


あの日と。


蒼士郎と。


違う。


分かっている。


碧は蒼士郎じゃない。


それなのに。


それでも。


海へ連れて行きたかった。


苦しみのない場所へ。


自由に泳げる場所へ。


レヴィの唇がわずかに動く。


「……海」


碧が顔を上げる。


「え?」


そして。


言葉が零れた。


無意識だった。


止められなかった。


「……人魚にならないか」


波が止まった気がした。


碧の瞳が大きく見開かれる。


レヴィも固まる。


しまった。


本当にしまった。


理解した瞬間。


海が揺れた。


深海の底から何かが軋む音が響く。


波が大きくなる。


風が変わる。


海流が乱れる。


海が拒絶している。


碧ではない。


レヴィを。


レヴィは息を呑む。


蒼士郎以来。


二度目の求婚。


本来ならありえない。


許されない。


禁忌だった。


「レヴィ!」


波が大きく跳ねる。


碧の身体が傾く。


レヴィは反射的に腕を伸ばした。


抱き寄せる。


そのまま浜辺へ向かう。


海はさらに荒れていく。


まるで怒っているみたいに。


碧は何も言えない。


言葉を失っている。


当然だった。


レヴィ自身ですら信じられない。


何を言ったのか。


何をしてしまったのか。


全部分かっていた。


浜辺へ辿り着く。


レヴィは碧を砂浜へ降ろした。


波が荒れている。


風も強い。


静かな海はもうどこにもなかった。


レヴィは唇を噛む。


碧を見ることができない。


見れば。


きっとまた言ってしまう。


だから。


背を向けた。


そして。


小さく呟く。


「……すまん」


声が掠れる。


「忘れてくれ」


それだけ言って。


レヴィは荒れる海へ消えた。


碧は一人、

砂浜へ残される。


波の音だけが響いている。


胸の奥が激しく揺れていた。


海と同じように。


荒れていた。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』


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