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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第7章:「溺れる」
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第5話「そんな顔で泳ぐな」


海は静かだった。


碧は波へ身体を預けたまま、

空を見上げている。


風が吹く。


波が揺れる。


それだけだった。


今日は何も考えたくなかった。


タイムも。


順位も。


期待も。


全部。


少しだけ忘れたかった。


海へ来れば楽になると思った。


実際。


少しだけ楽になった。


けれど。


胸の奥に沈んだ重さは消えない。


身体の力を抜く。


波がゆっくり身体を揺らしていく。


このままどこかへ流されてもいい。


そんなことを思った。


疲れていた。


本当に。


少しだけ。


疲れていた。


「……そんな顔で泳ぐな」


低い声だった。


静かな海の底みたいな声。


碧は目を見開く。


心臓が大きく跳ねた。


聞き間違えるはずがない。


勢いよく身体を起こす。


波が揺れる。


視線を向ける。


そこにいた。


青金の瞳。


陽光を受けて輝く銀の髪。


海の中からこちらを見ている。


何度も夢に見た姿だった。


「……レヴィ」


声が掠れる。


レヴィは何も言わない。


ただ静かに碧を見ている。


その視線に。


碧はようやく気付いた。


自分がどんな顔をしていたのか。


苦しそうな顔。


泣きそうな顔。


そんな顔だったのだろう。


レヴィはゆっくり近付いてくる。


波が二人の間を揺れる。


碧は目を逸らせなかった。


会いたかった。


その言葉が喉まで出かかる。


けれど。


言えない。


何ヶ月も会っていなかった。


探した。


待った。


諦めようとした。


それでも忘れられなかった。


そんなこと。


言えるはずがなかった。


沈黙が落ちる。


不思議と嫌な沈黙ではない。


昔からそうだった。


レヴィといる時だけは。


何も話さなくても苦しくない。


海が静かに揺れる。


碧は小さく笑った。


「久しぶりだな」


レヴィは少しだけ目を細める。


「そうだな」


それだけだった。


それだけなのに。


胸の奥が少し軽くなる。


ずっと張り詰めていた糸が、

少しだけ緩むみたいに。


碧は視線を落とした。


海面が揺れている。


そこへ自分の顔が映る。


酷い顔だった。


疲れている。


分かっていた。


レヴィは静かに口を開く。


「何があった」


碧は笑う。


誤魔化すみたいに。


「別に」


レヴィは何も言わない。


ただ見ている。


逃がさないように。


見透かすように。


静かに。


碧はその視線から逃げられなかった。


波が揺れる。


胸の奥も揺れる。


どうしてだろう。


誰にも言えなかったことなのに。


今なら話してしまいそうだった。


レヴィの前だと。


ずっと隠していたものが、

少しずつ浮かび上がってくる。


深海の底から引き上げられるみたいに。


苦しい。


でも。


少しだけ安心していた。


会えた。


本当に会えた。


それだけで。


泣きそうになるくらい。


碧は目を閉じる。


潮風が頬を撫でる。


そして。


小さく息を吐いた。


「なあ」


レヴィが見る。


碧は笑おうとした。


上手く笑えなかった。


「少しだけ」


声が掠れる。


「話聞いてくれないか」


海が静かに揺れていた。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』


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