第3話「壊れる」
春の大会が終わった。
結果は悪くなかった。
けれど。
良くもなかった。
表彰台には立てた。
入賞もした。
それでも。
周囲が求めていた結果ではないことくらい、
碧にも分かっていた。
インタビューのライトが眩しい。
マイクが向けられる。
記者が笑顔で質問する。
「次の大会への意気込みをお願いします」
碧も笑う。
慣れている。
こういう場は何度も経験してきた。
「次はもっと良い結果を出せるよう頑張ります」
模範解答みたいな言葉だった。
記者は満足そうに頷く。
「期待しています」
その言葉が胸へ落ちる。
静かに。
重く。
*
帰りの電車でスマホを開く。
開かなければよかった。
そう思ったのは数分後だった。
大会の記事。
インタビュー動画。
コメント。
数字。
感想。
評価。
画面の中にはたくさんの言葉が流れている。
応援もあった。
もちろんあった。
頑張ってほしい。
応援している。
次こそ期待している。
昔からのファンらしい言葉もある。
けれど。
その隣には別の言葉も並んでいた。
最近調子悪いな。
ピーク過ぎた?
昔の方が速かった。
期待してたのに。
もっとできる選手だろ。
次の世代に抜かれるんじゃないか。
碧は画面を閉じた。
閉じたはずなのに。
言葉だけが残る。
頭の中へ。
深く。
深く。
沈んでいく。
*
翌日の練習でも。
数字は逃がしてくれなかった。
タイムが出る。
比較される。
順位が並ぶ。
昨日の自分。
去年の自分。
他の選手。
全部数字になる。
全部見える。
全部比べられる。
「最近少し苦戦してるな」
コーチが言う。
責めているわけじゃない。
分析だ。
アドバイスだ。
分かっている。
「でも大丈夫だ」
「お前なら戻せる」
碧は頷く。
戻せる。
戻せる。
その言葉が波みたいに繰り返される。
戻さなければならない。
期待に応えなければならない。
結果を出さなければならない。
そう考えてしまう。
*
夜。
眠れなかった。
スマホを開く。
閉じる。
また開く。
見なければいい。
分かっている。
それなのに見てしまう。
記事。
動画。
SNS。
誰かの感想。
誰かの評価。
知らない人の言葉。
顔も知らない人たちが、
好き勝手に自分を語る。
応援もある。
批判もある。
心配もある。
期待もある。
全部混ざっている。
全部重い。
どの言葉も胸へ刺さる。
期待している。
頑張れ。
次は勝てる。
最近落ちている。
大丈夫か。
どうした。
もっとできる。
もっと。
もっと。
もっと。
碧はスマホを伏せた。
もう見たくない。
本当に見たくない。
なのに。
耳の奥で言葉が繰り返される。
期待している。
期待している。
期待している。
胸の奥が苦しい。
息が浅い。
身体は疲れているのに眠れない。
何もしていない時間さえ、
責められている気がする。
休んでいる場合じゃない。
泳がなければ。
結果を出さなければ。
戻さなければ。
そんな言葉ばかりが頭の中を回る。
碧はゆっくり顔を覆った。
暗闇の中で呼吸をする。
苦しい。
プールの中じゃない。
水の中でもない。
なのに。
溺れているみたいだった。
どれだけ腕を伸ばしても、
水面へ届かない。
どれだけ泳いでも、
息ができない。
深海の底へ引きずられていくみたいに。
静かに。
確実に。
沈んでいく。
その時だった。
ふと。
海が浮かんだ。
夜明け前の海。
波の音。
潮の匂い。
そして。
青金の瞳。
「なんで急ぐ」
あの声が聞こえた気がした。
碧は目を閉じる。
会いたい。
そう思った。
今すぐ。
海へ行きたかった。
何も考えず。
ただ浮かんでいたかった。
レヴィのいる海へ。
その願いだけが。
沈みかけた意識の中で、
かすかな光みたいに浮かんでいた。
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『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『夜凪に溶ける』




