第4話「冬」
季節はいつの間にか変わっていた。
朝の空気は冷たくなり、
海から上がる風も肌を刺すようになっている。
碧は砂浜へ立ちながら、
静かな海を見つめた。
夜明け前。
夏ならもう海へ入っていた時間だ。
けれど最近は違う。
寒い。
それに。
泳ぐ理由も少なくなった。
競技のためならプールがある。
朝練もある。
わざわざ海へ来なくてもいい。
そう思うようになっていた。
波が静かに寄せては返す。
碧は小さく息を吐いた。
そして。
海を見る。
無意識だった。
最近はいつもそうだ。
まず海を見る。
それから。
少し待つ。
何を待っているのかは分からない。
分からないはずだった。
レヴィは現れない。
もうずいぶん会っていない。
最初は数日だった。
そのうち一週間になり。
気付けばもっと長くなっていた。
碧は苦笑する。
「何だよ」
誰に言うでもなく呟く。
返事はない。
当然だった。
波だけが揺れている。
もしかしたら。
人魚にも季節があるのかもしれない。
夏しか浅瀬へ来ないとか。
冬は深海で眠るとか。
そういう生き物なのかもしれない。
碧はそんなことを考える。
考えて。
自分で納得しようとする。
そうだ。
きっとそうだ。
人魚なんだから。
人間と同じなわけがない。
会えない理由なんて、
いくらでもある。
なのに。
胸の奥は妙に静かだった。
深海の底みたいな静けさ。
何かが沈んでいる。
けれど。
まだ形は分からない。
碧はポケットへ手を入れる。
冷えた指先が、
あの日の鱗に触れた。
今でも持っている。
捨てられなかった。
ただの綺麗な石みたいなものだ。
そう思っていたのに。
指先で触れるたび、
あの青金の瞳を思い出す。
「……元気かな」
ぽつりと零れた言葉に、
自分で驚いた。
元気かな。
何だそれ。
友達かよ。
碧は苦笑する。
友達ですらない。
名前を知っているだけ。
それなのに。
どうしてだろう。
会わなくなってからの方が、
思い出すことが増えた気がした。
海を見れば思い出す。
魚を見れば思い出す。
朝焼けを見ると思い出す。
その度に。
胸の奥へ何かが沈んでいく。
波の下へ落ちていくみたいに。
碧は静かに海を見つめた。
冬の海は綺麗だった。
夏みたいな賑やかさはない。
静かで。
冷たくて。
少しだけ寂しい。
まるで。
今の自分みたいだと思った。
空がゆっくり明るくなっていく。
そろそろ帰らなければならない。
大学がある。
練習もある。
やることは山ほどある。
碧は踵を返した。
そして。
数歩進んだところで足を止める。
振り返る。
誰もいない海だった。
波だけが静かに揺れている。
それなのに。
少しだけ。
会いたかった。
ただ、それだけだった。
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『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
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『夜凪に溶ける』




