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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第6章:「離れる」
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第3話「願い」

深海は静かだった。


海底遺跡の柱には淡い光が揺れ、

魚たちが群れを成して通り過ぎていく。


その光景を眺めながら、

レヴィは小さく目を閉じた。


最近、

浅瀬へ行っていない。


碧にも会っていない。


会わないと決めた。


それだけだ。


そう思っていた。


「お兄様」


柔らかな声が響く。


振り返ると、

ノアがいた。


長い髪を海流へ遊ばせながら、

楽しそうに近付いてくる。


「どうした」


「聞きたいことがあるの」


ノアは笑う。


その笑顔は昔から変わらない。


無邪気で。


好奇心旺盛で。


だからこそ。


時々、

危うい。


「海の魔女って本当にいるの?」


レヴィはわずかに眉を寄せた。


「いる」


「会ったことある?」


「ない」


短い会話だった。


ノアはそれでも気にした様子もなく、

楽しそうに続ける。


「どんな願いでも叶えるの?」


海流が静かに揺れた。


レヴィはノアを見る。


「何故そんなことを聞く」


「別に」


ノアは笑う。


「ちょっと気になっただけ」


その言葉を、

レヴィは信じなかった。


深海は静かだった。


けれど胸の奥だけがざわつく。


海の魔女。


願い。


その言葉は決して軽くない。


人魚なら誰でも知っている。


願いには代償がある。


そして。


代償は選べない。


ノアも知らないはずがなかった。


「近付くな」


レヴィは静かに言う。


「面白いものではない」


ノアは少しだけ唇を尖らせた。


「分かってるよ」


けれど。


その目は納得していなかった。



それからだった。


ノアの様子がおかしくなったのは。


海の魔女について聞く。


願いについて聞く。


古い歌について調べる。


深海の奥へ行こうとする。


そんなことが増えた。


レヴィは何度も理由を聞いた。


けれど。


ノアは笑うだけだった。


「何でもない」


その答えが一番信用できなかった。


そしてある日。


深海遺跡の回廊で。


ノアがぽつりと呟いた。


「もし」


その声は小さかった。


海流へ溶けるほどに。


「もし願いが叶うなら」


レヴィは足を止める。


ノアは前を向いたまま続けた。


「私は──」


その瞬間だった。


「やめろ」


低い声が響く。


ノアが振り返る。


驚いた顔だった。


レヴィ自身も驚いていた。


こんな声を出したのは久しぶりだった。


深海が静まり返る。


魚たちさえ動きを止めたように見えた。


レヴィはノアを見つめる。


青金の瞳が冷たく揺れる。


「二度とその願いを口にするな」


ノアの目が大きく開かれる。


「お兄様……?」


「二度とだ」


その声は静かだった。


けれど。


怒りよりも。


恐怖に近かった。


ノアは何も言えなくなる。


レヴィは目を閉じた。


胸の奥で、

遠い記憶が波立つ。


夏の海。


黒髪の人間。


叶わなかった願い。


失われた歌。


深海へ沈めたはずの記憶。


それが静かに浮かび上がる。


ノアは知らない。


知らなくていい。


同じ痛みを味わう必要などない。


レヴィはゆっくり背を向けた。


海流が身体を押していく。


深海は暗い。


静かだ。


けれど。


最近はその静けさに落ち着かない。


ノアの様子が気になった。


どこへ行くのか。


何を考えているのか。


放っておけなかった。


そのせいだろうか。


気付けば浅瀬へ向かう回数も減っていた。


碧が来ていることは知っている。


海が教える。


今日も来たと。


今日も泳いでいると。


それでも。


見に行くことはなかった。


行けなかった。


深海の中で、

レヴィは静かに目を閉じる。


遠く。


遥か上。


光の届く場所に碧がいる。


そのことだけを知りながら。


レヴィは今日も深海へ留まっていた。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』


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