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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第5章:「伴侶」
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第6話「伴侶」

夜明け前の海だった。


波は穏やかで、

空にはまだ星が残っている。


碧は海面に浮かびながら、

ぼんやり空を見上げていた。


隣にはレヴィがいる。


いつもの場所。


いつもの時間。


最近はそれが当たり前になっていた。


不思議なくらい自然に。


「なあ」


碧が声をかける。


レヴィが視線だけ向けた。


「なんだ」


碧は少し考えたあと、

ふと思いついたように聞いた。


「お前は伴侶いるのか」


静かな海だった。


その一言が落ちた瞬間だけ、

波音が遠のいたような気がした。


レヴィは答えない。


碧は首を傾げた。


「レヴィ?」


返事はない。


ただ。


青金の瞳がわずかに揺れた。


ほんの一瞬。


何かを見たように。


あるいは思い出したように。


その視線は碧を通り過ぎ、

どこか遠くへ流れていく。


碧はそこで口を閉じる。


聞くべきではなかっただろうか。


そんな考えがよぎる。


レヴィは海を見ていた。


ずっと遠く。


碧には見えない場所を。


波が静かに揺れる。


長い沈黙だった。


その沈黙は拒絶ではなく、

言葉にできない何かを抱え込んでいるようにも見えた。


やがて。


碧が小さく息を吐く。


「……いたのか」


独り言みたいな声だった。


レヴィの睫毛がわずかに震える。


だが答えない。


否定もしない。


肯定もしない。


喉元まで何かがせり上がり、

それを押し戻すように視線を伏せる。


ただ静かに海を見ている。


それだけで十分だった。


碧はそれ以上何も聞かなかった。


聞きたくなかったわけじゃない。


けれど。


聞いてはいけない気がした。


レヴィの横顔は静かだった。


どこか遠くを見ている。


まるで。


もう届かない場所を。


波が揺れる。


朝焼け前の海が淡く光る。


しばらくして。


碧が少しだけ笑った。


「悪い」


レヴィが視線を向ける。


その動きはいつも通りのはずなのに、

どこか僅かに遅れていた。


「別に」


短い返事だった。


けれど。


それ以上話は続かない。


碧も追及しなかった。


無理に踏み込まない。


そんな優しさだった。


レヴィはゆっくり目を伏せる。


遠い昔。


同じように朝の海を眺める人間がいた。


潮風に黒髪を揺らしながら、

水平線の向こうへ目を細めていた。


その姿を、

レヴィは何度も隣で見ていた。


波が揺れる。


指先が海面をなぞる。


沈みかけた記憶が、

その感触に引かれるように浮かび上がる。


だが追わない。


追えばまた失う痛みまで蘇る気がした。


ただ一度だけ瞼を閉じ、

深く沈めるように息を吐いた。


その記憶は終わっている。


とっくの昔に。


それなのに。


ふと視線を上げると、

そこには碧がいる。


朝焼けを待ちながら、

何気なく波を眺めている。


その横顔から、

レヴィの目は離れなかった。


碧が誰かの話をすると、

知らないうちに耳を傾けている。


笑えば視線が向く。


姿が見えなければ探している。


今もそうだった。


碧が手で海水をすくい、

昇り始めた光を見て小さく笑う。


その仕草を、

レヴィは黙って見ていた。


深い海へ視線を向けても、

やがてまた碧へ戻る。


まるで確かめるように。


あるいは抗うように。


レヴィはゆっくり目を閉じた。


人魚は伴侶を一度しか選ばない。


それが掟であり。


本能だ。


だから本来。


二度目はない。


伴侶という言葉を聞いた瞬間に揺れた心を、

認めたくなかった。


それなのに。


お前を海へ連れて行きたい。


お前を渡したくない。


どうしても。


朝焼けが海を染め始める。


碧はその光を見て笑った。


レヴィは何も言わない。


胸の奥に沈めたはずの感情だけが、

静かな波のように揺れていた。


ただ静かに。


その笑顔を見つめていた。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』

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