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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第5章:「伴侶」
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第3話「渡したくない」

その日は珍しく、

碧の方がよく喋っていた。


朝練帰り。


大学へ行くまでの少しの時間。


いつもの海。


いつもの場所。


レヴィは海面へ肘を預けるようにしながら、

静かに話を聞いていた。


「昨日さ」


碧が笑う。


「講義中に寝てるやついて」


「起こしたら逆ギレされた」


レヴィは首を傾げる。


「何故怒る」


「知らねぇよ」


碧は吹き出す。


「俺もそう思った」


波が揺れる。


碧は少し考えてから続けた。


「でもあいつ昔からああなんだよな」


「あいつ」


レヴィが聞き返す。


「大学の友達」


「同じ水泳部の」


碧は特に気にした様子もなく答えた。


けれど。


その瞬間。


レヴィはわずかに眉を寄せる。


「男か」


碧は目を瞬かせた。


「男だけど」


レヴィは一度だけ頷いた。


「そうか」


短い返事。


いつも通りだった。


いつも通りのはずだった。


けれど。


胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚が残る。


友達。


同じ部活。


同じ時間を過ごす相手。


ただそれだけの話なのに。


なぜか心がざわついた。


碧は首を傾げた。


「何だよ」


「別に」


レヴィは海を見る。


興味がなさそうな声。


だが実際は違った。


頭の中には、見たこともないその人間の姿が勝手に浮かんでいた。


碧と並んで笑う姿。


自分の知らない場所で言葉を交わす姿。


考える必要もないことなのに、意識がそこから離れない。


碧は少し笑う。


「なんだそれ」


「友達だよ」


レヴィは黙って海を見たままだった。


碧は眉をひそめた。


絶対気にしている。


なんとなく分かる。


理由は分からないけれど。


レヴィは静かに海面を見つめている。


波が揺れる。


朝焼けの光が水面へ落ちる。


やがて。


レヴィがぽつりと言った。


「よく一緒にいるのか」


碧は笑う。


「いるな」


「部活も同じだし」


「講義も被るし」


「飯も食う」


話しながら、

なんとなくレヴィを見る。


人魚は黙っていた。


その沈黙が少し面白い。


「なんだよ」


「気になるのか」


冗談半分で言う。


レヴィは即答した。


「別に」


碧は吹き出した。


嘘だ。


絶対嘘だ。


こんなに分かりやすいのに。


レヴィは不機嫌そうに海を見る。


碧はますます面白くなった。


「お前さ」


「なんだ」


「嫉妬してんの?」


静かな海だった。


数秒。


沈黙。


そして。


「何故だ」


真顔だった。


だが、その言葉を口にした瞬間、レヴィ自身の胸がわずかに揺れた。


嫉妬。


人間の感情だ。


自分には関係ないと思っていた。


なのに否定しきれない何かが胸の奥にある。


碧が誰かと過ごしていると聞いただけで落ち着かなくなる理由を、うまく説明できない。


碧は笑いを堪えきれない。


「いやその顔」


「どんな顔だ」


「機嫌悪そう」


レヴィは少し眉を寄せた。


本当に意味が分からないらしい。


いや。


分からないのではなく、分かりたくないのかもしれなかった。


碧は肩を震わせながら笑う。


海が揺れる。


朝日が少しずつ昇っていく。


その光の中で。


レヴィは黙ったまま碧を見る。


笑っている。


最近よく見る顔だった。


初めて会った頃とは違う。


苦しそうな顔ではない。


海を見て。


魚を追いかけて。


子どもみたいに笑う。


その顔を見ていると。


胸の奥が静かに落ち着く。


同時に。


少しだけ落ち着かなくなる。


碧は友達の話を続けている。


大学のこと。


部活のこと。


人間の世界のこと。


レヴィの知らない時間。


知らない場所。


知らない人間。


不意に。


胸の奥がざわついた。


嫌だった。


理由は分からない。


碧が誰と話そうと自由だ。


誰と過ごそうと自由だ。


そんなことは分かっている。


それなのに。


面白くない。


碧が楽しそうに笑うたび。


その笑顔を向けられている相手がいることを意識してしまう。


その場に自分がいないことを思い出す。


自分の知らない碧が増えていくようで、妙に胸が重くなった。


レヴィは小さく目を伏せた。


波が静かに揺れる。


碧はそんな人魚の変化に気付かない。


ただ不思議そうに笑う。


「やっぱ変だな、お前」


レヴィは顔を上げた。


青金の瞳が碧を見る。


しばらく。


何も言わない。


碧の顔を見ていると、胸のざわめきが少しだけ静まる。


だが同時に思う。


その笑顔を、自分以外の誰かも見ているのだと。


その事実がなぜこんなにも気になるのか分からない。


そして。


ぽつりと呟く。


「お前は」


碧が首を傾げる。


「ん?」


レヴィは少しだけ視線を逸らした。


言葉が見つからない。


引き留めたいわけではない。


縛りたいわけでもない。


それなのに。


誰かの話をする碧を聞いていると、胸の奥が妙に騒がしくなる。


人魚にはない感情だった。


伴侶でもない。


家族でもない。


名前も知らない感情。


けれど確かにそこにある。


だから。


うまく言葉にならない。


結局。


レヴィは小さく首を振る。


「……別に」


碧は吹き出した。


「またそれか」


海が揺れる。


朝日がふたりを照らす。


レヴィは何も言わない。


けれど。


胸の奥には確かに残っていた。


知らない人間の話をする碧が。


自分の知らない場所で笑う碧が。


少しだけ。


いや。


思っていた以上に。


気に入らなかった。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』

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